FC2ブログ
2011-11-15

如水さんと広家くん

とりあえず吉川家文書に手を出した当初の目的を果たすべく、
如水さんの書状を読んでみたよ!

当初の目的=如水さんと広家って何話してたのか知りたい

いくつか訳に挑戦してみたけどかなり強引だよ!
わからない箇所がかなり気にかかる……うう、学校に行くか誰かに習いたい><。

●慶長三年九月十五日 秀吉薨去後の書状

広家様                     如水

そうそう、私は筋を傷めてしまったけれど、気分は良好です。
あなた様は無養生なのだから、体には気をつけて、元気にお過ごしください。

また、何かまずいことがあれば、又左・忠右のうち一人、
もしくは何を聞かせてもかまわない信用できる人間がいれば、こちらに寄越してください。
私のほうでそれとわかり次第、あなた様のお考えを聞かせてもらいます。よろしく。

追って申し上げます。三原はお変わりになっていると思います。
そうであれば、甲州(長政?)にとってもいっそういいことです(?)。
秀吉公がお亡くなりになったことは、こちらにも知らせがあり、私も確かに聞きました。
先月(八月)二十日に大坂から早舟が来ました。私は京に入りました。
甲斐守(長政)のこと、あなた様の弟と思って(引き立てて)やってください。お頼みします。
私は秀吉公への不満はありませんが、世の評判はあまりよろしくない殿でした。
しかしこういうときは、物事がうまくいくものです(? 仕合成申候)。
いきなり戦が起こるというわけでもないでしょうが、そう心得ておいたほうがいいでしょう。


●慶長五年八月二十三日 関ヶ原前夜の書状

広家様                     如水

なお、信用できる人を寄越してほしいと、留守中に申し入れておきました。
参り次第、追って申し上げます。

先月(七月)二十三日の書状、昨日拝見しました。
一、天下の成り行きは是非に及びません。こういう風になると言っていたとおり、
 わかっていたので、驚きませんでした。
一、甲州(長政)のことはご心配なさらないでください。
 加藤主計(清正)と相談しているので、互いにうまくやっています。
一、京の使いに書状を持たせました。到着しているでしょう。
一、今回は合戦にはならないだろうと思います。残念です。
 また戦慣れしている連中があなたにそう言うでしょう。
一、口上で申し上げるのでここには書きません。
一、日本がどんなに変わろうとも、あなたと私の仲は変わらないと信じています。
 あなたもそう思っていてください。謹んで申し上げます。


●慶長五年九月三日 関ヶ原直前の書状

広家様                如水軒 円清

申し入れます。内府(徳川家康)が西に上るということですが、確かな情報でしょう。
その場所にあなたがいるので、とても心配です。
決して失敗のないように、入念に用心してください。
上方に加わっている諸将は、すべて内府に内応していると言いますから、
ご自分のことを第一に考えてください。
そのためにこの者を遣わしました。
九州は、今のところ静かなものです。
どんなにゴタつこうとも、こちらのことを気にしてはいけません。
謹んで申し上げます。


以上、テキトー訳。

関ヶ原後の書状もあるけど、そっちはまた今度。

まあこれは、平穏なときにやり取りしてた内容ではなくて、有事の書簡なわけだけど、
如水さんの広家への思いやりがハンパねえ(下線部)。
あと広家が長政とも仲いいのもうかがわせる(下線部)。

しかし如水さん、なんていうかこりゃ、
マジでデキてたんじゃないの、ってくらいの心寄せっぷりだわ。
吉川家中が「如水さんが広家様に惚れてる」を公式設定にしても已む無し。
日本がどれだけ変わっても、「貴殿我等半替申まじく候」だもんね。
いやなにそれ告白? 私の脳が腐ってるだけ??
少年漫画風に
「世界がどんなに変わっても、俺たちの絆は永遠だぜ!」
とか書けばそれっぽくないそれっぽくない(自分に言い聞かせる)。

個人的に、慶長三年の書簡の
「いやー、私、筋を違えちゃってねw ※トシだからです
 まあ気分は悪くないよ、うん。
 おまえさんは自分の体を労わらないから心配だよ。
 ちゃんと養生して、元気で暮らすんだよ」
みたいな感じの部分が好き。
広家は病気がちだったらしいから(元長お兄ちゃんの書状にもそう書かれてるw)、
そういうの、よく知ってるんだね、如水さん。

やっぱ如水さんは広家のことあ(ry
スポンサーサイト



検索フォーム
カレンダー
10 | 2011/11 | 12
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
訪問者数