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2012-05-10

元長がかっこいい回

あーんまた日が開いたのは昨日飲んでたせい。
またかよ。

さて陰徳記、だいたいの流れ:
毛利VS秀吉、クライマックスの備中高松城。
睨み合う両陣がバチバチ火花を散らすなか、周辺の端城では武力衝突が起こるも、
決定的な合戦はなく、未だ膠着状態でござ~るでばざ~る。

この章は長いので何回かに分けます。


清水兄弟自害のこと、付けたり秀吉、輝元・元春・隆景と和睦のこと(1)

さて、高松の城は里の中にある平山である。
そこに兄部川の流れを引き入れられてしまったうえ、堤の方が城山よりも高くなってしまった。
水は程なくその山の山頂まで届き、あと五尺も溜まれば、城中の人は皆水中に溺死するかに思えた。
秀吉は、城の様子がすでに極限まで及んでいると見て取ると、
これに力を得て大船に矢倉を上げ、城中を見下ろしながら大筒・小筒を撃ちかけ、
熊手をかけて塀を引き破ると城中へ攻め入ろうとした。

城中の配備は以下のとおりだ。
まず秀吉の攻め口には、中島大炊助の一族の荒木の一党がいて、身命を捨てて防ぎ戦った。
宇喜多の攻め口では、池の下の林与三・片山助兵衛尉・林九郎・鳥越五兵衛尉などが、
ここを破られてなるものかと鉄砲を撃ちかけ、汗を滝のように流して戦った。
このせいで、寄せ手は大軍だとはいっても、塀の一重さえ破れずにいた。
けれども、これがあと十日も続くようなら、城中の者たちは水に溺れて死ぬであろうことは明白だ。
元春・隆景は、どうにかして堤を切り落とそうと策謀を練ったが、
敵は大軍なうえ陣の備えも堅固で、なかなか堤を切って落とす方法が見つからない。

そうしたとき、元長がこう言った。
「こうしていたずらに敵陣を遠く隔てて自陣を守っているだけでは、後詰に来た甲斐がない。
とりわけ、信長がこの地に下向してくるとの噂がある。
これが本当なら、敵勢はさらに増えて、きっと二十万騎ほどにも膨れ上がるだろう。
そうなれば敵はますます図に乗り、味方は意気をそがれて、最終的には城を落とされてしまう。
信長が出てこないうちに、仕掛けて一戦すべきだ。

隆景はお手勢も多いのですから、秀吉の旗本を抑えていてください。
私が出雲・伯耆・石見三ヶ国の兵を率いて、こちらの正面に陣取っている羽柴七郎左衛門の陣を切り崩します。
あの陣を切り破るのは、そう難しいことではないでしょう。
秀吉が全軍で攻めかかってくれば絶体絶命ですが。
しかし、私が夜中に諸軍勢を打ち出し、七郎左衛門の陣を暗闇にまぎれて切り崩して見せます。
切り崩したら秀吉の勢に向かいますので、隆景のお手勢と両方から挟み撃ちにすれば、
あっという間に勝利を得られるでしょう。
宇喜多の勢はもともと卑怯な奴らです。当方が最初の合戦に勝利を得れば、
強い方につこうとして勝負を見合わせるはずですから、懸かり合って一戦したりはしないでしょう。
家の浮沈、この見の生き死にをただ一戦のうちに定め、十死一生の合戦をさせてください」

隆景はとりわけ智に秀でた良将なので、常に謀を先にして戦を後にし、深く熟慮を重ねる。
元長に言われてからしばらくは、何も言わずに考え込んでいた。
そこに元春が口を開いた。
「どうだ、隆景。元長の申すことにも一理はあるではないか。
元長・経言兄弟を先陣に立て、この元春が後陣をつめれば、敵陣は瞬く間に切り崩せる。
ただ一戦と決定する以外に、どんな策があるというのだ」

これを聞いて、隆景は
「仰せは実に道理だと思います。
元長が言うように、信長が出張りしてくれば、何万騎かの敵兵が増えることになるでしょう。
まだ後陣の勢が到着していないうちに興亡を賭けた一戦をするのは実に名案だと思います」と言った。
これで明日一戦すると一決した。

しかし三沢摂津守をはじめとして、数人が秀吉に内通して逆心を抱いていると密告する者があったので、
味方中でも、誰に逆意があるのかと互いに距離を置き合ってしまい、
このせいで一戦の決定は少し延期された。

こうなるとどの国の兵たちも、
「敵には信長が後陣に大勢の援兵を出し、信長自身も出張りしてくると聞く。
味方には裏切り者が多くいて、おそらくは元春・隆景も、まずこの表を引き揚げるに違いない」
と囁きあうようになった。

