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2012-03-18

妻「来世もあなたとともに!」舅「ちょっと待って!」

そういえば前回書くのを忘れてたけど、このころは、夫のことも「妻」って書くんだね。
「夫」表記も混在している。というか「夫」と書いて「つま」と読むのかな。
万葉集の昔から、伴侶のことは男女の区別なく「つま」と呼んでたんだね。
元就=妙玖の妻、隆元=尾崎局の妻、元春=新庄局の妻、隆景=問田大方の妻と変換するとキュンとくる。
隆家=五龍局の妻っていうのはそれほど違和感がない。広家=俺の嫁←結論。

さて前回のあらすじ:
朝鮮は蔚山で戦死した冷泉元満の家来、伊賀崎民部少輔は、弔い合戦もできずに、
主君の亡骸のそばで腹を切って果てた。
それを聞いた国許の妻は、涙に暮れながら、亡き夫との思い出を語りだす。
今回は伊賀崎民部の妻の話の途中から。


冷泉民部少輔に伊賀崎追い腹のこと(下)

「またこの刀は、私の夫が常に肌身離さず持っていたものです。
女の身には似つかわしくありませんが、あの人の身に添って手になじんだ物ですから、
あの人をありありと思い出せます。
長く夫とともに旅をしてきたこの刀は、盗人などというものや、
心ある人のことも知っているでしょうから、私を守ってくれるはず。

そう思って、この刀を形見に置いていってほしいと頼んだのです。
まさかこれを、自分の身に触れさせる日が来ようとは思ってもいませんでした。
それでなくても女は五障の罪が深いというのに、それにもまして私は恋慕の罪が深く、
そのうえ刃にかかろうものなら、どんなに気の遠くなるときを超えても成仏はできるものではありません。

女人が成仏するには念仏の功力にすがるしかないと世を挙げて言います。
仏は韋提希婦人のために十六観をお示しになりました。
するとたちまち華座観で無量寿仏が空中に立ち現れたので、それを拝んだそうです。
また阿弥陀如来の四十八願のうち、第三十五には、
『たとえ私が仏になることができても、すべての限りない諸仏の世界の女性が、
私の名号を聞いて、喜び信じさとりを開く心を起こし、
女性の身をきらいつつ命終後に再び女性の身になるなら、私は決して仏になりません』と言っています。

また烏揚国王が仏法に傾倒して、夫人とともに西方浄土に神のように住もうと考えて、
六時に念仏を唱え、毎日楽を奏して仏を供養したそうです。
その崩御のときには仏や菩薩が姿を現し、お迎えにいらしたとか。
それに隋の文帝の后は女の身をきらって、日々西方を拝んでいたそうですが、
臨終とのときにはなんともいえぬかぐわしい香りが部屋に満ちたとのこと。
また荊王の夫人は西方の術を身につけ、後には炉に香をたいて立ったままあの世に旅立ったと聞いています。

こうした故事を見るに、女人の成仏は阿弥陀如来が世を超えて悲願としたほどに難しいものなのでしょう。
阿弥陀の三文字は空仮中の三諦、法報応の三身、仏法僧の三宝、三徳、三般若といった、
一切の法門はすべて阿弥陀の三文字に入っています。
だからその名を唱えれば、八万法蔵を読誦し三世の仏身を持てるようになるのではないでしょうか。

また須弥四域経には、『日月星辰二十八宿がみな西に行くわけは、
すべての諸天や人民に、ことごとく共に阿弥陀如来を礼拝させるためである』とあります。
日月星辰がすべて心を傾け、阿弥陀如来に向かって行くゆえに西へ流れていくのです。
これを思えば、阿弥陀の悲願にすがって九品蓮台にすべてを託すべきなのかもしれませんが、
私は幼いときから毎日一部の法華経を読誦し、後生の幸福を願ってきました。
そのお経には、『今この三界はすべて私の有しているもので、そのなかの衆生はことごとく我が子である。
そして多くの患いや困難が降りかかってくる今のこの世を、ただ一人、
仏である私だけが救い護っている』と説かれています。

