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2012-02-14

吉川・黒田「合戦! 合戦!」石田・増田「ちょw 待ーてーよ!」

前回のあらすじ:
与三が死んだ……鬱。

いや、朝鮮で明との和睦に気を抜いてた日本勢を明の大軍勢が襲撃して、
各地に散らばってた諸将は都に集まって善後策を話し合っていたわけだけれども、
ある日、都からほど近い江陽というところで、見回っていた宇喜多の小隊が明の軍勢に襲撃されたのね。
次の日に見回りに出た小早川と、添えられていた立花・吉川たちも、明の大軍とガチンコになったよ!


江陽合戦(碧蹄館の戦)のこと(中)

都へは、南兵勢が江陽表に雲霞のごとく攻めてきて立花衆が多く討たれ、
味方が窮地に陥っているとたと矢継ぎ早に報告が行った。
一番に吉川侍従広家様が五千余騎で駆けつけると、
立花左近は小野和泉守という家之子を先に立てて小さな山のあるところに控えた。
吉川侍従が走り寄り、「どうしました、立花殿」と声をかけると、
「それが、南兵勢の先陣とぶつかって、手の者を多く討たせてしまいました」と、
さしもの名高き立花も、どうしていいかわからない様子で呆然としていた。

ここに宇喜多七郎兵衛入道安心(忠家)が駆けつけてきて、じかに上の山に登って陣を整える。
広家様は香川又左衛門を呼び寄せ、
「あの山上にいるのは宇喜多安心法印だ。
今日合戦に及ぶつもりでいるのだろうか。行って訪ねて参れ。
この広家は都から秀家・隆景、そのほか三奉行が駆けつけてきたなら、すぐに一戦するつもりでいる。
このことを伝えてきてくれ」と言った。

香川は急いで山に駆け上り、「広家がこう申しております」と伝えると、
安心は、「確かに今日が一戦すべき日だろう。
これを後日にしてしまえば、そのときにははかばかしい合戦はできまい。
すぐにそちらに参って評定をしよう。
とにかく仰るように突きかかって一戦するのがよろしいと思う」と返事をした。

黒田甲斐守(長政)は都で双六を打っていたが、その座からつと立って、
隆景と三奉行に会い、兜だけ取ってかぶると、黒小袖に革袴姿で馬にまたがり、
鞭をくれて江陽へと向かっていく。
広家様はそれを見つけると、「甲斐守殿」と呼びかけた。
黒田は、「広家は早く駆けつけていたのだな」と、すぐに広家のところにやってきた。
広家様が「どうだ、後陣の勢は続いてきそうか」と問うと、
黒田は「そうだな、秀家・隆景・三奉行もすぐにこの表へ来ると言っていた」と答える。

広家は、「敵は百万以上もいるそうだ。
都に引きこもって取り巻かれてしまえば、勝利は得られないだろうから、
今日江陽へ逆に攻めかかって、浮沈を決定づける一戦をするのがいいと思う。
あなたはどう思う?」と訪ねた。
黒田は「私も広家にまったく同意する。
隆景もすぐにこちらに出てくるだろう。是非とも一戦するのがいい。
するべき一戦を延ばしてしまえば、かえってしてはいけないところで無理な防戦をしなければならなくなる。
そうなれば負けは必定だ。
石田・増田が思慮深げに何だかんだ言ってきても、あなたと私が道理を説いて説得し、一戦しよう」と言った。

宇喜多中納言秀家卿・小早川中納言隆景卿・石田治部少輔・増田右衛門尉・
大谷刑部少輔・加藤遠江守・前野但馬守・小西摂津守などが集まってきた。
皆一ヶ所に集まって「今日は合戦をすべきか、すべきでないか」と会議をしていると、
吉川侍従広家が「今日は味方を大勢討たせて敵に勢いをつけてしまった。
そのまま放置すれば唐勢はさらに調子を上げ、味方が再び一戦するときには勝利は得がたい。
引き延べずに一戦するのがいい」と言った。

