FC2ブログ
2012-04-23

馬野山の駆け引き

日曜日にうpしようと思ったのに……あまりに体調不良で一日寝ていました。
おそらく気圧とかそのへんの影響かと。

前回のあらすじ:
鳥取を落とされた吉川勢は、背水の陣で馬野山にて秀吉軍数万と対峙する。
雪が深々と降り出したなか、余裕を見せつつ備えを怠らない元春、
攻め込む機をうかがう秀吉との間で心理戦が繰り広げられる。



秀吉、敵城の批判並びに敗軍のこと(下)

南条伯耆盛元続・小鴨左衛門尉元清は、羽柴美濃守秀長に向かい、
「ただ今一、二千ほどで打ち出てきたのは、吉川治部少輔元長・同民部大輔経言だと思いますが、
たったあれだけの勢で何ほどのことができましょうか。
ぜひ兵をけしかけてください」と進言した。
美濃守が「それがいい」と答えると、それを聞いて、藤堂与右衛門・井合次郎左衛門・
中村式部少輔・神子田神右衛門・亀井武蔵守などが我先にと山の下へと駆け下っていく。
その勢一万四、五千ほどが続いた。

きっと芸陽勢はこの勢いを見ては堪えられずに退却するだろうと思っていたが、
元長・元棟・経言は少しも怯まずに、この大軍に対してたった二千余騎で備えを固めた。
今日こそ京・芸の戦の勝負が決するかと思われた。

しかしそこに、秀吉から軍使が遣わされた。
「芸陽は鳥取を攻め落とされ、その無念を晴らそうと、無二の合戦を遂げる覚悟に見える。
それを小勢と侮って、うかうかと一戦する必要はない。
それにわしの下知もなしに、美濃守一人の判断で一戦に及ぶのは、この秀吉を軽んじているようなものだ。
早く兵を引き上げろ。敵がたとえ憤りに任せて無二の一戦と思い定めているのだとしても、
この大軍に対してたった一夜堪えただけでも不思議なものだ。
きっと今夜には退却するだろう。
大将元春父子が、死すともここを動くまいと覚悟していたとしても、下々の輩は夜逃げするだろう。
放っておいても勝てるのに、危うい一戦をしても意味がない。
今夜まで待って、退却しようというところを追いかけて討ち果たせばいい」
こう引き止められたので、上方勢はすぐに兵を引き上げた。

宮部善乗坊は、元長兄弟の振る舞いを見て、
「元就の武勇は三代まで滅びずに続いているようです。
吉川がいる限りは、毛利家の軍事面は盛んでしょう。
小早川がいる限りは、毛利家の政道は堕落しないでしょう。
『堯の子は堯に似ず』とも言います。
上古の時代の聖王すら、子の賢・不肖は思うに任せなかったというのに、
元就はいったいどんな神仏の再誕だというのでしょうか。子までよく産み残している。

しかしあの人もまだ壮年に至らないときは、
大内左京兆(義興)・尼子経久といった名将の陰に隠れていました。
ことに大内は七ヶ国、尼子は十一ヶ国の太守で、元就は吉田三千貫しか持たずに、
一国の主にもなれませんでした。
その両将が死んだ後には数カ国を切り従えていますが、そのころには年齢も七十に及んでいます。
あと二十歳ほども若ければ、天下の権勢はあの人が握ったでしょうに、
義興・経久という二人の良将大名がいて、元就が一国の主となれたのが老年になってからだったのが、
そうはできなかった原因でしょうね。

昔の頼朝・時正・尊氏といった良将も、元就より智・仁・勇が優れていたわけではありません。
ただすばらしい果報があって、時を得られたか得られなかったかの違いです。
顔淵が言ったように、地を易て然る也」と称美した。

中村・神子田は「元春があれしきの小勢で何ができるのか」と息巻いていたが、
宮部の言葉を聞いて、また上月で押し立てられたことを思い出して、
「小勢と思い侮っては、たしかに仕損じるかもしれない」と今さら思い至った。
それでもまだ負けん気が勝ったのか、もしくは自分の勇を確信しているのか、
「今夜夜討ちして切り崩しましょう」と言い募ったが、
宮部は「夜討ちの計画など何の益もない。
敵陣に夜討ちをかけるより、味方が夜討ちされないように用心なさい。
昨夜も熊谷の手の者に、秀吉の本陣のそばを火付けされたでありませんか」と言う。
皆はぐうの音も出なかった。

秀吉は、南条伯耆守を呼び寄せ、
「あの吉川の陣はどれほどあるだろうか。兵の数は美濃守の陣ほどいるか。
よもや六、七千以上にはなるまい」と尋ねた。
南条元続は「吉川が小勢でこんなところまで出てきたということは、天が与えてくださった好機です。
たとえ芸陽すべての勢をもってしても、秀吉公とまともな一戦はできないというのに、
ましてやあれっぽっちの小勢では話になりません。早々に切り崩されるのがよろしいかと存じます。
吉川父子が滅び果ててしまえば、小早川などはなかなか持ち堪えることもできずに逃げ出すことでしょう。
芸陽を御手に入れるのは当年のうちか来春のことと存じます」と答える。

