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2012-08-25

布部の決着

これまでのあらすじ:
尼子再興軍と毛利主力軍の合戦が始まる。
初の総大将を務める若き当主輝元に快勝をプレゼントしたい両川の叔父ズ。
山上に陣を張って威嚇してみるものの、兵数が少ないのでガチ合戦は避けたい鹿介たち。
毛利勢の先陣は、不利な立地から追い落とされるも、元春父子&隆景が協力して戦線を押し上げていく。


出雲の国比部合戦のこと(5)

隆景の手勢は右の谷を回って上っていく。
森脇・米原たちは、心は猛々しく勇んでも、二度目の合戦に打ち負けて、一度にドッと引き退いた。
山中鹿介・立原源太兵衛尉たちも、「これはいけない」と思って、入れ替わって防ぎ戦う。
これを見て森脇たちも引き返し、ここを破られないようにと必死に戦った。
互いに怪我人や死人を踏みつけ、乗り越えながら、一歩も引くものかとばかりに勇気を奮い立たせ、
鬨の声を上げながら攻め戦った。

鋭利な矢じりが骨をうがち、兵の刃が肉を切り裂き、あたりは鮮血に満ちて天にまで迸る。
たちまち日月の両輪も光を失って、まるで霧の中にいるようで、
敵も味方も誰が誰なのか見分けがつかなくなった。
尼子と毛利の国争いは、今日が最終決戦の様相を呈している。
すでにあちらこちらで火花が散るほどの激しい戦いが繰り広げられているが、
いつ勝負がつくのか見当もつかない。
こうしたところに、かねてからそこここの峰や谷に配置されていた国人衆が、
一隊ずつ自分の持ち口から息も継がずに攻め上がってくる。
敵の前後左右から攻め近づくので、鹿介たちは、心はどんなに勇猛でも、力及ばず引き退いていった。

東口も吉田勢が取って返して攻め上ったので、牛尾弾正・横道・遠藤・疋田らは突き立てられて少し引いた。
すると熊野・松田が入れ替わって防戦したが、横道兵庫助は深手を負いながら退却していたので、
それを見て勇気を挫かれたところに、敵の毛利勢が険しい断崖や洞穴さえも気にせずに攻め上り、
あちこちの峰から回り込んでくるのを目にすると、残った勇気までそがれてしまって、
尼子軍は皆瓜のように潰れてしまった。

芸陽勢は勝ちに乗って鬨の声を上げながら追いかけた。
敗走する尼子勢を追撃して駆け回っていると、尼子家の精鋭の勇士たちは持ち場を破られて悔しく思ったのか、
項羽の勇にならって自ら首を掻き切って死ぬ者や、引き返して一戦し子路のように兜の緒を結ぶ者もいた。
なかでも真木与一は二人といないほど血気に溢れた勇者だったが、
今日の合戦に打ち負けるのを口惜しく感じたのか、二度目の合戦では、
他人が引いても自分だけは退却せずに、敵を数人突き伏せ、大勢の中に乱れ入って討たれたという。

水谷口は山中・立原・森脇などの主力陣が固めていたので、坂の頂上で引き返してこようとした。
そこに吉川勢の境又平(井筒女助と名乗る)・山県宗右衛門・境七郎左衛門などが
真っ先に追いかけていったので、森脇市正は踏みとどまることができずに、鑓を投げるように突いた。
しかしこれは二月半ばのことなので、鹿の子まだらに消え残った地雪に足を滑らせ、
山県宗右衛門の足元に倒れこんでくる。
山県はこれを鑓の柄で押さえ込もうとしたが、森脇はさらに下の谷へと滑り落ちて、命からがら逃げていった。

落ち行く尼子勢は道伝いの城まで辿り着こうと必死に走ったが、
城中の兵たちは皆、味方が合戦に負けたとわかるや、城に火を放って逃げ出してしまっていた。
その猛煙が空中に迸るのを見ていよいよ気を挫かれ、力を落として山の中に逃げ入る者や、
付近の賤が家に身を隠す者もいた。隠岐三郎五郎は退却しようがなくなったので、取って返して討ち死にした。
これを見て、寺本四郎三郎をはじめとして主力の郎党たちは、ともに四人までも討ち死にした。

