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2011-12-28

ストレスゲージが高まる合戦

前回のあらすじ:
耳川を引き退いた島津家久を追って高城までたどり着いた京・中国勢は、
城と後詰の二方向に注意を向けざるを得なくなった。
後詰に備えた宮部隊も、(元長様のサポートで)よく戦うも、島津に押されぎみなう。


島津中務、耳川の城を明け退くこと並びに高城を取り囲むこと(下)

そのうち、諸将が一箇所に集まって、「薩摩勢は宮部・南条の陣へと押し寄せている」
「あの陣が切り崩されると、味方が重大な危機に直面するぞ」
「両陣へ加勢を送って、協力して陣を破られないようにすれば、やがて敵も退散するだろう」
「敵が引いたら、その後を追いかけて討ち取ってやろうか」などと、さまざまに議論しあった。

かねてから、もし薩摩勢が宮部・南条の陣を破ったとしても、
城を攻める者たちは一人も持ち場を離れてはいけないと、固く軍法が制定されていたので、
宇喜多勢・吉川勢は動くことができず、ただ城に向かって、鬨の声や矢金の音を余所事のように聞いていた。
元長様は、「敵は夜が明ければ退却するだろう。味方の兵はこれほど多いのだ。
敵の左右に回らせて横合いからかかれば、薩摩勢がいかに勇猛であっても、ひとたまりもないだろうに。
それに、会議に時間をかけていると、敵に手すら付けられなくなる。
ここで敵を追い払えば、薩摩征伐にはそう時間はかからないはずだ。
ああ、大将秀長の許しを得て、人々が強敵と恐れる薩摩勢と一合戦して、強弱を試してみたいものだ」
と歯噛みしていた。

諸将の会議もなかなか結論が出ず、時ばかりが経っていくと、
浦(乃美)兵部丞宗勝がたまりかねて矢倉の下へ行き、「隆景に物申す」と言いだした。
隆景が「誰か」と尋ねると、「宗勝です」と答える。
「何の用だ」と問われ、宗勝は
「ほかでもありません。夜合戦は夜のうちだけやるものです。夜が明ければ薩摩勢は退却するでしょう。
兵を出して討ち果たしてください」と言った。
隆景が「諸将が皆ここに集まって軍議をしている。出すぎた真似だぞ、宗勝」としたたかに罵ると、
宗勝は「承りました」と退出していった。

しかし皆、薩摩勢を目に見えない鬼のように恐れていたので、
「引くなら引かせてやろう。陣さえ破られなければこちらの勝ちだ」と、
諸将のうち七、八割がこの策をとり、評定は決した。
よって加勢を出すことはしなかった。

宗勝はこの評定に納得できず、またさっきのところに行って「隆景」と声をかける。
「誰だ」と声が返ってきた。
「宗勝でございます。もう夜も明けますので、敵はもうすぐ引いていくでしょう。
すんなりと引かせるところではありませんぞ。
横合いに左右から突きかかれば、難なく切り崩せます!」と言うと、
隆景は「またも差し出がましい物言いをするか!」と怒りをあらわにする。
宗勝は「かしこまりました」と言って帰るしかなかった。

こうしているうちに夜も白々と明け、東の山に朝日が昇ると、
薩摩勢は一気にさっと一町ほど引いて、一隊ずつまん丸になって、代わる代わる次第に引いていった。
尾藤神右衛門は宮部の隣の陣にいて、杵の幟を押したて、
屈強な兵を三千騎ほど一面に並べて、敵の跡を追おうとしたが、
大納言秀長卿から「一人も敵の跡を追ってはならん」
と固く命令が下されたので仕方なく怒りを噛み殺していた。

騎馬の者六、七十ほどがさっと駆けてみると、薩摩勢は丸くなって皆腰を据え、
鉄砲をバラバラと撃ちかけながら引いていく。
秀長卿から「絶対に追いかけてはならん」と通達が来たので、
尾藤は「腰抜け大将に従ったせいで目の前の敵を討ち漏らしたわい!」と逆上して進軍をやめた。

後に秀吉公が「敵をおめおめと帰したとは口惜しいことだ。この春は臆病払いをするぞ」と言ったところ、
尾藤は続きの座敷でこれを耳にして
「臆病払いをなさりたいのでしたら、まず御舎弟の大納言殿のお払いをさせてから、
ほかの皆のお払いをしてほしいものだ。
あれほど薩摩勢を追いかけて討とうと申し上げたのに」と呟いた。
秀吉公はこれを恨みに思って、最終的には尾藤を追放したということだ。
南条の手勢では、近藤七郎兵衛尉が一番に薩摩勢の退却する跡を追い、手負いの者の首を討った。
これをはじめとして少々首を取った。

そして薩摩勢は四、五町ほど引くと、何を思ったか引き返してくる。
黒田の陣へかかってくるように見えたので、
元長様は都野三左衛門に鉄砲隊六十艇を指し添え、黒田への加勢とした。
黒田父子も今朝の薩摩勢の鬼神のような戦いぶりを目にしていたので、
もしこの陣が破られてしまえば天下の笑いものにされるだろうと考えて、
これは討ち死にするしかないと思い定めていた。

しかし敵は一町ほど先の小松山のあたりまで寄せてきて、
しばらく松の陰で休息しながら扇をひらひらと仰がせて黒田の陣を見渡していた。
そのうち、何の見切りを付けたのか、来た道を引き返していった。
後で敵の引いていった道を見ると、大怪我して動けない者の首を打ち、道のそばに埋めて帰ったようだ。

さて討ち死にの薩摩兵は五百ほどいたのだが、宮部・南条の陣の前に行って見てみると、
二の腕に刺青で「何の何某、享年何十歳、何月幾日討死」と書いて死んだ者が多かった。
そういうところだからなのか、またはそういう大将だからなのか、
薩隅両国の兵は、死などということは日常の飲食よりなお容易いと思っているのだろうかと、
人は皆舌を巻いた。


以上、テキトー訳。

いいなぁ、宗勝。美貌の叔父様に罵られるなんてうらやましい。
すっかり脳内では隆景=「パ○ワ」のサー○ス様で再生されました!
声はもちろん塩○○人さんです!!! 懐かしいなぁ、パ○ワくん……。

隆景マジでドSだな。半端なくM心を刺激される。私はSでもMでもない、Lのはずなのんだけどな。
もう、宗勝が二回目に声をかけたときなんて、誰かなんてわかってるくせに、
それなのに隆景ったらまた「誰ぞ」とか。
それだけでもなんというか、背筋にゾクゾクとクるよね。
なんかおかしな意味で隆景のこと好きになりそうで困る^^

しっかし、戦慣れした古強者たちはフラストレーション溜まりまくりだったろうな。
ここで押せば勝てる!というところで追撃を許さない大将なんて屁だ!
それを口に出してしまった尾藤さんは処断されるわけだが、
後の小田原に参陣して秀吉本人に悪態ついた宇喜多家重臣の花房さんは加増ってどういうことなの。
気分? 秀吉の気分なの??? やってらんねえ。

薩摩勢もまたいい味出してるよね。やられた仲間の弔いのために逃げてる途中で引き返すとかさ。
そもそも討死と決めたら腕に刺青までしちゃうとかね。
DQNな行動のはずなんだけど、なんかちょっとしんみりするな。

次は秀吉が登場っぽい。
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