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2012-06-12

隠岐神五郎の仇討ち計画

今日は景さまの命日だよねって……私の住んでるところは雨だったけど、涙雨かな(梅雨だよ!)。
ツイッターで隆景のお墓参りに行ってたッフォロワーさんを羨みつつ続き。

前回のあらすじ:
秀吉と和睦した元春のもとに、隠岐の国の領主清家が秀吉に通じたため家中の者に殺されたとの報が入った。
しかし元春のもとにいる人質の神五郎は、謀反を起こしたのは家中の少輔五郎たちで、
清家は冤罪を着せられているとの申告もある。
調査させると、秀吉に通じたのは少輔五郎たちだと判明した。


隠岐守清家生害のこと(中)

そもそもこの少輔五郎は為清の子である。
その隠岐守為清が切腹した後、少輔五郎は父の敵を討とうとはせずに、
逆に尼子に味方して勝久と行動をともにして京都に逃げ上った。
隠岐の国は、輝元様から清家に与えられた。

そのとき清家は出雲の国へと馳せ渡り、平田にいた元春に会いに行った。
「今度、私が隠岐の国をすべて宛行われましたのは、この清家が先年から一族を離れて御味方に参じ、
忠勤を貫いたからだとはいっても、元春公が輝元公へとよくお取り成し下されたからに他なりません。
生々世々、このご推挙のご厚恩は忘却いたしませんとも。
その深いご厚恩をお頼りします。
為清の嫡子の少輔五郎は、近年は勝久に与し、諸国を流浪しております。
願わくば、恩赦をいただいてあの者を呼び戻し、私の養子にして、この家を相続させたいと思います。
少輔五郎は当家の嫡流、私は庶流でありますので、
一旦は国を与えられてこれ以上ないほどの誉れでございますが、
できれば嫡流の者に家を渡し、愚息の神五郎は分相応の所用に召し使っていただきたく思います」

清家の懇願を聞いて、元春は
「自分の子がいるというのに、それを除けてまで惣領に国を譲りたいというその願い、実に稀有な志である。
少輔五郎は敵方に一味した者だから、子々孫々に至るまで誅罰にかけてしかるべきではあるが、
清家のありがたい謙譲の志に免じて、どうにかおまえの望むようにいたそう」と答えた。
元春がこのことを輝元様へと進言すると、
「北前のことは、何にしても元春の考え次第だ」と言われた。

清家は一方ならず喜んで、勝久へと「こういう次第ですから、少輔五郎を帰してください」と言い送った。
勝久は「少輔五郎は、一門のことなのだから、どういうことであれ本国が安堵されるのであれば、
それがいいだろう」と、その使者に少輔五郎を渡して、本国へと帰らせた。
清家はすぐに少輔五郎を養子にして、実の子の神五郎は元春様への人質に差し出した。

それなのに少輔五郎ときたら、こうした厚恩に報いることもせずに、
逆に自分の罪を免れようとして清家を討ったばかりか、冤罪をなすりつけるなど、言語道断である。
現世では諸仏諸神の冥罰を蒙り、眉も鬚も抜け落ちた白癩となり、
未来は焔王の鉄棒で打たれ、阿鼻大地獄に落とされて牛頭馬頭の呵責を受け、
どんなに長い時間がたっても成仏できるはずなどないと、
この所業を聞いた人々は皆、そろって爪弾きにしたそうだ。

この成り行きは隠しようもなくなって、いかなる申し開きのしようもなかった。
元春様はすぐに「神五郎が望む通りにせよ」と言った。
神五郎は、いざ父の恨みを晴らそうと思い定めたが、相手は多勢である。
「私は主従合わせて十四、五人だから、討ち果たすことはできそうにない。
けれども独力では適いそうにないから兵を貸してほしいなどと元春に言えた義理ではない」と思い、
こうなれば仏神の加護を頼む他はないと、諸仏諸神に祈誓した。

「なかでも駿河は富士山の麓に足跡を残した、兄の宮・弟の宮として祭られる曽我兄弟こそ、
私の嘆きをご自分のことのように思ってくださり、加護の眼差しを向けてくださるだろう」と、
仰々しい願文まで立てて一心不乱に祈っていたが、
奇特な霊夢を見ていよいよ頼もしく思い、協力してくれる者を募りだした。

熊谷伊豆守の郎党に、水落掃部助という者がいた。
力量は世の人に勝り、武勇も並ではない、血気盛んな者だったが、常に酒を好んで飲み、
そのせいか貧しい暮らしをしていた。酒代のツケが山のようになっていて、
しかたなく山賊や夜盗をしながら、人の宝を奪っては酒代にしていたが、
ある年の暮れに酒代がどうにも調達できなくなった。