そして『方便品(法華経の一節)』には、『仏の教えを聞いて成仏できない者などいない』ともあります。
『法師品(同)』には、『妙なる法華経の一偈一句を聞いて一念も随喜しない者には皆、記を与え授けよう。
阿耨多羅三藐三菩提である』とも説いてあります。

また『堤婆品(同)』の龍女得脱の文にはこうあります。
『龍王の娘が忽然と釈迦の前に現れ、釈迦の足に額をつけて礼拝すると正面に退き、
偈を唱えて釈迦を褒め称えてこう言う。
“お釈迦様は罪福を深く見極めて、世界中をあまねく照らしてくださっています。
そのなんとも言えず清らかな法身を目にしますと、三十二の吉相や八十の福相がありありとわかり、
その法身の荘厳さがわかります。
天上界・人間界ともに、そのありがたさを仰ぎ、龍神さえもことごとく、心から敬愛しております。
あらゆる生あるもので、あなた様の教えに帰依しないものはありますまい”』
こうして畜類の龍女でさえ成仏することができるのです。
どうして人間にできないことがありましょうや。

どうか生まれ変わったら男子として生まれたいと切望し、法華経の五の巻を読誦しました。
『勧持品』のにはこうあります。
『釈迦の叔母であり養母である摩訶波闍波提比丘尼が学無学の比丘尼六千人とともに座から立って、
釈迦の尊顔を仰ぎ見ると、しばらくわき目も振らず一心に合掌した。
釈迦は?曇弥(摩訶波闍波提)に告げた。

“どうしてそんなに心配そうな顔をするのか。如来を見ればあなたの心配など晴れるだろう。
私はあなたに阿耨多羅三藐三菩提の記を授けず、あなたを成仏させないとでもお思いか。
?曇弥よ、私は先に一切の声聞に対してすでに授記したと説いた。
今あなたもこの記を知ろうと思うならば、あなたは将来の世界では、
六万八千億のあらゆる仏法のなかで、大法師となるだろう。
またここにいる六千の学無学の比丘尼もともに法師となるだろう。

このようにして菩薩の道を身につければ、ついには成仏できる。
一切衆生喜見如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・
調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づけよう』
この文を読んで、また涙があふれてきました。
ここにもまたあらゆる比丘尼が授記されたとの記述があるのですから。

法華経は王の功力によって五障の罪を救ってくださいます。
私も必ず、先立ってしまった私の夫と同じ仏の国に再び生を受けられるはずです」と、
伊賀崎の妻は読経を終えた。

そして肩脱ぎになると題目を十回ほど唱えながら形見の刀をすらりと抜き、
胸の真ん中に突き立ててうつぶせに倒れこんだ。
周囲にいた女房たちは「これはどうしたこと」と伊賀崎の妻の袂にすがり、
急いで刀を奪い取って、伊賀崎入道(舅)に報告に行った。
入道は仰天してよろよろと惑い来てみれば、雪とも見紛う白い肌はすでに深い紅に染まり、
目も当てられぬ有様だった。

入道は涙を流し、「なんということだ。
夫との死別が悲しいからといって、こんなはしたない振る舞いをする者があるか。
中務が死んでしまったからには、おまえをこそ息子の名残とも形見とも思っていたのに、
こんなことになってしまっては、この入道一人で老いさらばえた姿をさらして生きていたいとも思えない。
おまえが生きてこの世に暮らし、一巻の経でも読み、一返の念仏でも唱えてこそ、
中務が成仏できるというものなのに、
こんなどうしようもないことをして死んでしまったら、逆に罪が深くなるだろう。
この傷だけでは死ぬことはないだろう。手当てをして、傷が治るように薬を飲んでくれ」と言った。