横道兵庫助は深手を負っていたので道の脇へと逸れ、草鞋の緒を結んでいるように見せかけて、
追いかけてくる敵に向かい
「味方だぞ。間違ってくれるなよ。少々怪我をして、逃げていく敵を討ち取れなかったが、
なんと無念なことだろう」と自然な様子で言っていたので、皆見逃して通り過ぎていく。
しかしそこに、横道の姪婿の中井善左衛門が通りかかった。
これは十日ほど前に降伏して、今回は毛利勢に加わって逃げる敵を追っていたが、
横道を見つけると無言のままスラスラとそばへ寄っていく。
横道は、「善左衛門は姪婿だから、まさか自分を討とうとはしないだろう」と思ったのか、
「中井か、私は怪我をしてしまった」と声をかけた。

中井は耳にも聞き入れず、横道を切ろうと太刀を抜く。
これを見た横道は、「中井め、さても邪見放逸な輩よ」と呟くと姪婿をにらみつけ、
「いいだろう、私の首を打て」と首を差し伸べて打たせてやった。
「中井の振る舞いは、敵味方に分かれたとはいっても、なんとも情けのかけらもないものだ」と、
爪弾きにしない者はなかった。

真木与一の首は、江田七郎右衛門・浅原助六が二人がかりで討ち取った。
目黒左衛門尉は手傷を負って逃げる力も尽き果てたので、
日ごろから見知っていた土民の家に逃げ込んで、「どうかこの通り、しばらく隠れさせてくれ」と頼んだ。
土民はすぐに櫃の中に目黒をかくまったが、
追手は目黒がこの家に入っていったのを見ていて、家を取り囲んだ。
目黒は取り押さえられて易々と討たれてしまうのは悔しかったのだろう、
櫃の中から這い出ると、腹を掻き切って死んでしまった。

昔、細川右京大夫高国は、京都の戦で利を失って摂津の尼崎へと落ち延びていき、
とある酒屋の主人を頼った。主人はすぐに酒甕を伏せて高国を隠したが、
すぐに追っ手が捜索に来たので、高国は逃げ切れないと思って、
酒甕の中から出ると、自害に臨んで辞世の発句を「夕立の空たのめなる舎り哉」と口ずさんだという。
今の目黒の有様と重なって、哀れなものに感じられた。

牛尾弾正は具足の上帯が突き切られてしまったので、鎧を解き捨てて退却したが、
毛利勢が厳しく追いかけてくるので、もう討たれてしまうのだろうかと思えた。
そこに金尾半四郎・飛石孫太郎・由利甚七・中間の四郎などという者たちが
ところどころで引き返して追っ手と渡り合い、討ち死にしたので、
弾正本人はつつがなく牛尾の城へ帰りついたという。
同じように熊野も追い討ちにされたので、その日の首級の数は三百余りにのぼったという。
そのほか、あまりに必死に走りすぎて、息が切れ、そのまま倒れて死んだ者も多かった。

山中鹿介は銀の草摺が目立ったので、小阪越中守が山道を一里ほど追いかけていったが、
ついに鹿介が逃げ切った。低木が茂っているところへと、
後藤という郎党とたった二人で隠れていて、どうにか命が助かったそうだ。
これは、阿修羅王が天帝と戦ったときに、戦に敗れて八万四千の眷属を引き連れて
藕糸の穴の中に隠れたというのもかくや、と思わせた。
毛利勢でも、田門右衛門尉・粟屋又左衛門(元光)・児玉弥七郎・細迫左京亮の四人が討ち死にし、
怪我人は数百人に及んだそうだ。


以上、テキトー訳。おしまい!

こういう息も継がせぬ合戦描写はイイなぁ。血湧き肉躍る。
敗走する人々の最後のあがきとか、けっこう好きなんだよな。

横道さんは残念だったね。
中井は、妻の小父とはいえ敵の首級を取ったのだから「情を捨ててよくやった」
と賞賛されるかと思いきや、爪弾きにされるんだね。興味深い。
情けのある立派な武士ならば、こういうときにはどうするんだろうか。
やっぱり生け捕りにして親類の命乞いをするのかな。

とりあえず毛利勢の勝利で幕を閉じたわけだけど、毛利方の消耗も大きかったね。
簡単な勝利ではなかった、というのが印象深い。
尼子は宿敵というか、毛利としてはなかなかに思い入れのある敵だったのかな、などと。

さて、明日は休日だけど、朝から祭りに行ってくるので、陰徳記は読めないかも。
この気温で神輿とかムリゲーすぎる(でも担ぐw)……
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