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2012-01-04

陣中での昔物語

新年からIME辞書ツールの破損回数が半端ないですよ。もうやだこの子。

まあ泣き言ばかり言ってないで久しぶりに陰徳記。
どこまで読んだっけ……確か九州征伐で秀吉出馬まで読んだか。
秀吉が薩摩まであと一歩の川内川に陣を敷いた、その続き。


秀吉公、老翁の物語を聞きたまうこと

秀吉公は川内川において「この国には昔の話ができる年老いた翁などはいるか」と言って、
すぐに国人たちに触れが出された。
やがて百三十六歳になる翁を訪ね当て、
「よいか、翁。関白秀吉公がお呼びになっている。急ぎ参れ」と言う。

この翁は「関白秀吉とやらはまったく鬼神のように恐ろしい人だと聞いているが、
その人がわしを呼び出すのは、この爺が長命だから生き胆を抜いて喰ってやろうということだろう。
こんな乱世に百年と三十年余り生き長らえ、こんなひどい目にあうとは恨めしい。
命が惜しいとは思わんが、命が長ければ恥も多いという昔の人の言葉がある。
わしも身をもって知ることになるのだなぁ。この世に例もない死を遂げるとはあまりにもひどい。
早苗大和守もわしと同じ歳だが、これも呼ばれていればいいなぁ」と言い出した。

近所の者から遠くの縁者まで、
「やれ、あの翁だぞ。関白殿は長命の者の生き胆は不老不死の薬だといって、
生きたまま胸を裂き、肝を取り出して喰うのだそうだ」と噂しあった。
では翁にお別れをしようとなって、名残惜しみの酒宴をしようと、濁り酒を持ち寄り皆が集まってきた。
翁の子供といっても九十歳以上になる。
孫は七十過ぎ、曾孫でも五十過ぎ、やしゃ孫・鶴の子などという者たちが四十人ほど集まって、
杯を交わして名残を惜しみ、舞を舞って一晩中呑み明かした。

翌日、翁は藤の皮を剥ぎ集めて織った衣に、葛かずらで編んだ頭巾をかぶり、
藜(あかざ)の曲がりくねった杖をつき、孫たちに手を引かれて、目を瞬かせながら出てきた。
関白は、その山賤の皺に覆われた顔つきやたいそう歳をとった姿をまずは物珍しそうに眺め、
「お前はどういう者だ」と問う。
すると翁は「私はこの里から歩いて半日ほど離れた奥山の土民でございます」と答える。
「歳はいくつになる」と尋ねると、
「もうあまりに長生きをしてきましたので、自分の歳など忘れてしまいました。
殿がお呼びになっているということなので、きっと年齢をお尋ねになるだろうと思い、
指折り数えてみましたが、はや百三十六歳になりました」と答える。

関白は、「なんと、不死の薬でも飲んだのか。どうしてそれほど長寿でいられるのだ」と尋ねた。
「いや、薬などというものは、耳で聞いたことならありますが、この目で見たこともございません。
ただ斧というやつを腰にさして、朝な夕なに山に入って薪を切り、背負って帰って、
秋の末から春の終わりまでは、昼夜を問わず背中を炙っております。
今は年老いて足も弱くしんどいので、孫や曾孫たちが木を切って与えてくれます。
その木を合わせて大髄から亀尾まで炙っては撫で、さすっては灸をすえておりまする。
このおかげで長生きできたのかと思います」と翁は言った。

関白はこれを聞いて、「ならばおまえの背を見せよ」と言うので、
翁は「よろしいですとも」と麻の衣を脱いで肌を見せた。
その背中は真っ黒で、実に「炭の翁」とでもいうような有様だった。
関白は、「さてさて、こんな奇妙な長寿の秘訣があるとは知らなんだ。
才知に長けているという唐の人でも、こんな長生き不死の方法を知りはすまい。
漢の武帝は不要の盃に朝露を受けて仙薬を張り、
秦の始皇帝は不死の薬を探させるために徐福を蓬莱島に遣わしたという。
それはどちらも求めがたく得がたい方法だ。これは求めやすくまた得やすいやり方だな。
山中にきこりを遣わし、ほたを切り取りさしくべて、五百八十年の長寿を得ようではないか。

古代の彭祖は秦の穆王から普門品の二句の偈を伝授されて、自分が七百歳まで年を重ねただけでなく、
この文を忘れないように菊の葉に書き記しておいたところ、
その露の滴った川の下流で水を汲んだ者は、老人ならたちまち若返り、
もとから若い者はそれから老いることはなかったと聞いている。
この爺様は少しの木片を焼いて背中を暖め、百三十歳の長寿を保っている。
わしはこの不死の術を学ぶことができたぞ。
島津退治の後は急ぎ上洛して、奏者を通して聖主(帝)のお年を千秋万歳まで保たせ申そう」と、
一方ならず喜んだ。

そして関白は「なあ翁よ、昔はこの国ではどんな戦があったのだ。
見たり聞いたりしたことがあれば詳しく聞かせてくれ」と言った。
翁はこれに答えて言った。
「そうですなぁ。この爺も長く生きておりますから、見たことでも語りましょうか。
昔、肥前の国の住人の小田龍造寺が五万騎を率いて、
筑後の国の宮の原というところで島津と合戦をしました。
島津はわずか一万騎ほどで対峙し戦ったのですが、
ついに島津が一戦に利を得て、敵を追い散らし八千ばかり討ち取ってしまいました。

