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2012-01-25

幽斎と文殊、隆景と山伏

申し訳ない。昨日おいちゃん嘘ついたわー。
秀吉が俳諧するんじゃなかったわー。ちゃんと見たら幽斎さんだったわー。


細川藤孝俳諧の発句並びに隆景と山伏問答のこと

天正十九年の秋の末ごろ、秀吉公はこう思い立った。
「わしは農耕を生業とする田夫の家に生まれたが、今は日本六十余州の主となった。
それどころか従一位太政大臣にまで出世し、すべての政をあずかるまでになった。
これは武芸に長じていたからというだけでなく、もしかして仏神の化身であるからではなかろうか。
自分でも、凡夫の生き様ではないと思っていたところだ。
この国を掌握した者といえば、古今に数多くいる。
しかし三韓(新羅・高句麗・百済)を切り従えた事例は、大昔の神功皇后のほかにないと聞いている。
これから後の世にもきっとこんなことはないだろう。
わしがこれから高麗の国に派兵して打ち従え、それから大明と一戦し、武勇のほどを顕して、
武威を震旦(中国)・扶桑(日本)に振るおうではないか」と、大陸への出兵を企んだ。

すぐに西国の諸将へと「来年には朝鮮へ遠征する。その用意をしておくように」と下知がなされた。
諸将は、朝鮮に渡るのなら船がなくてはならないと、皆大船を作った。
その中で、細川兵部太輔藤孝入道玄旨は、そのころは丹後の太守だったが、
子息の越中守(忠興)が朝鮮に渡るので船を作ろうと大木を探し求めた。

切渡の文殊のあたりに大木が多くあったので、これを切り出して船にしようとすると、
その堂の僧たちは、「この土地の松は太古の昔から切り出されたことはありません。
前例がないのでいかがなことかと思います。
ことに高麗国まで数千万里の波濤をしのいでいくのですから、
文殊のお心を損ねてしまうのは恐れ多いことではないでしょうか」と言い出した。

玄旨は、「たしかに言うとおりだな。では私が文殊へ手向けをするので、その後で切るといい。
和歌は諸仏道成道の元根であり、霊山会上(釈迦がしばしば説法したという霊鷲山の会座)の説法の奥義だ。
『大いに和(め)くる歌』と書いて『大和歌』と読む。
文殊の御心を大いに和らげて差し上げれば、きっとご加護の眼差しを注いでくださるだろう」と、
俳諧の発句をして、その松を切らせた。
「舟にせん松を切との文殊四郎」
文殊もこの発句に喜んだのか、何の祟りもなかった。

また秀吉公は隆景に対して
「豊前の彦山に楠の大木がたくさんある。これを切り出して大船を数艘造れ」と命じた。
隆景様はすぐに彦山に登り、「殿下の仰せだ。この山の大木を切っていくぞ」と告げる。
その土地の座主で何某の法印という者は「何でも仰せに従いましょう」と答えた。
隆景様はその座主の坊にしばらく滞在した。

ある夜、雨が窓を打つ夜の寂しさに、ただ一人灯りをともして心を澄まし、
「錦城の歌吹海(遊里)に在るを憶ふ、七年の夜雨、かつて知らず」と、古い詩を口ずさんでいた。
すると風とともに、どこからともなく、身の丈が七、八尺もありそうな大きな山伏が現れた。
兎巾(わら製の冠)をかぶり篠懸(すずかけ、修験者が着る法衣)を着てイラタカ数珠を持ち、
隆景様にの向かいに佇むと、大きな目を突き出してキッと睨んでくる。
隆景様も、「これは何かありそうな山伏だ。きっとこの彦山に住む豊前坊という大天狗に違いない」と思って、
少しも騒がず、瞬きもせずに睨み合った。

しばらく間があって、その山伏は話し出した。
「のう左金吾(中納言の唐名)殿、この山の木は昔からずっと切られたことはないのだ。
それなのに隆景が何の憚りもなく切るというのは奇怪なことではないか。
おまえ様は仁の道にも尽力しているし、仏神に帰依もしている。
この末法の世には珍しい仁将だと思っていたのに、こんな悪逆無道のことをするとは何たることか」
と声を荒げて言いつのる。

隆景様は答えた。
「あなたのような山伏の仰せとも思えぬな。
この彦山の樹木を、この隆景の私用のために切るのであれば、そのように言われるのも仕方ない。
しかしこれは関白殿のご命令でやっていることだ。
隆景はその奉行として罷り出ているだけであって、
秀吉公がこの山の木を切らせるのに前例がないからといって背くのであれば、
天下の下知に背くのと同じことだ。

普天のもと、王土にあらずということなし。
秀吉は天子ではないといっても、寰中(かんちゅう、畿内)は天子の直轄、そのほかは将軍の令を守るものだ。
天下の下知に背くのは、いかなる道理があってもまかりならぬ。
『理は法に勝らず』とことわざにもあるように、
天下の制法を私的な利のためにないがしろにするとは、いかがなものか。

また隆景を悪逆無道と言ったが、あなたこそ自分の言い分ばかり並べているではないか。
役の行者(役小角、修験道の開祖とされる)以来、山伏の法には、
私利私欲を優先して法を破るのがいいとでも書いてあるのか。
もし法を破り、私利を優先すれば、山伏とは外道の法であり正法ではない」

これを聞いて山伏は、
「普天のもと王土にあらずということなし、とは実に道理だ。
おまえ様の罪ではないというのも歴然である。ではお別れだ。さらば」
と言って掻き消えるように姿を消した。
もし隆景が臆して、こうして道理で責めていなければ危なかったところだ。
左金吾は仁徳を施すだけでなく、優れて剛胆な人でもある。
元就の武勇は元春が受け継いだとはいっても、
この人もまた諸将の中では並ぶ者がないほど智に抜きん出ており、勇もまた傑出していたそうだ。


以上、テキトー訳。

隆景無双www 2メートル超の天狗も言い負かしちゃうのかよ。パネエ。
恫喝を受け流し、瞬きもせず睨み返して慇懃に言い返すって、
ホントにドSの鑑だよね、景様……ハァ、冷たい視線で射抜かれたい……w
陰徳記の景様はホント言葉責めっていうか威圧プレイの達者だよなぁ。
こういう面がもっと注目を集めてもいいのに!

そういえば野生動物は先に目を逸らした方が負けなわけだけど、人間も妖怪も一緒だね、きっと。
きっとこのときは大天狗の方から目を逸らしてるよね!
隆景に詰られてシュンとしちゃう大天狗に萌えてしまいそう。
豊前坊かわいいよ豊前坊! そのまま隆景の下僕になってしまえばよかったのに!

それはそうと、今回調べ物をしているうちに、意外なことを学んだ。
「幽斎」って「静かな部屋」って意味なんだね! へぇ~~~~!!!
隆景が口ずさんでいた漢詩のなかに出てくる語句らしい。
ていうかしっとりと雨が降る寂しい宵に漢詩を口ずさむとかこのインテリ!

そして隆景のインパクトにかすんでしまった細川の幽斎様。
ごめん、歌意がちょっとわからない。
「文殊四郎」をググッたら、そういう珍しい苗字があるというのがヒットした。なんだそれ。
でも和歌で仏神を慰撫するってのは優雅な感じでいいね。
すげぇセンスの親父ギャグを始終ぶっ放してるイメージだったけど、
こういう基本理念に基づいてると思うと、ちょっと見る目が変わってきた。

なんか朝鮮出兵の話が出てたけど、次の章ではあんまり関係なくて、
ただおっちゃんたちがダベってる章のはずだよ。
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