FC2ブログ
2012-07-26

尼子快進撃

月山冨田城攻めでは少し痛い目にあって静観を余儀なくされた尼子勢だったが、
他では着々と手を広げているようで、今回はその一面のお話。


出雲の国原手合戦のこと

さて石見の国の銀山にいた吉田孫左衛門父子は尼子勝久へと一味し、
山吹の城を焼き捨てようということで内通をした。
しかしその陰謀がたちまち露見してしまったので、吉田は仕方なく銀山を逃れて、出雲の国へと赴いた。
このことで、同様に銀山に差し置かれていた服部左兵衛尉・池田何某・河村備前守・
岩崎出雲守・熱田対馬守・矢野民部少輔・同石見守・二宮加賀守・高橋与三兵衛尉・
栗栖備後守たちは出雲との境まで打ち出して、元就様の疑いを晴らそうと意気込んだので、
坂・出羽の手の者たちも数多くこれに加わった。

こうしたところに、芸陽の佐東の小田助右衛門は、佐東・佐西郡の兵たちをかき集め、石見へと向かった。
この小田を大将として、出羽の手の者、坂の郎党たちも十倉から原手表へと打ち出した。
しかしその兵力も三千以上にはならなかった。

山中鹿介はこれを聞いて、
「小田はなかなかのつわものだと聞き及んでいるが、自分の手勢を百人すら持っていない。
坂の郎党は、主君が九州に出征しているのだから、その留守居役として残った者など、
老年に達して思うように歩けもしない爺様か、もしくはまだ年端もいかない未熟な者たちに違いない。
そのうえ大将がいないのだから、ものの役にも立つまい。
それに銀山の者たちは普段は銀を掘っているばかりで、弓矢を扱う方法は夢にも知るまい。
出羽の者たちも、東越前とかいう手練は今は芸州に行っているそうだから、
残った者共など取るに足らないはずだ。
きっと手厳しく攻め立てれば、ひとたまりもなく退散していくだろう。
いざ押し寄せて蹴散らしてやろう」と考えた。

山中鹿介・立原源太兵衛尉・横道源介・同権允たちは、二千余騎で原手表へと打って出た。
これを聞いて隠岐隠岐守為清は七百騎ほどで第二陣に続いた。
米原平内兵衛尉綱寛は高瀬の城から出陣し、五百余騎で鹿介に加勢すると言いながら、
勝負の行方を見物しようと、はるか遠くから合戦を見物していた。

地理的に前線に近い銀山の者たちが先陣を努めることが以前から決まっていたので、
先陣は池田・服部の兵五百余騎、二番手は出羽・坂の手の者一千余騎。
三番手は小田の七百余騎となった。
小田は時に臨んで、「出雲勢は尼子家のころから名を馳せたつわものばかりだ。
決して油断するでない」と下知して、自分の勢を後陣に残し置き、たった一騎で先陣に駆けてくる。
小田は「敵の様子を見極めたくてやってきた。どうかみだりに挑みかからないでほしい」と釘をさしたが、
どちらにしても大将のいない寄せ集めの勢だったので、
小田の下知も守らずに、皆自分勝手にどよめくばかりで、その備えは騒がしくあるべき姿ではなかった。

山中たちが貝を吹き立て太鼓を打ち鳴らしかかってくるのを見ると、
銀山の者たちは「もしかしたら出羽・坂の手勢たちが陣の前後の取り決めを破って抜け駆けするかもしれない」
と思い、そうはさせまいと身を乗り出す。
すると案の定、第二陣の勢が先陣を追い越すような勢いで進んでくるので、
先陣と二陣が一塊になり、我先にと敵に打ってかかっていく。
こんなに入り乱れてしまうと、せっかくの弓・鉄砲・鑓などの段々の備えも役に立ちそうには見えなかった。
そのまま雪崩れかかるかと思いきや、隙のない敵の陣形を見て銀山勢は速度を落とし、
「早く後ろが続いてこないものか」と、後ろをチラチラと気にしていた。

