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2011-09-20

陶入道の決意

やっぱり全部入れると長すぎるので三つに分ける。

前回のあらすじ:
想像してごらん、首無し死体がゴロゴロと転がっているところを。
想像してごらん、その中に一体、茶色の褌つけたおデブちゃんがいるんだ。
想像してごらん、なんとそれが敵の大将の遺骸で、首も見つけたんだ。

ていうか、なんで陶さんは裸にひん剥かれて褌一丁で転がってるのかと。


陶尾張入道全薑最後のこと(中)

さて、生け捕られたなかに入道殿の最期の様子を知っている者たちもいたので、
どんな様子であったかを尋ね聞いた。

入道はとても肥え太っていたので、歩き続けるにも思うに任せず、
しばらくこの石に腰を下ろして休んでいた。
そのとき伊香賀民部少輔に
「敵は前後にたくさんいて、味方の船は一艘もありません。全薑公はどのように思われますか」
と言われ、入道は
「こうなっては逃げる道などない。自害するほかあるまい。
右馬頭(元就)程度の者に、こうも易々と打ち負かされるなど無念至極、言葉にも尽くしがたい。
しかしながら、これは全薑の武名を傷つけるものではない。そのときがきたというだけだ。
我も少数の兵で大軍を破ったことは何度かある。
今回は三万の大軍を率いて、元就の三千の兵に不意を打たれ、敗北した。
天が我を見放しただけのことだ。戦が下手だったのではない。
命運が尽きれば、どんな名将も、負けるはずのない戦に負け、死ぬはずないところで死ぬ。

昔から先例は多い。
先ほどおまえが言ったように、新田左中将義貞は数万騎の精鋭を率いて足羽黒丸城を攻めたとき、
鹿草出羽守の三百騎に行き会って討たれてしまった。
奥州の国司北畠顕家卿は、十万騎の大軍であってもわずかな敵に打ち負かされ、討たれてしまった。
これは皆、天運が味方しなかったために討たれた。
または過去の宿縁がよくなかったのだろう。武勇が劣っていたわけではない。
今こうなっているのも、大内家の滅亡が近く、この入道の運が極まったからだ。

さても皆、ここまで付き従い、我の最期を見届けてくれて、本当にありがとう。
一つ望みがあるのだが、皆がそれに従ってくれることが、
今生だけでなく来世にも及ぶ深い忠志だと思う。
この入道が自害した後、皆は絶対に切腹するな。
入道の死骸を葬った後は、策を立ててこの逆境を脱し、
命をかけて愚息、五郎長房・次男の小次郎を守り立ててくれ。
内藤・問田・杉民部らと相談して、桜尾・草津辺りを攻めて元就と一戦し、我が死した恨みを晴らしてほしい。
長房はまだ二十歳にもなっていないが、その武勇は五十になった入道よりも勝っている。
幸いにも大内家を補佐のする器量もある。末頼もしく思って守り立て、我が恨みを雪げ。

入道のためには念仏一ついらない。経の一巻も読まなくていい。
ただ元就を滅ぼす算段こそが、寺や塔を建てたり盛大な法要にもまして、最大の供養となるだろう。
くれぐれもこれに背くなよ」と言った。

供奉していた者たちは皆、
「ここまでお供したのですから、閻魔大王の御前までご一緒にお連れください。
これまで海山のようにかけていただいたご恩を、九牛の一毛ほどでもお返ししたく思います。
今死を免れたとしても、前後の道は敵が遮っていることでしょう。(防州に)退く手立てはありません。
このままどこかで討たれてしまうのは、生前死後の恥でございます。
もう覚悟はできておりますので、御前において自害し先立って、冥途にてお待ちします」と刀に手を掛けた。
伊香賀民部少輔が「皆、しばらく静まってくだされ。全薑の御自害を見届けて、
その後御験(首)を深く隠してからならともかく、今はそのときではござらぬ」と制すると、
皆も、それもそうだと静かになった。

そのとき、垣並佐渡守が「もう昼になりました。なにとぞ、今日はこの山に隠れ忍んでおいでください。
あの浦の岩陰に、浮木が一本波に浮いております。夜になったらこの木に全薑一人をお乗せして、
山崎殿と私は水練を極めておりますので、腰に綱をつけて一人は泳いでこの木を漕ぎ、
もう一人は木につかまって休んで、代わる代わる泳いで、あの阿多田島か小黒髪島まで逃げ延びます。
そしてあの辺りの漁船が来たらその船にお乗せして、防州に帰しましょう。
浮木に乗って天河まで至った例もありますから、ましてや阿多田島までなど、簡単でしょう」と提案した。

入道は、「佐渡・勘解由が水練の達者だというのは我もよく知っている。
この入道を抱いても背負っても、海路を二里か三里は泳げるだろう。
我もまた、おまえたちが知っているように、富田の陣にいたとき、
水鳥よりも海人よりも水上で自由に動き回れた。
泳いで渡って生きようと思えば、おまえたちに手を引かれ肩に担がれずとも、あの島まで渡ることはできる。
が、我は防長豊筑の兵を率いてこの島に渡ってきており、一人も生きて帰していない。
何の面目があって、一人だけ帰って、人々に顔向けができようか。自害するしかないのだ」と言った。

昔、楚の項王が烏江で自害しようとしたとき、長舟を整備して待つ烏江亭の船主が項羽に向かってこう言った。
「江東は小さいといっても、土地は千里、住民は十万人もいて、王となるのに不足はありません。
大王よ、急いで渡ってください」と勧めたが、
項羽は「我は江東の子弟八千人と川を渡って西に向かったが、今は一人も生きて故郷に帰ることができない。
たとえ江東の父兄たちが我を憐れんで王にいただいても、どんな面目があって顔向けできようか」と言って、
ついに自ら首を刎ねて死んだという。
今の入道の心中もこれと同様に、痛ましい有様だった。

牟羅漢・謝仲初の術もないので、笠を水面に置いて竹の葉で川を渡ることもできない。
黄道真・王子喬の道も学んでいないので、木陰に佇む鹿や雲間に飛ぶ鶴に乗ることもできない。
進退窮まり、呆然と佇むしかなかった。


以上、テキトー訳。ラスト1回。

なんという鬱回。

一人だけおめおめと生きて帰れない、ていうのは、わかるなぁ。
そっちの方が死ぬよりもツライだろうなぁ。
逆に、一人だけでも生きて帰ってほしいと思う家臣の気持ちもわかるなぁ。
強く言えないのは、みんな陶入道の気持ちがわかるからだよね。
そして「追い腹切るな」と言われても、捕まるか殺されるのがわかってる。
よしんば生きて帰れたとしても、みんな一人だけ助かるのがイヤなのは同じだからムリ。

でも、こうして互いを想う主従っていうのは、いいよね。
陶さんとか、ストレートに「ありがとう」って言うし、こういうとこ好きだ。
逆に言えば直情型で、元就にハメられたりする所以なんだろうな。
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