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2012-11-05

元春・隆景の思惑

だいたいの流れ:
明智の元を離れて秀吉配下に入った尼子勢は、
宇喜多とドンパチしながらこれを拝して播磨の上月の城に入った。
このとき宇喜多は毛利に属している。
そろそろ毛利・織田の全面戦争になだれ込むか!?


中国勢、上月の城を取り囲むべく会議のこと

丹波の国の住人、赤井・波多野など数十人が一味同心し、元春へとこういい送ってきた。
「この丹波へと出馬してきてください。我らが先陣を務めて愛宕山へとよじ登り、
京都を見下ろして攻め戦えば、味方の勝利は手のひらの中にあります。
信長はおそらく本能寺にいて、軍勢は皆愛宕山へと向かい、洛外に陣取るでしょう。
そのとき洛中に味方の勢を忍ばせておき、合図を定めて、あちこちに火をかけて焼き払い、
不意に戦を仕掛ければ、どんなに勇猛な信長といえども、あっという間に逃亡するでしょう。
京都の戦いで勝利を得たら、逃げる敵の疲れに付け込んで安土まで攻め入り、
織田の一族をことごとく討ち果たしてしまいましょう。ぜひともご発足なさってください」

元春はこれを了承して、出雲・伯耆・石見の勢を集めて丹波へ向かうと定め、
侍二人を丹波へと遣わして、国人たちの練っている謀略を聞いてこさせた。
この合戦を確実に勝利に導く工夫もした。
赤井たちは「元春が了承してくれた」と大いに喜び、
「鬼カ城を補修して元春の本陣にしよう」と意気込んで、着々と鍬初めをしてすぐに完成させた。
そして元春の出張をいまや遅しと待ちわびていた。

こうしたところに、宇喜多和泉守直家から隆景へと、
「尼子孫四郎勝久・山中鹿介ら二千余騎が播磨の上月の城に立て籠もって、
美作の国に攻め入ろうとしています。
私一人の力で謀略をめぐらし、攻め落とすことも簡単ですが、羽柴筑前守が後詰に出てくるでしょう。
そうなれば由々しき一大事ですので、どうかこちらへご出馬ください」と言い送ってきた。
後から直家の謀略を聞くと、尼子に真壁を討たれ、また先日は秀吉に上月・矢嶋を討たれてしまったので、
毛利勢を引き出して尼子を退治し、その後元春・隆景を騙して討ち取り、
これを信長への忠節にしようという陰謀だったそうだ。
こういうこととは露ほども知らず、隆景は急いで吉田へやってくると、輝元様へこのことを相談した。

「尼子は以前からの当家の怨敵である。今これを退治しなければ、臍を噛んでも意味がない」ということで、
上月への出張りは決定した。
すぐに元春父子へと、輝元・隆景から
「丹波表への発向は中止して、まずは播磨へ上って上月を攻め落とし、
その後丹波へと攻め上ってほしい」と言い送った。
元春は、「上月へは私が罷り上るまでもないでしょう。
隆景が南方の勢を集めているのなら、宇喜多の勢を合わせて三万四、五千から四万にはなるはずです。
この兵力があれば、秀吉が出張ってきて後詰したとしても、味方が危うくなることはない。

私が出雲・伯耆・石見三ヶ国の勢を集めれば、一万五千から二万にはなるでしょう。
あちこちの押さえとして五千は置くとしても、残る一万五千の勢に、
丹波の国人たちもまた一万はいるでしょうから、二万四、五千になるでしょうか。
この勢で愛宕山へ上り、陣を据えれば、信長は我らに向かって対陣するでしょうから、
羽柴への加勢を送ることはできなくなります。
そうなれば秀吉の勢もそれほど多くはないのだから、後詰も十分にはできないはずです。
上月の城は十日以内に落城するでしょう。

上月を落城させれば、三木・神城らも大坂の門跡に大いに協力できるようになるので、
摂津の敵城の多くは城を空けて退却するはずです。
そのとき隆景が輝元の旗本勢と力を合わせて大坂へと漕ぎ上り、
門跡と相談しあって陣を張ればいいのです。

荒木などが信長に恨みを抱いているとも聞いています。
山伏を放って内意を聞いてみたところ、森乱丸の讒言によって信長の不快をこうむり、
たちまち深く信長を恨むようになったそうです。
味方に与してくれると現地を取ったわけではありませんが、はっきりと拒絶されたわけでもなく、
十中八九はこちらになびきそうな様子だったとのこと。
大坂・愛宕の両方から京都へと攻め入れば、荒木も味方になると申し出てくれると思います。
それに根来・雑賀の者たちももともと味方に志を通じているので、
これもまた張り切って加勢を送ってくれるでしょう。
信長と敵対してしまったからには、これから存亡をかけた決戦が始まると腹を据えて、
輝元・隆景も上月へ出張りなさってください。元春父子は丹波へ罷り上がります」と返事をした。

隆景は危ない戦を深く慎む良将なので、
「上月を間に置きながら、兄弟が二手に分かれて大敵の信長と存亡をかけた戦いに及ぶのは危ないと思います。
まずは上月を攻め落とし、それから二手に分かれて、元春は丹波へと上り、
我らは大坂へ攻め上った方がいいでしょう。丹波への出張りはそれほど急ぐことはありません。
荒木に味方になる気があるのであれば、もう少し摂津守の口約束を確かめるためにも、
固く誓紙を交わしたうえで約束を定め、それから京都に攻め上るべきです。
まずは上月にいらしてください」と、重ねて言い送った。

元春は、「荒木のことはたとえそうであるならよし、そうでなくても構わない。
荒木らを頼りにして合戦をするわけではない。ただ二手に分かれて攻め上ったほうが、謀の面でいいだろう。
丹波の国人たちは皆勢を三千と持っていない者たちばかりだから、
このことを信長が聞きつければ急いで討伐しようとするはずで、
そうなれば一国が五十日ほどのうちに滅ぼされてしまう。
赤井・波多野が滅んでしまえば、丹波へ上ることは難しくなる。
私は赤井・波多野と固く約束したのだから、丹波に罷り上がることにする」と強く言ったけれども、
「上月を攻め落としてからも上るべきではないと言っているのではありません。
危ない行動を控えて、確実な勝利を優先してください」と、吉田からも再三使者が送られてきたので、
元春様は心ならずも「わかった、播磨へ行こう」と返事をした。


以上、テキトー訳。

なんつーか、ここんちの兄弟はこれでいいのか?
いや、読んでる分には楽しいんだけど、
すっごく強引な弟に振り回されまくるお兄ちゃんみたいな、
なんかそんな風に脳内再生されてちょっと萌え……エホンエホンけしからん!
だいたいがこんな感じなら、新庄局がちょっとくらい隆景にツンしたっていいと思うんだ。
元春相手にして容赦なく要求を飲ませるS景さまステキだお(*´∇`*)
ていうか結局要求を飲まされるM春さんかわいいお(*´∇`*)

そんな戯言はさて置き、歴史にIFは厳禁だって知ってるけど、
このとき元春の思惑通りに動いてたら後の歴史がどうなったか、ってところは興味あるね。
元春が愛宕山から京都を狙って信長を引き付け、
その間に毛利・小早川勢で秀吉を撃破もしくは秀吉を京都と分断、くらいできていたならば。
まぁこのへんの信長の動きさえ頭に入っていないので、軽く言ってるだけだけど。
関が原IFよりはこっちのが的しぼれるし楽しそうだと思ったりして。

だいぶ夢見がちモードのまま上月攻めに突入すんぞ! オー!
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