鹿介はこれを見て、「『敵人の来ること蕩々として慮なく、旌旗(せいき)煩乱(はんらん)し、
人馬しばしば顧みば、一、十を撃つべし。必ず措(お)くことなからしめん(呉子)』と言うではないか。
今の敵の様子を見ると、弓・鉄砲・長柄の侍たちは混乱して、前後の備えも乱れている。
それに我が勢の脅威に臆して、勇気がしぼんでしまってかかってこない。
今この勢いに乗って戦えば、味方の必勝は目に見えている。進めや者ども」
と号令をかけると、散々に射立てつつ無二に切りかかって攻め戦う。

銀山の者たちは、はじめの威勢はどこへやら、
しばらく防戦するかと見えたがたちまち突き立てられて、右往左往しながら退却していった。
小田はこれを見て、「竜頭蛇尾のしょうがない者たちだ。最初の威勢はどうした。
みっともない戦をして逃走し、敵に利をつけるとは腹だしいものだ」と、
七百余騎をばらばらと居並べ、弓・鉄砲を前に立てて、静まり返って待ち構えた。

山中たちは一陣と二陣を難なく追い立て、勇み進んで小田の陣へと打ってかかった。
立原は敵の様子を見て、小田の備えの立て方が尋常ではないと思ったので、
隠岐守の隊へと使者を送り、「急いで小田の後ろをさえぎるようにかかっていただきたい」と言い捨てて、
自身も切りかかっていく。

小田は味方があちこちへと引いていくなかで少しも騒ぐ様子も見せないほどの勇士だ。
敵が多勢であってもとりたてて気にせず、三度も射立てて突き放す。
ようやく入り乱れて戦うころになると、隠岐守が鬨をあげて小田にかかっていき、
これを見て米原もようやく同様に攻めかかった。
小田の心は猛々しく勇ましかったが、味方たちはあるいは討たれ、または逃げ散ってしまい、
もう主従五、六騎が残っているに過ぎない。
それでも少しも引かずに、命を限りに戦ったが、
眉間・脇板・籠手の外れを五、六ヶ所も射られ、ついにうつ伏せに倒れた。
横道権允が倒れた小田を見逃さず、押さえて首を掻いたのだった。
小田が討たれてしまうと、残った者は後ろも振り返らずに逃げ退いていった。

その後、勝久の軍勢はさらに数を増し、すでにもう国中に行く手を遮る者すらいなくなった。
出羽もたった三百ほどの手勢では十倉にとどまることができず、その城を出て、
出雲と石見の境にある赤穴に陣取った。
そして九州に飛脚を遣わし、「あまりに兵の数が足りないので、十倉を空けて罷り退きました。
しかしながら、この出羽元資がいる限りは、石見には敵に足を踏み入れさせませんので、
ご安心くだされ」と言い送った。


以上、テキトー訳。

ぎゃああああ((((((゚Д゚;))))))ガクガクブルブル
鹿め、尼子めええぇぇぇぇ!!!!!
まあ尼子ファンに言わせると、「吉川め、毛利めェェェ」ということだそうなんで、
まあそんなもんよね。

鹿ちゃんすげえな。呉子を諳んじるのか。インテリだなぁ。
なんか熱血漢なイメージが先行して脳筋キャラで想像してた私が悪かったです。
申し訳ありませんでしたーーー!
立原さんも冷静な目を失わないなかなかの采配、
寝返り組の隠岐為清をうまく使いこなし、様子見してた米原さえも触発する……
勢いに乗ってるときって、対立する側からするとものすごい怖いなー、と思った。

小田さんもかっこよかったよ。
即席大将で兵をまとめきれなくてもしょうがないのに最後まで引かずに壮絶な最後を遂げる。
こういう話は日本人なら結構みんな好きだろう。
いらぬ意地よと笑わば笑えってな。
この小田さんの首取ったのが横道権允てことは、このあたりの話は権允ソースなのかもね。
この人は後に毛利勢に入って活躍してるしな。

さてさて次章も合戦! 合戦!!!
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
訪問者数