妻は、「仰せはごもっともでございますが、夫と死に別れて浮世で一人生きながらえ、
物を思うのは悲しすぎます。
それでこうして、女の身には似つかわしくない振る舞いをいたしました。
いまさら命が助かるように薬を飲むくらいなら、はじめから自害など企てたりしません」と、
湯水すらまったく飲まない。

治療さえすれば助かる命だったが、本人がひたすらに思い切った道だった。
その後は題目を唱え、また「本師釈迦如牟尼来よ、どうか夫の後生をお助けください」、
また十方仏土中也と聞けば、「どこの浄土だろうとも、
我が夫と同じ仏の国に生まれさせてください」と願って、ついに息絶えた。

再婚しないだけでも世間ではまれに見ることなのに、ましてやこれは自ら命を絶ち、
二世の契りを結んでいる。
心を動かされるというか、語るにしてもなかなか言葉が及ばない。
これを伝え聞いた人は、心ある者もまた心無い者も、皆涙で袖を濡らしたという。


以上、テキトー訳。おしまい。

結局自害しちゃうのな。
お舅さんの悲しみこそが目も当てられない有様で泣ける。
息子に先立たれた上、嫁にも自害されるとか、悲劇というレベルじゃねえ。
この妻、女人の成仏云々て、自分のことしか考えてないだろ!
と、文句をつけるのは、お経を調べるのに泣く思いをしたからです。

陰徳記は、武士の傾向なのか、だいたい出てくるのが禅宗系の話なんだけど、
今回はバッチリ日蓮宗だったね。
日蓮宗なぁ。あの他宗に対して攻撃的なところがどうもダメなんだよな。
法華経の話を振ったら質問に答えてくれそうな人が知り合いにいるんだけど、
宗教話したら勧誘されそうで、結局連絡しなかった。
何度「今度一緒にお話聞きに行かない?」と誘われたことか。
説法聞くなら、やっぱ禅宗か密教系の方が興味ある。

さて次は上司の冷泉さんの生前の話だよ。
何故このタイミングでこういうエピソードが出てくるのか、いまいち法則性がわからない。
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お疲れ様でしたm(__)m
難しい話だったけど、奥方の必死な思いが伝わってきました。
私のような無教養でも読みやすい解説にして頂いて。
そして前回の相変わらずお馬鹿な私のコメにも丁寧な解答を頂いてありがとうございました。
ここで法華経の話が出てくるのはやはり女人成仏をといてるからですかね。
しかし夫に会いたさに自害して成仏って・・・。
法華経での成仏はその時の命の境涯が仏界に至った事を意味して(詳しくは十界論を;^^)、生死は永遠に続く命の転生の過程に過ぎないととらえていたので奥方の言い分はなんとも。
でも、それだけ愛せる人に出会えるって幸せな事ですよね。
法華経自体は決して排他的な内容ではないのですが、やっぱ一般的には某団体のイメージがあるんですよねw
実際は他の宗派も多分に影響を受けてるし、法華経自体決して小乗仏教も否定してはいないのですけど。
排他的印象はやはり布教者のやり方でしょうか。

法華経が排他的と書いたのはどっからが日蓮宗の話でどっからが法華経の説話かピンとこなかったからです。
誤解してました失礼しました。
奥方みたいに法華経のお経をガチで読むのは日蓮宗だけってことなんでしょうか。

ご指摘ありがとうございます

ああそうか。法華経を読むのは日蓮宗だけとは限らないんですよね。
法華経=日蓮宗のイメージがありました。
ちょっと調べたら曹洞宗も法華経を経典として用いるようですが、
禅宗というと般若心経のイメージが強いですね。
日蓮宗が排他的という印象はしょうがないですよね。
「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」とまで言っちゃってますし。
それでも一神教の方々に比べれば生ぬるいくらいですwww
「東京ボーズコレクション」が開催された際、日蓮宗も参加してたと知ってびっくりしましたが、
やはりお偉方の不興を買ったという話も聞いて、
そういう相変わらず意固地なところがツンデレっぽいかな、
なんて考えてしまった私はきっと地獄行きですw
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