掃部が酒に酔ったふりをして可部の市をよろよろと歩いていると、
酒屋の主人がこれを見つけて、酒代を徴収しようと考え、店から走り出てきた。
「掃部殿、今年の酒代を払ってください」と袂にすがると、掃部はかねてから企んでいた通りに、
雨露の落ちるところに掘ってある溝の中へとガバッと倒れこみ、大声を張り上げた。
「この酒屋の与三左衛門は狼藉者だ! 酒代にかこつけて、引き倒して恥をかかせていいわけがあるか。
昔から酒代を溜め込んだ者などいくらでもいるだろう。
杜子美などという者も、立ち寄るところすべてに酒代の借金があったという。
それなのに、酒代を催促するついでに恥辱を与えることがあるか。
こうして市で賑わっている市中で面目を失っては、これ以上生きていても仕方ない」と、掃部は太刀を抜いた。

与三左衛門は肝を潰して奥へ向かって逃げたが、掃部は逃がすまいと、
その髻をつかんで引き付け、首を掻き切ろうとする。
そこに、酒屋の女房があまりの悲しさに手を合わせて、
「今年中の酒代は、一粒一銭も取ったりいたしません。
どうか道理を曲げて夫の命を助けてください」と詫びたが、掃部は聞き入れなかった。

切り殺してやろうと目を見開き、肩を怒らしていると、銭屋の三郎兵衛尉という者がそこに通りかかった。
いつも掃部に米銭を貸していたので、掃部も、銭屋の機嫌を損ねたらたちまち飢えに瀕してしまうと考えて、
銭屋の気に入るように振舞っていたので、公私の別なく話しをして、まるで兄弟のようにして付き合っていた。
銭屋は、自分の言うことなら掃部も聞くだろうと、ツッと走っていくと、
「掃部殿には物の怪でも憑いているのか。言い分があるならば命は助けておいてください。
切り殺してしまっては、理非を取り調べるまでもなく、あなたの命も取られてしまうでしょう。
まずは落ち着いてください」と袂にすがり、手に取りすがって引き除けようとした。

すると掃部は与三左衛門を打ち捨て、
「この銭屋は同じ町民仲間だからか、与三左衛門に味方して、わしの腕をつねりよった。
喧嘩の相手もその助っ人も同じことだ。この身一人で二人を相手にできるなら満足だ」と、
三郎兵衛をも引き寄せて膝下に引き据え、切り殺そうと激怒した。

これを見てからは、近くへ寄る者もなかったので、二人の町人は引き据えられながら手を揉んで詫び始めた。
与三左衛門は「今年の酒代は絶対に請求いたしません。
そのうえ今回の慮外の振舞いをご赦免いただけるのなら、そのお礼に、
いま酒代に取っておいてある米俵がありますので、十俵差し上げます。
どうか命をお助けください」と言う。
銭屋は、「それなら私も今年と去年の間にお貸しした銭百余貫、米三十俵を返せとは申しません。
今回助っ人に入ったことをお許しいただければ、そのお礼に銭二十貫を差し上げましょう」と言った。

掃部は、「そんなことをすれば、わしが米銭によろめいて、
許すべきではないものを許したと人々が嘲笑うはずだ。そんなことはできない。
しかしこれは市中のことだ。この町の責任者たちの裁定に任せよう」と言った。
そして五人の年老・年行事・月行事などが集められた。
「掃部殿も僻言を申されますな。ただ物もわきまえぬ町人奴のことです。
ここはどうか理を曲げてご容赦ください。
そうすれば我らもお礼として、作り置いてある濁り酒がありますから、これをお持ちいたしましょう。
これで手を打っていただけないでしょうか」などと言っているところに、
酒屋の老婆が大きな天目茶碗に酒をなみなみと注いで、「まずはこれをお飲みください」と進めたので、
掃部は立て続けに三杯飲んだ。
そして「これほどまでに皆が詫びるなら、理を押し通すのは非よりも倍悪い。それなら許そう」と、
二人の者たちを助け、米銭をたくさんせしめて帰っていった。


以上、テキトー訳。あと1回の予定……終わるといいなw

ていうかどこに向かっているの正矩……?
いきなり熊谷さんとこのやんちゃくれの話になって、私はもうワケワカメよ(´;ω;`)
とりあえずこの掃部さんが神五郎の仲間になってくれるのかな。
なんだその「友情・努力・勝利」みたいな展開。
ていうか掃部のやり方ひどいわwwwww

熊谷のお義父さんとこは、ホントやんちゃくれが多いな。
杉原家中も山賊みたいなのがうようよしてたらしいから、武士の集団なんてそもそもそういうものなのかも。
国衆=チンピラの親玉とすると、戦国武将=ヤクザみたいな感じなのかね。
Vシネのノリで見てみたい気がするw

さて次回も続きー! 明日は深夜まで帰れないから更新できませんが。
神五郎はちゃんと仇討ちの本懐遂げられるのかね?
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