秀吉はにっこりと笑って、いかにも愉快そうにしていたが、敵城を見渡して
「あの先溜りの城に籠もっているのは何者か」と尋ねた。
何条は「あれは杉原播磨守の婿、河口刑部少輔久氏と申す者で、
百四、五十騎で立て籠もっています」と答えた。
秀吉は「この大軍を相手に、平山の片端を少し掘り切り、芝土手を築き、
ひどい造りの城に何の用意をしている様子もない。
門外へ人の一人も出さずにのんびりとしているのは、きっと敵に侮らせ、
寄せてくれば引き受けて切って出て十死一生の合戦を決する覚悟でいるからだろう。
なんと強靭な兵だろうな。城の持ちようにも、そこらの者とは雲泥の差がある」と感心した。

また松ヶ崎の城には小森杢允が立て籠もっていたが、夜は篝火も焚かず、
大門も閉ざさずに八の字に開け放ったままで、人の一人も家から出てこなかった。
秀吉はこれも南条に名字を尋ねて、
「きっと小森は城を退却したような振りをして、敵をだましてうかうかと城に誘い込み、
一文字に切って出ようという腹づもりだろう。
もしそうでなければ、敵に油断させて一夜討ちしようと考えているはずだ。
溜りの城といい松ヶ崎の城といい、あんなものには構わない方がいい。
どちらも大剛強の者ばかりだ」と言った。

そのほか宇津吹・条山といった城などには用心を厳しくしていたので、
秀吉は「なんと可愛らしいことだ。
しかしながら、ハンカイのような勇を見せても、わしが切り崩そうと思えば、
半刻すら堪えられまい」と打ち笑った。

さて秀吉は、南条が進めたことももっともだと思ったので、
今日・明日の間につくづく打ち下し、吉川陣を切り崩そうと考えて、
主力の侍大将を呼び集め、軍評定を開いた。

蜂須賀彦右衛門が進み出て、
「吉川元春父子はさる大剛将と聞いております。
これほどの大軍に対して、わずかな手勢ばかりで少しも恐れる気配もなく対陣し、
そのうえ舟などもすべて陸に引き上げ、後ろの橋も落とし、無二の一戦を遂げる覚悟を決めていると見えます。
昨日も松ヶ崎のあたりへ元長が打ち出てきたのを見ましたが、
わずか二千ほどの勢で、当方の数万騎に立ち向かった態度は、
とにかく十死一生の合戦をと心に決めているように思えました。

上方勢などは、大軍を見れば一戦もせずに逃げ出し、また取るに足らない敵を見れば勇んで進みますが、
それも敵によるものです。
佐々木・朝倉などと同じように考えられては、不覚を取ることになるでしょう。
鳥取・丸山を我らに切り取られて腹を立て、
『さあかかってこい、一戦しよう』と思い定めている敵に、
うかうかと小勢だと侮って切りかかれば、おそらく味方が利を失うことになりましょう。

幸いに多勢に無勢なのですから、どうにかこちらが勝利できたとしても、
味方の半分以上は討ち死にするでしょう。
勝って兜の緒を締めよと、諺に言うのは、こういう場合のことだと思います。
手勢を多く失えば、再度輝元・隆景との一戦のとき、勝利を得られるかどうかわかりません。
このように、剛敵が死を一途に思い定めているとき、
こちらからもまた力任せに攻め滅ぼそうとするのは、謀略が足りないということです。

謀を先にして戦は後にするのがいいでしょう。
強きを砕くのに刃をもってすれば、刃はかえって折れてしまいます。
微弱な雨滴が軒下の石を消し去るとも言うではありませんか。
まず今回は敵との真っ向勝負を避けられ、敵の勇気がほころびたときに、再度切り崩すのがいいでしょう。
これは楠正成が隅田・高橋の大敵を倒し、宇都宮が小勢で向かってきたときに、
先鋭を避けて退却した謀と同じことです。

鳥取・丸山の両城を攻め落としたのですから、今引き退いたとしても、
あなた様の軍略にはまったく傷がつきません」と、大いに諫言した。

秀吉はこの趣旨に納得して、「では道々の雪が積もらぬうちに引き払おう」と、
同二十九日に羽衣石あたりまで引き揚げ、因幡の鳥取まで撤退し、
そこから播磨路を目指して上っていった(十一月八日、姫路城へ)。
京童たちは、碁や将棋の戯れにも、無二に引き切った覚悟のことを
「吉川が橋を弾いたほどのことだ」などと口ずさむようになったという。

こうして元春様父子も、同十一月朔日、馬野山を引き払った。
輝元様・隆景様も出雲の冨田でそれを待ち、連れ立って芸陽へと帰っていった。


以上、テキトー訳。

この章はこれでおしまい。
意外に長くかかってしまったのは、まあ、しょうがないよね。
リアルの事情で……

とにかくこのあたりは元春がかっこよすぎてどうしようかと、そればかりで……
まともな感想にならないのは低気圧のせい(なすりつけ)
これからもGW前の仕事が詰まった状態なので、
とりあえず少しずつでも読み進めていければいいな~と思います。
スポンサーサイト



検索フォーム
カレンダー
03 | 2012/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
訪問者数