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2011-10-14

尼子さんと和睦

前回のあらすじ:
月山冨田城を毛利が取り囲んで五年が経ち、そろそろ落城間近となったが、
元就が瘧病に罹って命も危なくなってしまった。
冨田の八幡大菩薩と名乗る老人が隆景と元春の夢枕に立ち、
尼子の命を助けて和睦をするようにと言う。
言うことを聞けば元就の病は平癒するだろうとも。
そこで元就たちは聖護院道増の弟子、道澄を通じて尼子に和睦を申し入れた。
道澄は昔預かった尼子義久の誓紙の下書きを取次役の米原に見せた。

てか、どうでもいいが、どうして「隆景・元春」の順番なんだろう?


隆景・元春、霊夢につき冨田城和平のこと(下)

  謹んで言上つかまつります。
  毛利元就とこの義久にはそれぞれ長年の確執がありますが、
  聖護院の御門跡(道増)が命じられたことですので、
  今後については和平を結び、これを違えることはいたしません。
  裏でよからぬことを画策するつもりはいささかもありません。
  もしもこの旨を偽りで申したのであれば、日本国六十余州の大小の神々、
  特に杵築大明神、大山権現、とりわけ愛宕山権現、八幡大菩薩、
  天満大自在天神の神罰を受けることでしょう。
  義久は心から決定に従い、神文を捧げます。
  この旨、皆様によろしくお伝えください。
    (永禄四年)十二月十四日         尼子三郎四郎義久
  大舘伊代守(晴忠)殿
  進土美作守(晴舎)殿

米原はこれを読んで、
「義久殿のこのような内意に、今更何の変わりがあろうか。
ことに今はたった一城に押し込められ、家之子郎党も皆敵に降伏していて、
日の翳りゆくときの槿花、宵闇を待つ蜉蝣にも増して危ない命が助かるのだ」と言われれば、
喜びに堪えず、「必ずそのようにいたします」と月山冨田城に赴いた。
そこで立原源太兵衛尉に会って道澄の用向きを伝える。
義久はすぐに一族郎党を呼び集め、「このことをどうしようか」と意見を求めた。

皆一同に言うには、
「この城は七(五)ヶ年も篭城しております。
食料は全て尽き、兵も日に日に減って今は三百人ほどになってしまいました。
そうはいっても、戦いは兵の多少が決め手ではないので、
兵糧さえあれば、味方の兵は心を一つにして主君のために命を投げ打とうと望んでいる者たちです。
毛利家の兵が百万騎だろうと、勝つことでしょう。
この城は日本一の名城です。何百年経とうとも、敵に落とされるようなことはありません。
たとえ兵糧がなくとも、この辺りの大将が一人でも二人でもいいから味方になってくれ、
援軍を差し向けてくれる可能性でもあれば、これを力としてまだ一年も半年もこの城は堪えられるでしょう。

しかし中国の九カ国すべてが毛利家になびき従っているだけでなく、
阿波の三吉(好)、越前の朝倉、近江の佐々木・浅井、河内の松永、
尾張の織田、備前の赤松・浦上、但馬の山名、丹波の赤井・波多野、丹後の両石川、
大坂の本願寺、紀伊の根来・雑賀の者たちまで、皆元就に丸め込まれています。
越後の長尾喜平景虎も、北条と武田を滅ぼし、上洛して公方の貢献を務めることになりましょう。
毛利元就も召し出されれば、両家は水魚の交わりをなし、天下泰平の方針となるだろうと、
義輝公がご存命だったときに申し上げたと聞き及んでいいます。

こうして毛利一味の諸将は日本六十余州に溢れ、尼子に味方する武将は一人もおりません。
こうなっては何を頼みにし、いつを限度として篭城を続けるというのでしょう。
やがて兵糧が尽き果てて無益に餓死するよりは、聖護院殿の和平の勧めを受け入れるのがよいでしょう。
これが自分の方から兜を脱いで降伏するのであれば、武門の面目も傷つきましょうが、
幸いにも元就の方から和睦を申し入れてきたのです。
その通りにして城を明け渡し、命を永らえて時機を待ちましょう。

元就はすでに六十を過ぎています。
不老不死の方術でも手にしない限りは、余命はいくばくもないでしょう。
元就が死ねば、策を講じて毛利を滅ぼすなどたやすいことです。
ここは道澄の調停どおり、速やかに和睦しなされ」と口々に言う。
義久もこれに同意して、「この城を明け渡します」と道澄に返答した。

永禄九年七月六日(十一月二十八日)、福原左近允貞俊・口羽刑部大輔通良は、
手勢二千騎余りを率いて駆けつけ、城を受け取って入城した。


以上、テキトー訳。

なんていうか、尼子の皆さん、何年も篭城して引きこもってる割には時勢に詳しいなw
この頃は、取り囲むといってもけっこう緩やかだったのかもね。
篭城攻略といえば「鳥取の飢え殺し」とか「備前松山の水攻め」なんて悲惨な戦場が真っ先に思い浮かぶけど、
たぶんこれらの方が規格外の戦法だったんだろうな。
信長配下の頃から秀吉の容赦のなさは怖いわぁ~……
元就も一族皆殺しとかやってるから、容赦ないには違いないんだろうけど、
秀吉はなぁ……なんか根っこのところでまったく違う感じがするんだよな。とってもイヤな感じ。
九州でもかなりひどいことやってるしな。
本筋と話がズレまくりだが、ちょっと秀吉は本気で好きになれない気がする。

それにしても「元就が死ねば毛利なんて怖くない!」とは、甘いにも程があるんだぜ。
何度も刃を交えた元春・隆景を物の数にも入れないとは。
さらに言えば、尼子こそが「経久さえ死ねば……」と思われていた側なんだよな。
この家は没落するって知りながら読むと、なんとも切ない望みだな、と思う。

さぁて、次はどこ読むかなー。
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