すると叔父の隆景卿が、このときは白綾に赤い裏のついた小袖を着て、
黄色の羽織に黄の綿帽子、赤い帯を締め、とても静かに、優しげな物腰で岩に腰掛けていたのだが、
「広家、他の意見も待たずに、話を遮って一戦がいいとは何事か。
唐と日本の合戦の勝敗は今日決するのだ。戦うのも一大事。また戦を延期するのも大事だ。
老将たちの仰せを待ってから口を開きなさい」と諌めるのだった。
広家様はま少し言い返そうとしたようではあったが、叔父相手なので黙ってしまった。
石田・増田が「ここに一晩陣を構えて、敵の様子を見極めて一戦しよう」と言うと、
多くの将はこれに賛成した。
大谷刑部少輔は「敵の様子を見てこよう」と、馬を駆って江陽へと向かっていく。
黒田・吉川・宇喜多安心は「是非今日の一戦を」と言い募った。議論は紛糾して、まだ結論は出ない。

ここに大谷刑部がただ一騎、鞭を高く上げながら帰ってくる。
この人は三奉行の中では唯一、日ごろから武勇の誉れも高かったが、
その理由もよくわかる馬術・機動力だった。
帰り着くと、「敵勢は何万とも数え切れない。
こんな大軍は日本で見たこともないから、見積もるのは難しい。
兵の群れが江陽の郷中にひしめいて、日本道へと二、三里も延びているだろうか。
野も山も皆陣取られていて、おそらくは百二十万騎ほどはいるだろう。
高橋・井上・粟屋・桂はこちらの方の坂へ上って控えている」と報告した。
石田・増田はまた、「まずこのあたりに一晩陣を据えて、敵の動きに応じて防戦すべきだろう」と言う。

吉川広家は居丈高になって、また他の意見も待たずに、
「今夜一晩陣を置いておけば、下々の中間どもは敵の大軍勢に臆して、皆夜中に都まで逃げ帰ってしまう。
そうなれば味方が清々と一戦に及べないばかりか、都へと退却するほか道がなくなってしまうではないか。
またそうなっては敵は調子づいて都に攻めかけ、味方はさらに竦み上がって敗軍するのは間違いない。
ことに日本と大明の初めての合戦で、戦わずに都に退却することになれば、日本の軍事の瑕疵となるはずだ。
是非とも今から江陽へ攻め懸けて一戦したほうがいい!」と熱弁する。

黒田甲斐守も「熟慮したふりで生ぬるいことを言うものだ。
ただ一戦するほかに何があるというのか。戦わなくてはとても敵を滅ぼせはしない。
都で一戦したところで勝算があるのか? ここで一戦したら負けるとでも言うのか?
どうか皆、一戦の覚悟をお決めくだされ!」と続く。

宇喜多中納言が金の笠の馬印を打ち立てそばに立っていて、
叔父の安心法印は、南蛮頭巾形の兜に黒具足に茶の陣羽織を着てそれに付き従っていたが、その安心が動いた。
「理非も分かれて会議にばかり時間を取られていては一戦の期を逃す。
他の将はともあれ、宇喜多の手の者どもはかかれ!」と言い捨てると、我先にと懸かっていった。


以上、テキトー訳。あと一回。

くあああぁぁぁ! 盛 り 上 が っ て ま い り ま し た !
待ってたんだぜ、この血沸き肉躍る感。吉川・黒田・安心がスゲエかっこいい!
景様のたおやかなふりしてババンバンな感じもすごくイイ!
もうなんていうか地の果てまで叱られ倒されたい感じ!
白い小袖に赤い裏、赤い帯、黄の羽織と帽子かぁ。
帯が見えてるってことはまさか着流し? 武装せず戦場に来るとかステキ。

あぁん広家……滾る広家ステキ……!
同じく血の気の多い長政も最ッ高……!
もうこの二人が! この二人が出てくるだけで私の体内のヘモグロビンは躍動する。
「ともに戦おう」とか脳内麻薬ピュッピュ。
原酒飲みながら書いててごめんなさいね! いろいろと酔ってます!

あと会議中にキレて兵出しちゃう安心さんもイイよね!
安心さんは宇喜多直家の腹違いの弟で、広家の嫁の叔父に当たるな。
ウィキペ情報だと、文禄2年時点ではまだ入道してないはずだけど細かいことは気にしない。
宇喜多は毛利とイロイロあったけど、このころは仲良かったんだろうか。
九州攻めのころは吉川衆と先を争ったりしてたよなぁ。
まあ縁戚になったんだから仲良くしないとだめだよな。
花房助兵衛さんと広家も、このあたりで昵懇の仲になったのかな?

あぁもうこの先が楽しみでしょうがないんだぜ。
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