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2011-10-19

歌舞音曲は……必要?

昨日断念した能の話。
今でもよくわからない。


観世宗摂能のこと

尼子義久兄弟が出雲の国の冨田の城を明け渡してから、しばらく中国は平穏無事であった。
そのころ、観世宗摂(節)・観世三郎(元尚)・観世小次郎・福王甚右衛門尉、
そのほか橋本喜俊・大多和修三・似我与左衛門尉などといった舞の名人が供の者(十五名)を打ち連れて
芸州吉田へと下向してきたので、元就様は手厚く遇した。

諸軍勢は長年、雲州表に在陣して疲弊しきっている。
それをねぎらい慰撫するために、同(永禄十年)十一月二十三日、興禅寺において能を催した。
いろいろな人が集まり、群集が肩を並べ膝を重ねてこれを観覧する。
近代では並ぶ者のない名人が演じるので、見物した僧も俗世の男女もあまりに感動しすぎ、
ただ大口を開けて呆然と見入っていた。
「高砂」「田村」「井筒」、そのほか七番の演目があった。

なかでも、「二人静」は観世三郎がシテ役を務め、
宗摂の弟子に彦三郎という大内義隆卿から預けられた太夫もいたが、
これも今の世には珍しい能の達者であった。
声はとても麗しく、「見渡せば松の葉白き吉野山」と謡い、指声から小謡に移り、
「白雲の消し跡こそ道となれ」と謡うと、
三郎が「のうのう、あの菜摘人に申すべきことの候」と謡い答える。
その声色は、実に仏の迦陵頻伽の声もこんな感じであろうと思われるほど、しみじみと趣深い。
やがて二人が一緒に「花を踏みては同じく惜しむ少年の春の世も」と謡ってかざす扇といい、
踏み鳴らす足拍子といい、筆舌に尽くしがたい情趣があった。
彦三郎も舞の達人というだけでなく、体つきからして常人とは異なる雰囲気があるが、
三郎と並び立つと、花の傍の深山木のような佇まいがいっそう際立った。

日も暮れかけて、舞もまた終盤になってくると、かの魯陽の矛を取って夕日を招き返したいと誰もが思った。
それほどに、「高砂」「田村」「井筒」「烏頭」そのほか七番の能は、
どれもこれも優劣つけがたく趣深かった。

切能は「養老」という演目だった。
たいていの凡庸な太夫の舞でさえ目を楽しませるのに、
ましてや名高い宗摂の舞となればさぞやと思っていたところに、
まず翁が出てくるときに、朗々と謡いだした節を聞くにつけても、
翁は天照大神であり千蔵経は住吉大明神、三番三は春日大明神という言い伝えがあるので、
教養のない老人までもが
「ありがたいありがたい、天照大神が天の岩戸に引き篭られたときに、
八百万の神々が神楽を奏で舞を舞ったというのも、きっとこんな光景だったろうなあ」と、
ありがたくもまた感慨深くも思い、こうしたことを始めた秦の河勝の心まで思いを馳せた。

また「高砂」を見ては、「わが日本は神国だからこそ、脇能は神事を主体としているのだろう。
天下太平、国土安全でいられるのも、ひとえに天照大神をはじめとした神々がこの扶桑国(日本)に
恩恵を垂れてくださっていることを知らしめているのだ」と推察した。

三(二?)番目に修羅能を演じるのは、周辺の異民族を征服して馬を華山の陽光の下に帰し、
牛を豊かな草原に放ち、弓を袋にしまい矢を箙に収める(平和な)世がきたことを知らせているのだろう。
特に「田村」は将軍の勅令を受けて伊勢は鈴鹿の鬼神を退治して、
「千万に仕えし鬼神も地も木も我が大君の国なれば」という一首の歌により、
朝敵となることを恐れて逃亡した例まで引いているので、
朝廷の敵となった者は、人間は言うに及ばず、鬼神までもことごとく滅ぼされることを表現している。
ことさらありがたくも恐ろしくも思えた。

三番に鬘能が演じられた。天下太平にして仁徳の恩が世界中に溢れ、
頂点の一人から下は万民に至るまで人間たちが栄華を極め、天上の妙なる楽しみを尽くすのであれば、
色に染まり情に耽ることほど楽しいものはない。
イザナギ・イザナミの二人の神が浮橋の上から「この下になぜ国がないのだろうか」といって
天の瓊鉾(ぬほこ)を差し下し、海原を掻き混ぜると、その瓊鉾の滴りが固まって島となる。
これがオノコロ島である。二人の神はこの島に下って陰陽に交わった。
陽神は天となり、陰神は地となって、万物が生まれた。
これが天地開闢の源であり、人間は言うに及ばず、仏も神々もここから始まったのである。

なかでも在原業平は観音の化身として仮に人間界に生まれ、
色を好み情に染まって数千の女と契りを結んだが、
これは下々の愚かな女たちに仏のお恵みを得させるためであったとか。
心を持たない木や竹ですら、「あなた」と親しげに呼びかけることもあるそうなので、
人間においては言うまでもない。
夫婦の道の睦まじさが思い起こされる。

業平は河内の国の高安の里にいい人がいて、二股をかけて忍んで通っていた。
業平と幼馴染だという紀有常の娘が
「風吹けば沖津白波立田山夜半にや(君がひとり越ゆらむ)」と謡うのを聞けば、
貞女の道を守るばかりか嫉妬心も抱かない女だとわかる。
こうしたことは世の人の妻たちに聞かせてやりたいくらいで、
また夫にとってもいい教訓であって、忠臣の道と一緒である。
権威を競い合うだけでなく、少しでも自分より優れた者が現れればそれを妬むというのは、
奸臣のすることである。
賢人を陥れて失脚させ、主君を恨み、国を乱す。
有常の娘のような心立てであれば、優れた人を妬まず、陥れず、主君を恨まぬものだろうと、
人々は皆この「井筒」を見て涙を落とした。


以上、テキトー訳。続く。

なんか、隆元に対して「武士たる者には歌舞音曲は必要ない。常に謀略を考えよ」
なんて説教したという元就らしからぬ発想だよね、能を興行させるって。
描写を見るに、作者がけっこう能とか好きで、それを語りたいがための話なんじゃないかと思ってしまうw
各演目のあらすじは省略してるわりに、劇中の謡いの文句はチョコチョコ出てくるんだよな。

特に鬘能の「井筒」の注釈で、「嫉妬心を抱かないのが優れた人だ、妻たちに聞かせてやりたい」なんて、
世の人じゃなくオマエが思ったんだろうが!とツッコミたくなる。
この時代の夫たちも家で待つ「おっかあ」が怖かったんだな~とニンマリした。

しかし、軍記物読者は和歌・仏教説話・日本神話・中国神話・故事に加えて
能の演目のあらすじまで前提知識として要求されるのか。
当時の人はどんだけスペック高いんだ。
私なんて、目の前の箱とインターネット空間がなかったとしたら、
絶対に理解できてないよ。たとえ辞書があったとしても。
いや、今でも完全には理解できてないけどさ。

テクノロジーってありがたいね。
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