諸陣の様子が何とも浮き足立ったようになってくると、元春父子・隆景は廂山の上へと登った。
供には隆景の家中の久村久左衛門一人を連れて行き、そこで評定を行った。
「三沢やそのほか数名が敵方へ内応していると聞く。こうなると無二の一戦も難しくなった。
こうなったら役にも立たぬ仮武者どもは足手まといだ。
この廂山に柵を結いまわし、手勢だけを引き入れて、敵を誘って一戦しようではないか。
三沢たちが秀吉に心を通じているというのが事実ならば、
筑前守が近日中にこの陣へと切りかかってくるはずだ。
そのときに秀吉の旗本へと一文字に切りかかって、晴れがましく死んでやろう」
と評定が一決すると、やがて本陣へと帰っていった。

元長様は直接三沢の陣に行くと、たった一人で中へと入り、摂津守のひざのすぐそばまで寄った。
「為虎よ、あなたは秀吉へと内応していると聞き及んでいる。
その実否を確かめるために、ここに来たのだ。
もし風説が虚妄でなければ、今ここでこの元長の首を打って秀吉への土産にするといい」
と元長が言うと、為虎は大いに驚いて、頭を地に着け、
「そんな悪逆、まったく毛ほども思いついたことすらありません。
讒者が嘯いただけのことでしょう」と答えた。

元長様が「本当に野心がないのなら、疑心を晴らすために起請文を一枚書いてほしい」と言うと、
為虎は、「それこそ仰せになるまでもないことです。
これから書こうと思っていたところです」と言って、すぐに手洗い・うがいをし、
熊野の牛王印を裏返して天神地祇を呼び起こし、起請文を書いて捧げたのだった。
元長は、「これ以上疑うようなことはない」と言って、その起請文を懐にしまうと帰っていった。

両陣営が和睦した後、中国の侍たちに逆心があったという証文が、秀吉から輝元・元春・隆景へと送られたが、
三沢の家人の三沢雲波という老人から、寝返りを約した書状もあった。
為虎は、「私には寝返るつもりなどまったくありません。
これはただ雲波入道が一人でしでかしたことです」と断りを入れて、その入道の首を刎ねたそうだ。
また久代修理亮も内通の噂があったので、この陣へは民部大輔経言が出向いた。


以上、テキトー訳。ツヅクノデス。

くっ……このっ……元長ぁぁぁあああ!
さすが陰徳記。元長がカッコイイ。なんで? いやもともと元長はかっこいい(希望)だけど。
え、でも肖像画はアレ(僧侶コスプレ髭おっさん)だけど。

元長「うだうだしててもどうもならんからヤッちゃいましょう」
元春「うちの子いいこと言うだろ」
隆景「……うん、他に手もないですしね」

なんだろうなぁ、この血の気の多さは。
九州征伐でも先走ろうとして隆景に止められてたよねw
上洛したときも秀吉殺そうとしてたし。
元長さんおもろいキャラだなぁ。

そして三沢に詰め寄るシーンもいいじゃないの。
「もし寝返りの噂が本当なら、この俺を倒してから行け!!!」
と超意訳すると、どう考えても死亡フラグでしたね、はい。
私は今回の三沢になりたい。そして元長に膝元まで詰め寄られたい。
二人きりで膝突き合わせてお話したいよハァハァ!!!

どうもまだ頭が煮えているのでこのへんで。
次回も続きだす。
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陰徳記に出てくる元長は血気盛んですね。
個人的には元長は吉川メンバーの中で一番好きです。
教養が高く仏教に傾倒する反面、戦に関してはアグレッシブで、とても家族思い、しかも駄洒落好きな面まである。
複雑だけど不思議な魅力を感じます。
万徳寺建立にかけた思いも興味深いです。
諸宗の経典を研鑽するための寺院というのもある意味中世離れしていますよね。
戦国期という熾烈な時代を生きた分割り切っているのかもしれませんが、同じく仏教に傾倒した細川政元や上杉謙信(お二人は厨二病ぽいですが)などと比較しても独特な思想ですよね。
何とかメジャーにならないかしら。

Re: タイトルなし

元長好きな仲間がいて嬉しいです! 早死にしたのが惜しまれる、いいキャラした人ですよね!
せめて、元就・輝元に挟まれて認知度は低いのに、やけに愛されている隆元と
同じくらいには有名になってほしいですね。
吉川経家との固い絆とか、もっとクローズアップされればいいと思います!
万徳院は本日現地で説明会があるそうなので、参加しているツイッター仲間に様子を聞いておきます。
別邸を兼ねた趣味寺院とか、オモシロそうです。楽しみ~♪
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