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2011-12-02

水面の月を手に入ればやと

鳥取城が秀吉勢にまるっと取り巻かれたトコまで読んだ。
今回もその続きだけど場面がちょっと変わるよ。


因州吉岡の城合戦のこと

因幡の国の吉岡の城には、吉岡入道質体(しつきう)・嫡子の安芸守(定勝)・次男の右近が、
わずか三百騎あまりで立て籠もっていた。
この辺りでは唯一の毛利家方だったが、従来至剛の猛者たちで、
秀吉の大軍にもまったく臆すさず、日夜忍耐を重ねていた。
あるときは敵陣に忍び込んで多数の人を討ち取ったばかりか、
多賀文蔵という者の脇差を盗み出したこともあった。

秀吉は、「吉岡は少数の手勢で城を持ち堪えさせているだけでも小癪だというのに、
あまつさえこの陣の端々に夜討ちをかけて悩ますのだから厄介だ。
誰かおらぬか。あの城に行って蹴破って参れ」と命じた。
多賀文蔵は先日脇差を盗まれたことを口惜しく思っていたので、これこそ好機到来と思い、
「私が行きましょう。あっという間に切り崩してご覧に入れます。
八幡大菩薩もお聞きあれ、もし仕損じたときは、二度と帰っては参りませんとも」と威勢よく申し出た。
「ではおまえが行ってこい」と、秀吉は屈強な兵を三千騎ほど選び出し、文蔵に与えた。

この吉岡の城というのは三方が湖に面していて、一方は山の尾だった。
この尾根をたどっていかないと、敵も寄り付きようがない。
その尾根からは羽柴七郎左衛門尉が五千騎あまりで攻め近づく。
同二十六日の夜半に、秀吉は二万騎あまりで吉岡の城の湖水に向かって打って出た。
城の周りの湖は、一、二町ほど浅瀬になっていて、船では近づけない。
大勢で六、七艘の舟を担ぎ入れた。
同二十七日、多賀文蔵が先陣に進んだ。
三千の大軍では舟の数が足りないので、七百人ほどを選び出し、船に乗って漕ぎ出す。
秀吉の瓢箪の馬印を預かり、舟の舳先に押し立てて、
湖水を渡って城の近くに降り立つと、舟を漕ぎ戻した。
秀吉はまた兵を渡すために、数千人を水際へと出し、待たせていた。

多賀文蔵は鉄砲数百挺を先に立て、城の矢間を撃ち潰し、
そのあとを七百人あまりが槍や薙刀をそろえて攻め上って、一気に塀を乗り破ろうと進んだ。
城方でも鉄砲を入れ替わり立ち代わり撃ちかけてくるが、寄せ手が間近に押し寄せてくる。
これを見て、安芸守・右近たちはもう打って出ようと進みかける。
しかし父の入道が、
「今しばらく待て。わしが先に矢倉に上り、時分を見定める。わしの采配に従って打って出よ」と制止した。

入道が大手の矢倉に上り、敵の動向を見計らつつ、鉄砲を撃ちかけてくるので、
寄せ手も思うように塀に手をかけられずにいた。
吉岡入道がここで「いい時分だ、それ掛かれ!」と号令すると、
待ち構えていた弓衆・鉄砲衆が一気にバラバラと撃ちかけ、射かけてくる。
同時に、安芸守兄弟・近藤七郎衛門尉・大杉何某などをはじめとして、
百人あまりがまっしぐらに突き出てきた。
寄せ手がこれを見て周章狼狽し、浮き足立ったところで、
一番前に進んでいた兵を二十人ばかり次々と突き伏せた。

多賀は「なんと、出遅れてしまったか」と呟いて、
数百人を渡らせて揉みあいながら攻めかけさせる。
先頭で意気地を挫かれてしまった兵たちもこれに力を得て、引き返して戦うが、
勇んで進んだ吉岡の兵たちに押し立てられ、ついに寄せ手は湖水の際まで引き退いてしまった。
引けばまた息も継がすまいと吉岡勢が攻めかかり、
寄せ手は次々と斬り殺され、突き伏せられて残り少なくなっていく。
たまりかねて湖に逃げ溺死する者も数知れない。
なかでも、吉岡右近は瓢箪の馬印を掲げた者を討ち取った。
秀吉は味方の兵たちが次々と討ち取られていくのを見て、あまりの口惜しさに身をよじり、
水際を馬で行ったり来たりするも、水面を数町隔てているのでどうにもできず、
まるで水の中の月を掬おうとしている猿のようだった。

吉岡安芸守は水練の達者な者を湖の中にやって死骸を取ってこさせ、
寄せ手七百人の首を取り、岩の上に立って勝鬨を上げ喜び勇んだ。
湖水の際に竿を結い渡すと首を掛け並べ、瓢箪の馬印も同じように立てかけて己が武勇を勝ち誇る。
「今の日本に、私に勝る弓取りはおるまい。この天下無双の弓取りの羽柴秀吉を討ち取ったぞ。
その証の馬印はこれにある」と、さも声高に言い募った。

