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2012-02-19

虎之助のパーフェクトれきし教室

これまでのあらすじ:
加藤(清)の朝鮮進軍は絶好調で、オランカイ襲撃も成功したよ!
そこで朝鮮八道のうち四道の守備を任された将軍セルトウス、
波に流されてこの地に住み着いた日本人後藤をゲット。通訳って便利。
セルトウスの反応で、捕まえた朝鮮王兄弟も本物らしいとわかって一安心だね!

今回は清正が明の使節相手に語るわけだが、先にちょっとこれだけ言いたい。

清正「みんなー! 虎之助のれきし教室はじまるよー!
   それがしみたいな天才目指して、がんばっていってね!」


大明の帝より加藤清正へ勅使のこと(上)

年が明けて文禄二年正月五日、アンヘンにいる加藤清正のところに、
大明の帝王から官人三十騎ほどが遣わされた。通訳を通して大明の帝王の宣下を聞いた。
「日本は昔、大唐から百王百代の約束で王号を赦免していたのに、その約束を破り、
近代は貢物を献じることもなく、それどころか今度は小国の武臣ふぜいが軍兵をを渡海させて、
高麗国を切り従えようとしている。はなはだ奇怪の至りだ。

なので凶徒を誅罰するために万郎耶などに数百万騎の軍兵を添えて、
遼東口では小西摂津守をはじめとしてつくづく討ち果たし、
そこから都まで陣取っていた日本勢を残らず討ち取ったのだ。
帝都から釜山海までは日本勢は一人もおらず、今生き残っているのは清正と共にいる軍士だけである。
殺してしまうのは簡単だが、清正は智勇全備の良将である。
とりわけ仁義の道に忠実で、万民を慈しみ育てる志が深いと聞こえが高い。一旦はその命を助けてやろう。

今、清正の身の上は籠の中の鳥、網の中の魚のようなもので、天がいくら高いといっても飛ぶことはできず、
地が深くてももぐることはできまい。
こうして命が失われるときを待っているよりは、
すみやかに高麗の帝王兄弟や美婦人をこの勅使に別条なく引き渡しなさい。
そうして忠節を尽くせば清正に従っている軍兵も一人残らず船に乗せ、日本の地へと送り帰してやろう」

清正は、「私は日本という小国の武将、秀吉公の臣下の身として、
今大明四百余州を統べる帝王の勅定をいただけるのはありがたいことだ」と、
湯を浴び髪を洗って装束を改めたうえで勅使に対面した。
その後、日本染の小袖を二重ずつ勅使への贈り物とした。

清正は鍋島加賀守に使いを出して美人を呼び出し、宮人に対面させて
「この美婦人のことですか、それともこれは関係ない者ですかな」と尋ねると、
官人たちはじっと眺めて、「疑うところもありません。
天下に二人いるものならば騙すこともできるでしょうが、似る者もないのでこの者です」と答えた。

清正はそのとき、通訳を通して勅に答えた。
「我が国の帝王が、ずいぶん昔に大唐の帝から百王百代の王号を許されたというのはとても信じられませんな。
陛下もご存じないのではないだろうか。
我が大君は言葉にできないほどかたじけない、天神七代、地神五代の末裔でいらっしゃる。
そのお方に誰が王号を許すことができるというのか。

そもそも、天神七代というのは、第一は国常立尊、第二は国狭槌尊、第三は豊酙渟尊、
第四は泥土瓊尊・沙土瓊尊、第五は大戸之道尊・大戸間辺尊、第六は面垂尊・惶根尊、第七は伊弉冉尊である。
また地神五代といったのは、第一は天照大神、第二は天忍穂耳尊、第三は天津彦々火瓊々杵尊、
第四は彦火々出見尊、第五は彦波瀲武鸕鵲草葺不合尊である。
さて人王のはじめである神武天皇は、鸕鵲草葺不合尊の第四皇子でいらっしゃる。
このように、人間の種ではなく、かたじけなくも天照大神の御苗であらせられるので、
どうして下界の大唐の人と比べることなどできようか。天と地よりもなおかけ離れている。

そちらの国で崇敬している伏義・神農・黄帝の三皇、少昊・顓頊・帝嚳・帝尭・帝舜の五帝は、
皆下界の人間であって、皇天の末裔ではないそうだ。
だから人知の及ばないことが起きれば、天を仰いで日月星辰に祈りを捧げる。
その日月とは何か。
伊弉諾(イザナギ)・伊弉冉(イザナミ)ははじめに日の神をお生みになった。これが天照大神である。
大唐国裏だけでなく三千世界が崇めている日輪月光は、我が帝の皇祖である。
どんなに崇めても足りることはないというのに、百王百代の王号を免除したなどと言うのは、
天を嘲弄する振る舞いではないか。ああ、天罰が恐ろしいなぁ。

