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2012-02-08

清正の苦難

これまでのあらすじ:
秀吉による朝鮮出兵が実現し、九州は名護屋から対馬経由で朝鮮入りした諸将たち。
いち早く着岸した小西部隊は独力で釜山海城などを落城させる。
さて都入りの先陣は誰が務めるか、小西と加藤清正との間で言い争いが起き、一触即発の状態になるも、
諸将たちの説得によって、小西が先陣を清正に譲ることになった。
迂回路の山道を行く小西は、近道を進む清正に嫌がらせを仕掛けた。
「清正の先に回って、川の船を全部壊すか焼くか流すかしちゃおうぜ」
これで足止めを食う清正を横目に、小西は帝都への一番乗りを果たす。
朝鮮王たちはようやく「いつもの海賊と違う」と気づいて、命からがら逃げ出した後だった。


日本勢、朝鮮の都入りのこと(中)

加藤清正はこれを夢にも知らず、小西に先を越されまいと心ばかりは勇めども、
川にぶつかるごとに日数がかかる。
「小西は山道を行ったといっても、もう都の近くにいるだろう。
ああ、険しい山道や渓谷の深くにでも迷っていればいいのに」と独りごちながら、
それでも都に向かっていると、見渡したところ十町(約1キロ)ほどもある大河に行き合った。

日本の名だたる大河でさえ、都付近には宇治・勢多・淀、
関東には利根・富士川・天龍・大井、中国には江の川などという大河があるが、
それとは比べものにもならないものだった。
江州の湖(琵琶湖)なら似たようなものだろうか。

「これはきっと朝鮮でも名の知れた大河だろう。船がなくては渡れるわけがない。
近辺の村や川の隅に船がないわけはないだろう。それを探してのって来い」と、
若党数百人を遣わして船を探させたが、一つも見つからなかった。
小西が焼き捨てさせたのだから、一艘もないのは当然である。

清正は高いところに登り、船がどこかにないかと見回したが、目の届くところには見当たらない。
小西の仕業とは思いも寄らず、朝鮮人がやったことだと思い込んだ。
家之子郎党に向かって言った。
「敵がこの地に船を一艘も残していないということは、日本勢の行く手を阻むためだろう。
だからこんなことになっているのだ。きっとこの川は最適な防御地点なのだろう。
ここが最後の頼みと備えを張っているのだとすれば、五万や十万の兵が対岸に陣取っているはずなのに、
敵らしきものの姿は一人も見えない。

これをよく考えてみると、敵はすでに逃げ出してしまって、都までは一人も残っていないと思う。
この近辺の兵は皆都へと集められているはずだ。
天地鳴動する大合戦の地は、おそらく帝都になるだろう。
皆々にも分捕り高名させて、ここまでの長い道のりをやってきた辛労をも忘れさせてやりたい。
敵も、皮の向こう側に船を置いていないはずはないのだから、
このあたりを駆け回って民家を解体し、筏にして向こう岸へと渡って、
人数を渡せる船をこちらの岸へと寄せよう

」ここに、曽根孫六という若党が一人進み出た。
「私の産まれ故郷は越中の国です。砺波川のあたりで育ちましたので、
川に入ったら浮いて流されることも沈むこともありません。
水の上で自由に動くことはカモメのごとく、水打ち際のサギにも引けは取らないと自負しております。
この川はいかに幅が広くとも、十町か二十町ほどのこと、さすがに一里を過ぎることはありますまい。
簡単に泳ぎ渡って、船を乗り付けてきましょう」

これを聞いて、主計頭清正は大いに感じ入り、「では渡ってこい」と命じた。
曽根は言葉をたがえずに易々と川を泳ぎ渡り、小船を一艘渡してきた。
主計頭は大喜びし、その船に大人数を乗せて対岸に渡すと、また多くの船を寄せてきたので、
大勢が取り乗って、次々と渡っていった。

さて、川を渡って山の上に登り、しばらく陣を構えていると、
清正の若党の木村又蔵が四方を見回りに行く。
都の方角から放火の名残と見える煙が雲まで上っているのを見つけ、そこから丑寅(北東)を見ると、
小西摂津守の旗幟と思しきものが、東風になびいてひらひらと翻っていた。

木村は主君の清正の前に帰りつき、
「あそこに煙が見えますのは、いかにも帝都でございましょう。
また煙から丑寅の山に見えますのは、朝鮮人の旗ではなく、小西殿の旗でございます」と告げる。
清正は、「確かに煙が見える。都かどうかはわからないが、
もしおまえが言うようにあれが帝都ならば、小西に先を制されたのは無念である。急げ者ども」と、
都の辰巳(南東)の山上から馬に鞭を打ち駆けつけた。
そこは疑いようもなく都ではあったが、小西によって三日以上前に焼き尽くされ、
空っぽの赤土だけが残っていた。


以上、テキトー訳。続く。

ギスギスしとりまんな。
コニタンひどい!と言ったところで、陰徳記では明らかに
困難に立ち向かう良将清正VS小知恵の回る貪欲な奸将行長という構図をあおっているので、
そこは差し引いて読んでいきたいところだね。
まあそもそも流されやすいことには定評があるんだけどね、私。

このへん、少年漫画とかで読むと燃えそうだよね。
仲間を信じ、ひたすら突き進む主人公(清正)、しかし彼を邪魔していたのは他でもない、
親友だと思っていたコニタンだった……!みたいな。
盛り上がりそうだからドラマとかでやればいいのにね。
って、ドラマどころかテレビ見る習慣のない人間が言うのもアレですが。

清正が「皆に分捕り高名させてやりたい」って言ってるとこを見ると、
本当にこのころは、戦がないと成り立たない社会だったんだなと思う。
「大切なものを守るためには仕方なかったんだ!」というよりは、
戦こそが生活の糧を得る日常的な手段というか。生活の一部。

天下が統一されたといえば聞こえはいいけど、
日本国内で戦ができなくなったら、外に戦場を求めなきゃいけなくなった。
嫌々戦をしていたわけじゃなくて、みんな戦がないと困った。って面もあるんだろうな、と。
今でもアメリカ経済なんか如実にソレだよね。

まあ社会システムとかマクロ経済は考えないが吉だな。読み終わらなくなるわ。
次回も同じ将の続き~。
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