そのとき、多賀文蔵が岩の下から這い出て、「そのように大口を叩くのは吉岡か!」と問いかけた。
「安芸守である」と答える。
「そう言うおまえは誰だ」と問えば、
「私は多賀の文蔵という。このたびこの城を攻めた大将である。
瓢箪の馬印は私がお預かりしてきただけだ。決して秀吉が討たれてしまわれたわけではない。
私はさる理由があって、秀吉に今回の大将を願い出た。
華々しく一戦して名を後の世に残そうと思っていたのに、
思わず胸板を突かれて深手を負ってしまったのだ。
そのまま死にもせずに、今こうしてこの面を晒しているとは口惜しい限りだ。
名乗って死のうとは思っても、雑兵の手にかかるのは無念だ。
ここまで生き長らえて、あなたのような大将にめぐり合いたいと待っていたのだ。
もう、露ほどの命など惜しくはない。早く首を打ってくれ」と答えた。

安芸守が「おお、噂に聞いていた多賀文蔵殿か。今私とめぐり合うとは不思議な縁だ。
合戦はこれまでにしよう。お命を助けて送って差し上げよう」と言うと、
多賀はカラカラと笑い出す。
「これほど無残に打ち負けて、そのうえ多くの兵を討ち取られ、
自分の命が助かったとして何の意味があるものか。私はそれほどまでに惨めに映るか。
安芸守殿のそのお考えこそ恨めしいものだ。
早く首を取ってくれい!」

安芸守は、そこまで言うならと、首を打ち落とした。
こうして吉岡は、多賀の首、そのほか宗徒の兵と思しき首を三十ほど、
また打ち捨てられた武具を二十あまり、並びに瓢箪の馬印を、元春様に送った。
なんという武門の名誉だろうと、人々は皆感じ入った。

秀吉は宗徒の兵をことごとく討たれて大激怒した。
「先日は攻める用意をきちんとせずに、敵を侮って失敗した。
これはこの秀吉一生の不覚だ」と、
羽柴七郎左衛門・亀井武蔵守を大将として三千騎あまりを差し添えて再度挑んだ。
尾根の上に押し寄せ、陣の構えを堅く整えてから仕寄(しより・仕掛け)を作って攻めようとしていた。

城中の兵たちの中には、尾根側を固めて先の合戦に加われなかった者も多く、
これが悔しくて、ぜひとも打って出て羽柴七郎左衛門を追い立てたいと望んでいた。
吉岡は「敵は四千も五千もいるだろう。味方はたった三百人だ。
どうやって勝利しようというのだ。勝って兜の緒を締めよと、ことわざにもあるではないか」
と押し留めようとしたが、まったく耳も貸さずに切って出てしまった。
これに二百人あまりが続いた。

寄せ手は先日の合戦での城兵の武勇を見ていたせいで臆したのか、
あっけなく切り崩されて我先にと逃げ出していった。追
いついた城兵が十七人を討ち取った。
亀井武蔵守は危機一髪に陥ったが、若党三人が鉄砲を持って付き従い、
打ち払ったので、危ないところで命を拾った。

吉岡はものすごい大物だと、上方勢も恐れ合った。
秀吉も、こんなところであたら兵を多く失うのは無益だと、
その後はこの城に攻め入ろうとすることはなかった。
鳥取落城の後に、羽柴七郎左衛門尉に城を渡し、吉岡父子は伯耆の国へと越していった。


以上、テキトー訳。

ハイキター!
秀吉、猿呼ばわりwwwざwwwまwwwあwwwwwww

……えーと、草生やしてマジすんませんした。
けっこう真面目にこの章は面白かった。
やっぱり寡兵VS大軍@難所ってのは楽しいよね。
吉岡入道パパかっこいい。安芸守も右近もかっこいい。
やっぱり、こういうの読むと武士ってのは首狩族だなあと改めて思うわ。
水死体の首まで切って竿に掛け並べるとか。
腐ったり干物になったらどうやって処分するんだろう。
というかむしろ胴体の方はどう処分するのか。考えただけでも大変だ。

そういえばちらちらと「宗徒の兵」ってのが出てくるが、
こりゃなんじゃ? 宗教の徒=僧兵?
なんて思ってらアンタ、「むねと」って読むらしいわよ奥さん。
集団のなかの主だった者、だそうで。主力兵だね。

あと、この城、行ってみたくなった。この目で見てみたい。
まあ残ってないんだろうけど。
ちょろっとグーグル先生に聞いてみたら、鳥取県の湖山池ってとこらしいね。
城は「防己尾城(つづらおじょう)」というらしい(江戸に入るまでは吉岡城、亀山城という呼び名)。
「現在は公園となっているが、土塁、曲輪跡、竪堀跡、切岸が明瞭に残っている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E5%B7%B1%E5%B0%BE%E5%9F%8E
とのことなので、いつか行きたい城(跡)にランクイン。滾る!
ああ、案内を買って出てくれるナイスガイorウーマンがどこかにいないものか。
車が運転できれば一人で行ってもいいんだけどな。
まあ法的には運転できることになってるけど、私の運転は黄泉路に直結してるからな。

ちなみに行きたい城は
吉田郡山城、岩国城、厳島の宮尾城、萩城、吉川元春館などなど。
できれば中国地方の城まるっと一周したい。
まだ城については勉強不足も甚だしいので、そう何度も行ける土地じゃないから、
しっかり知識つけてから行きたい。
岩国行きたいよ岩国! ガッチガチの防御目的の城らしいから楽しみ。
あと広家の変なセンスをたっぷり堪能したい!
鎧が見たいよ広家!!! ←目的が変わっている
むしろ広家を見たいんですがダメですかそうですか。
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