仏の二十三天では、五帝三皇ですら梵天帝釈天に比べれば下界の小王に過ぎない。
さて二十三天の頂点は毘盧遮那仏だという。つまりは大日如来のことだ。
大日とは何かというと、天照大神のことだ。
現在では僧侶たちが誇張して仏が本来のあり方であって、
神はその顕現に過ぎないなどと言っているがおめでたいことだ。
実は神が本質であって、仏がその顕現なのだ。

なぜかというと、我が国の垂仁天皇の御時、二十六年の十一月、新嘗祭の夜に、
倭姫命に祭祀を託してこう仰った。
『決して怠ってはならないぞ。よく聴きなさい。神代では人の心も皆清くて正直だった。
だから罪や咎などありはしなかった。しかし地神の末の代から、人は皆心が汚れていき、
根の国の底までさまようようになった。
このせいで西の天に真実の人が出てきて、皇天に代わって折りに触れ法を説くようになった。
その者の言葉もこの国にもたらされている』とな。

だから神明は託宣をやめて如来にその役を譲られたのだそうだ。
これを考えると、一切衆生の教主である釈迦牟尼仏も、皇天に代わって法を説いているので、
やはり仏が顕現であり神が本質なのだ。
我が国の帝王は三千世界の果てにある恒河沙、那由陀の仏国土の上に立たれている神明の末裔なので、
わずか四百余州の大唐の帝など、そのはるか下に見たとしても当然である。

人王のはじめである神武天皇以来、代々の聖主は徳も三皇五帝より越えていた。
だからこそ南蛮北狄、東夷西戎を恐れることもなかった。
今百有余代、天下に皇統が面々と続き、絶えたことはない。これから先もまた億兆の限りもなく続くだろう。
天に限りがあって傾き、地に限りがあって覆ったとしても、皇天の末裔は尽きることなどありはしない。
我が国の和歌(ヤマトウタ)にも、
『君が代は千代に一度いる塵の白雲かかる山となるまで』
また『君が代は尽くしとぞ思う神風や御裳川の澄まんかぎりは』と詠んでいる。
たとえ三災壊劫(火災・水災・風災)のときがきても、皇統は絶えはしないだろう。
これは天照大神の末裔だからこそである。

また三皇の古大昊の末裔もその名前しか残っていない。炎帝の後胤も黄帝に滅ぼされてしまった。
黄帝の子孫は代々聖主ではあったが、帝堯の皇子丹朱が愚か者で、天下を帝舜に譲ってしまった。
我が国の帝王は一代たりとて愚鈍だったことなどないから、皇孫以外に天下を譲ったこともない。
夏殷周の三代も、夏は十七代の桀に至って湯王に滅ぼされ、殷は三十代目の紂のときに武王に討たれた。
周もまた三十七代、八百六十七年も天下を保持してはいたが、
政道で天に背いてしまったので次第に帝威も衰えて、十二諸侯に分かれ戦国の七雄となり、
ついに天下を秦に奪われてしまった。
秦もまた二世の胡亥が臣下の趙高に殺された。
また前漢は王莽に天下を奪われ、後漢は魏に奪われた。唐は禄山に都を落とされた。
これだけでなく、宋は韃靼の異人に攻め込まれて天下を傾けた。
なんと浅ましい、恥ずべき、恨むべきことか」


以上、テキトー訳。続く。

虎之助たんもうやめて! 明の勅使のライフはとっくにゼロよ!!!
これ、聞いてる方も涙目だろうけど、通訳してる後藤も涙目だろうな。
ていうか今になって後藤って名前がジワジワきている。後藤って……www
しかもせっかく清正に名前もらったのにその名前が文中に登場しないという不憫さ。
あと私のライフもゼロになりそうです。明日仕事なのに知恵熱出そう。

清正もS属性だったんだねぇ。なんとなくMっぽいと思ってたんだけど。
戦で攻めても言葉で攻めても有能なのね。景様の威圧プレイには負けるがな!
でも湯を浴びて髪を洗って身なりもきちんとして応対するとか、イイよね。
隙を見せないぞって意気込みのように思えて、ちょっと胸熱。

明の勅使もハッタリすげえな。
「お味方は全て屠ってやったぞ。残るは貴殿だけ。一命は助けてやるので捕虜を返して帰国しなさい」か。
って言っても、捕虜を呼び寄せるにしてもナベシマンたちと普通に連絡取れてるし。
むしろ清正、明の官人の言葉通り、小西がヤラれてればいいのに、くらい思ってたかもしれないなw

そんなわけで次も清正が延々としゃべってます。
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