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2011-12-04

吉田郡山城にお勤めしたい

ちょっと今日は体調悪すぎ。頭が割れんばかりに痛くて熱もある感じ。
しかし体温計が行方不明www

そんなわけで本に向かえないので「陰徳記」はまた今度にして
毛利家文書から隆元お兄ちゃんに癒してもらおう。

●毛利隆元自筆書状
宛先:左太(桂左衛門大夫元忠)

「桂熊千代(元盛)の元服について、桂元澄が言ってきました。
 それで、名は「少四郎」にするんだそうです。
 あまりにたくさんいすぎる名前だと思うんですが、そう思いませんか?
 左太などは「孫八郎にするといい」なんて言ってましたが
 能登(元澄)がどうしてもと言うのです。どう思います?
 同名の者は確かにいくらでもいますが、いかがしましょうか。
 恐惶 かしく」

宛先は「左太」となってるけど、前後の手紙を見るに、
左太を通してるというだけで、基本的には元就に宛てて書かれているっぽい。
桂氏は毛利の分家であり重臣の一族。
桂元澄は親元就派の宿老、桂元忠はその弟で五奉行の一人。元盛は元澄の子。
つまりこの手紙は、
「重臣が子供の元服について話をしてきたんだけど名前がありふれすぎてるよね」という内容なんだが
「いかが候はんや」って表現が三回も出てきて、
「どうなの?どうなの?」ってしきりに首をひねってる様が想像できて楽しい。


●毛利隆元自筆覚書
「一、伽で寝るときは莚を敷かないこと
 一、風呂湯殿に入るとき、自分の垢を掻きふいて大げさにしてはいけない
   主人が上がるときは、湯殿の中にいないで、上がり殿へ上がること
   本に上がるときも、上がり殿にいて、主人が帰った後、小風呂に入るべし
 一、もとゆい、さくすを小者たちに呼びかけるようにして取り寄せてはならない
   湯殿衆も上がり殿まで出て、小者たちを上がり殿に上げずに受け取ること
   すべてこのようにすること」

近習とかへの注意書きみたいなものだろうか。細かいw
「伽で寝る」とか「風呂で云々」とか……近習衆がうらやましすぎると思うの……(血涙)
陰徳記の陶さんの話でも主人の寝室で寝てたりその続きの間で寝てたりする近習が出てきたが、
やっぱり夜間警護みたいな体制とってたんだね。
殿様って寝るときもプライベートな時間がなくてちょっとかわいそうかもしれないが
私も隆元にご奉公したいです。そしてこっそり寝息を聞きたいです。
あと風呂! 隆元と一緒に風呂入れるとかどんだけ役得なの!!!
この頃の風呂は蒸し風呂が基本で、下帯つけたままとか浴衣着て入ると聞いたことあるけど、
それにしても湯殿衆がうらやましすぎる。ご奉公させてくれええぇぇぇ!


●毛利隆元自筆申渡書
「天文二十一年(1552年)十二月 急ぎ申し聞くように
 五間たまり所番衆
 一、その日その日の当番衆は、一昼夜の間は自由にせず、必ず番所にいなさい
 一、用事の披露は五間番衆が行いなさい
   わけもなくいきなり二間に出入りしてはいけない
 一、外出用の衆、定衆の内でも、座敷で召し使われない者たちは、下五間に長居しないこと
 一、よそから使飛脚が来たときは、早々に書状などを受け取って上がってくるように
   はねあい(?)をして待たせないように
 一、よそへの使いに遣わすときは申し渡す」

またまた近臣への注意書き。
隆元様にお仕えするなら肝に銘じておくべき。
五間ていうのは近習の控え室みたいな感じで、二間が殿の居室かな。
当番一回が一昼夜ってのはちょっときついな。しかも自由時間なし。
やっぱ食事とかは交替で摂りに行くんだろうか。その際は膳所? それとも弁当?
多分弁当が一般化するのはもうちょっと時代が下ってからだろうから膳所かな。
きっと近習たちも長屋住まいとか部屋住みの若党たちだろうし。
仕事内容は、隆元に用事のある人を取り次いだり飛脚から手紙を受け取って届けたり
あとは隆元から命じられて使いに出たりといったとこか。

うう、想像できる……「ちょっとかさ(元就の居所)に行ってきて」と言われて
「また登山すんのかよ」と、うんざりする近習たちが想像できる……!
きっと健脚揃いなんだろうな、毛利さんちは。
または、元就から手紙で呼びつけられた隆元が
「今からかさに行くから供の用意して」とか言うと
「やっぱりさっきの大殿からの書状、呼び出し状だったか」みたいな感じで
半ば予想できててすでに準備が整っていたりとか。
いや、だって頻繁に呼び出す元就の書状もたくさんあったし。しかも「今来い」とか。

ていうかこの頃にはもう「飛脚」がいたんだな、と一瞬思ったが、
江戸時代以降の飛脚とは性質が違ってそうだ。
もしかしたら重臣や諸国人や一門衆からの使者を「使飛脚」って感じで呼んだのかも。


ああ、楽しそうだなぁ、吉田郡山城勤め。
山道と勤務はきつそうだけど、でも隆元に近侍できるなら我慢できるよな、それくらい。

同様に広家にもお仕えしたい。
この人も家臣にあれこれと送った書状がたくさん残ってるので、そのうち取り上げたい。
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