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2011-09-04

隆景、食われる

毛利父子が山口に下向したいきさつと様子。

元就父子、山口に下向のこと

従二位中納言義隆様は出雲の合戦で負けたので、
備後・芸州・石見の国人はそのうち尼子につくだろうとみんな噂していた。
しかし大内は九ヶ国をも従える日本一の大名なので
安芸の武士たちは一人として大内を見限らなかった。
石見・備後の国人たちも、元就が手を回したおかげで
尼子傘下を離れて大内になびき従ってくる者が多かった。

以前、尼子晴久が吉田郡山を攻略しようとしたとき、
大内義隆から陶・杉・内藤の三大将が援軍として送られたので
尼子を退けることができた。
そのときの恩に報いるため、天文十七年八月三日、
元就と隆元・元春・隆景の父子四人は、山口へと向かった。
近年まで武田配下にあった熊谷・香川・飯田・山県・山田一族、
そのほか羽仁・己斐巳など、みな元就についていったので、
義隆はたいそう喜んで金銀珠玉をたくさん下され、
みなにわかに徳が高まったような気分で芸陽へと戻ってきた。

元就父子はしばらく山口に滞在した。
このとき元就様は五十二歳、隆元様は二十六歳、
元春は十九、隆景は十六歳だったが、
又四郎隆景は容姿がとても美しかったので、義隆に深く愛され、
たちまち推挙があって屋形号をいただいた。
安芸には四名の侍長(さむらいのおさ)、長州六人の御家人があり、
備後にもまた四侍長がいて、これは宮・三吉・杉原・山内たちである。
小早川は備後の州の六人の御家人の頭目であって、
安芸の四侍長である宍戸・平賀・毛利・吉川の人々よりは
座配が下であるけれども、屋形号であるので、
このときから宍戸・平賀より上座につくことになった。


以上、テキトー訳。

やっぱり隆景、義隆に食われてたのね。
この流れだと、元就が差し出してる感じなのかな。
この当時の男色ってのは、別に特別でもないというか、
自分の息子に主君のお手がつくのはむしろ慶事というか。
堂々と「男色の寵愛浅からず」って書いてるもん。
どうしても現代の倫理観だと
未成年の息子に主君の性の相手をさせるってのは
ものすごくひどいことのように思えてしまうけど。
息子の方も名誉なことなんだから拒否感はないのかもね。

気になった語句。【屋形号】
尊称。これをもらうと「殿様」ではなく
「御屋形様」と呼ばれるようになるらしい。
このおかげで隆景は、自分より家格が高い人たちより
上座につけるようになった。
「格」だの「座配」だの、面倒な決まりごとが多かったんだねー。
宍戸は元就の娘婿さんちだな。

気になったこと。
このとき、隆元は吉田に留守番のはずでは…?
2011-09-04

隆元の嫁・元春の義兄

とりあえず興味をそそるところから順に
拾い読みをしていくことに決定。
ブログにはテキトー訳をのっけていこう。
なんとなく意味がつかめても知識が足らんので
訳ができない部分も多いけど気にしない!
目標、一日一話!
今回はコレ。


内藤興盛、毛利隆元との婚礼が整うこと

天文十八年、毛利父子が山口に行っていたとき、
相良武任が大内義隆に進言した。

「義隆様! 現在、中国で毛利元就ほど優れた武将はおりません。
尼子がどんなに強いとはいえ、元就がこちらにいれば備芸は安心です。
逆に元就が尼子に味方してしまえば、これは一大事ですぞ!
元就との同盟を揺るぎないものにするため、手を尽くすべきです。

まったく、義隆様に姫君か妹君があれば隆元に嫁して
元就の忠心をいや増すこともできましょうに、一人もいらっしゃらない!
そこでです。内藤興盛の娘いるでしょ。
義隆様と縁も近いので、これを義隆様の養子ということで、
隆元の嫁にしちゃいましょう! 元就も喜ぶと思いますよ。

また次男の元春、十九歳になって、まあ器量も人柄もすばらしい。
智勇も父・元就に劣らぬ良将の器と、世間で評判です。
いえ、私の見立てでなく、人々が口々に言うので、これは本物ですよ。
この元春、うちの陶隆房と義兄弟にして、互いの絆を強く固め、
根を深く伸ばすことにしようではありませんか。
隆房は西国一の勇将です。元春と隆房が心を一つにして先陣をつとめれば、
かの蒙古の堅陣だとて、あっという間に制圧できるでしょう」

義隆はもっともだと思ったので、すぐに元就にこのことを伝えたところ、
元就は「自分からお願いすべきでしたが有難い仰せです」と快諾した。
義隆は元就に言った。

「義隆と元就を強く結びつけるための縁談、任せると言ってくれて、
踊りだしたいほど嬉しいよ。尼子対策や当家の戦のことだけでなく、
酒にとっての麹のように、私はおまえを頼りに思い、二心はない。
おまえもどうか私を、血を分けた同胞と思ってほしい」

元就は、自分だけでなく若い子供たちにまで気配りをいただと
何度も何度もお礼を述べた。

こうして元春・隆房の義兄弟契約も整い、
元春からは脇差、隆房からは名馬を贈り、交換した。
この馬は近江黒といって、六角氏から大内義晴に贈られ、
義隆、隆房と下されたもので、今度は元春に贈られた。
丈夫で漆のように黒く、その黒さは人々から賞賛された。

元就はそのころ、おこりに罹ってしまったので、
その年は山口に留まって療養したそうな。


以上、テキトー訳。

やっぱり当時の結婚って、本人の意思とか見事にカンケーねえな!
ここまでガン無視だと逆にすがすがしい。
そして殿様って、家臣の子供すらかなり簡単に右へ左へやっちゃうのな。
まあ、大事に思うからこそなんだろうが。
コトの善し悪しは別にして、これが常識だと踏まえるのがいい気がする。

あと、義兄弟の慣習にも着目したい。
結婚とは違って、義兄弟は本人同士が望んでなるものだと思っていたが、
これにも上司やら親の思惑が強く働いてるんだなぁ。
黒田家の栗山利安・母里友信も義兄弟だけど、
これも主君・黒田孝高が命令したからなってるんだもんな。
贈り物の交換とか、一連の儀礼があるのも驚いた。
2011-09-03

ヒャッハー!

ついに! ついに! ついに!!!
一大決心で購入した高額本が届いたぜ!!!
まあ支払はこれからなわけだが。
ちょっとページめくってみたら、意外に読めそうな気配。
漢文・古文の知識は高校レベルで止まってるけど、
辞書引きながらならどうにかなるっしょ!
ていうか勢いにまかせて雰囲気を流し読みという手も。

もーーー、鼻血噴きそうなくらい大興奮www
祝杯をあげていたら眠くなったので、読むのは明日からだな。

購入したのは『陰徳記』
広家がヒーローな本を読みたかったので。
でも広家は後半部分にしか出てこないかな。
たしか朝鮮の役あたりで終わってるはずだから関ヶ原関連は別のを探すしかないか。

しかし高額だと思ってたけど、
辞書くらいの厚さの上製本が二冊組みで3万円ならお値打ちに思えてきたw
一生楽しめると思えば安い安い。
マツノ書店はえらいえらい!
週明けには払い込みますからねー!
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