翌年、また小田龍造寺は、前の年の会稽の恥を雪がんと、
数万騎を率いて佐敷ミナマタという大きな坂を越えて、薩摩の内の和泉郡へ攻め込みました。
ここに一騎打ちの大難所があり、三里ほどの道を越えかねて、しばらく陣を張っていたところ、
島津がその三里ほどの道の木を切り払い、岩を打ち砕いて、一条、二条の大路のように作り上げたのです。
小田龍造寺は『島津の奴らめ、去年勝ったのをいいことに、私を侮って、打ち出て一戦しようとの魂胆だな。
小勢の島津に攻め寄られては武勇がないに等しい。こちらから仕掛けて一戦してやろう』と、
三里の道を押し進んでいきました。

ところが島津は城に籠もってしまって、まったく出て戦おうとしません。
ただ日数ばかりが過ぎていく隙を突いて、島津は山伝いに人を出し、
道の左右に生い茂った松柏を切り倒して横倒しにしました。
肥前勢はたちまち馬の通る道をふさがれ、結局また負けて、大勢討ち取られて退却しました。

今回も薩摩勢はどうにかして一計を案じ、万死一生の戦を遂げるでしょう。
薩隅の者たちは生まれつき、農夫の老人から漁師の翁にいたるまで、
死などというものはとても簡単なことと思っています。
よその国は一国幾郡石高何万石と計算して、一万石に何百人というように兵の多少を推し量るのでしょうが、
薩隅の両国は、確かに武士に関してはよその国とそう変わらないでしょう。
けれども土民や漁師まで皆天性勇ましく生まれついているので、
お国の大事ともなれば、鉄砲や槍、長刀の武具をそれぞれ携えて、
家一軒につき数人出てくることはあっても、一人も出ないということはありません。
薩隅二国の農夫・漁師の家は数万軒もありましょうから、
兵に関してはよその国とは違って随分たくさんになりましょう。
絶対に侮ったりなさいますな」
翁はいかにも九州風に鄙びた様子でなまった言葉つきのまま語った。

秀吉公はつくづくと聞いて、
「相撲でさえ自分と同じ地方の力士を贔屓する習いなのだから、
ましてや同じ九州の中だからこそ、そうしてわざと恐ろしげに言うのだろう。
この秀吉が眼を見開いて一睨みしただけでも、十万や二十万の敵軍は敗北する。
ことさら今はこのわしが数万の軍兵を率いて出馬しているのだ。
震旦・月支国が一つになって攻めてきたとしても何を恐怖することがあるものか。
薩隅の兵どもも同じだ。秀吉と聞いた途端に戦慄して、生きた心地がしないだろうよ」と言う。

御前に控えた者たちが、「仰せになるまでもありません。
秀吉公のご出馬と聞けば、薩隅の者たちは国の中に一日も長くいられないでしょう。
きっと琉球あたりへ船に掉さして逃げていくことでしょうな」と言うと、秀吉公は大きくうなずいた。

さて、「この翁に酒を呑ませてやれ」と秀吉公が言うと、「承りました」と銚子と土器が運ばれた。
秀吉公が「さあ翁、やってくれ」と言うので、老翁は酒をタプタプと受けて三度傾ける。
秀吉公、「わしも翁の長寿にあやかってその銚子を呑もう」と土器を取り上げると
「なあ翁、おまえの銚子を呑めばその長寿にわしも預かれる。
さあ、秀吉の加齢延年を祝して、何か謡をやってくれ。
きこり歌や牧笛あたりならおまえも謡えるだろう」と言った。

翁はただかしこまっていたが、少し頭をもたげて、
「老人をさえ養えば、まして盛りの人の身に、薬となりてはいつまでも、
御寿命は尽きまじき泉ぞめでたかりける」と口ずさみ、声を震わせて謡った。
秀吉公は大いに感じ入って、金銭一貫を与えたので、翁は大喜びして帰っていった。

その後、秀吉公は和泉郡へ内々に人を見に行かせると、老翁の言ったとおり、
島津が山道に三里ほど道を作って待ちかけていた。
さすがの秀吉公も先人の轍を避けようとして、島津が和平を申し入れてきたときにはすぐに了承したのだと、
世を挙げて噂しあった。
けれども秀吉公はこの老翁の物語のせいで和平に応じたのではないだろう。
完全に勝ってしまうのは危亡のもとだと慎んだからであろう。


以上、テキトー訳。

じいちゃん、いくらなんでも百三十歳はないわ~。
そして生き胆を抜かれて食われるとか、どうしてそういう発想がすんなり出てくるのかと問いたい。
近所の人たちも親戚連中もすんなりその説で納得してるしどういうことなのw
この時代の「恐ろしい人」ってのはそんなことするのか?
そういえば陶さんの回でも「子供をとって食う」みたいな怖がられ方してた気がする。
そんな鬼とか熊みたいな扱いでOKなの???

今回も秀吉の傲慢さが強調されててなんかうれしかった。
うれしかった……だと? まあうれしかったな。
なんだろう、秀吉がだんだん好きになってくるこの気持ちは、何?
一睨みで十万単位を一ひねりにできるとか、もうホントさすがラスボス^^

次も続きを読む。
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