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2012-08-24

激突、布部山合戦

これまでのあらすじ:
輝元が初の総大将を務める対尼子再興軍戦、甥っ子当主の晴れ舞台に張り切る叔父ズ、
威勢よく威嚇しているが実は合戦を避けたい鹿介たち……
両者の思惑はそれとして、ついに合戦の火蓋が切って落とされ、
山下から攻める毛利勢には先走る者もおり、苦しい展開になりそうな気配。


出雲の国比部合戦のこと(4)

また、水谷口では、山中鹿介は敵がかかってくるのを見ると、味方を励ますためなのか、
「皆、あれを見てくれ。芸陽勢は聞いていたよりも少数のようだ。
そのうえ備えはめちゃくちゃで、前後の分かれも混乱している。
特に、今朝軍米を炊く煙を見ていたら、敵陣が敗れるという験がはっきりと現れていた。
今日の合戦は味方が勝利するぞ。間違いない。さあ皆々、進め」と勇んだ。

さらに鹿介は左の先陣に備えていた森脇市正たちへと軍使を遣わし、
「敵方は備えが乱れ、兵士の士気も上がっていない。これは敵方が利を失っている一番の兆候だ。
その次に、敵の先陣は藤の丸に三引両の旗だから、吉川のようだ。
それに続く三頭の左巴の旗は小早川だ。
日ごろは後陣に控えて諸士に軍令を発している大将たちが、
今日に限って一陣・二陣に進んでいるということは、前後の定めがしっかりできていないということだ。
将は後陣に控えて敵の挙動を見極め、正兵を奇兵として用いたり奇兵を正兵に仕立て上げ、
あるいはみだりに懸からないように、みだりに引かないように、
懸かるべきときには進み、引くべきときには退却の下知をなすものだ。
そうしてこそ、先陣がたとえ利を失っても押し返しながら懸かって勝利をつかめるものなのに、
両将が先陣にいたのでは、一陣・二陣が突き崩されてしまえば、
後陣の取るに足りない輩は矢の一つも放てないまま逃亡するだろう。

敵陣は、前方が重く後方が軽いのだと思う。
敵の先陣はたった三千しかおらず、味方の勢はこの倍はいる。
この先陣を突き破るのは、山で卵を押しつぶすよりはるかに楽なことだろう。
一陣さえ破れば残党は最後まで戦わず逃げ散るだろうから、味方の勝利は歴然としている。
これが二つ目の兆候だ。

吉川・小早川は兄弟の間柄だとはいっても、吉川が北前の担当なのだから、
一番に合戦を始めようと進んでくるだろう。
小早川は、戦場には兄に対する礼などないというから、これも先を争って進みたいだろう。
そうなれば備えは混雑して、先陣が引こうとすれば後陣の鑓・長刀に貫かれ、
後陣が進めば先陣は不意に進まなくてはならず、崖から追い落とされるだろう。これが三つ目だ。

敵は九州から負けて帰ってきて勇気を失い、臆病神が脳裏に焼きついているだろう。
味方はこれまであちこちの戦に勝って兵の士気も高い。これが必勝の要因の四つ目だ。
敵は長旅を経て人馬ともに疲れ、そのうえ山の麓から攻め上ってくる。
味方の兵はまったく疲れていないし、それに山上から真っ逆さまに降りていけばいいだけなのだら、
戦を有利に進められる。これが五つ目。
敵はいろいろな国から寄せ集められた者たちで、味方は尼子家譜代相伝のつわものばかりだ。
身を捨て命をなげうって戦うことに関しては、雲泥の差があるだろう。これが六つ目。
今回のような隘路で防戦するのは、一人で十人を討てることになるから、
小勢で大勢を撃破できる利点がある。これが七つ。

そのほかにも味方が勝利を得られる道理はいくらでもある。
絶対に先陣の吉川を、ひときわがんばって切り崩してくれ。
小早川の勢も吉川と入り乱れていると見えるので、これもともに引いていくだろう。
総大将の輝元は今年十七歳になったばかりなのだから、勇猛だといっても恐れるに足りない。
今日の合戦の肝は先陣の一軍にこそある。よくよく諸士を励まして、ご自身も手を砕いて働いてほしい」
と言い送った。

森脇・真木たちはこれを聞いて、
「鹿介殿の仰せは実にもっともなことだと思います。
味方必勝の道理を一つひとつ列挙されましたが、どれもこれも納得のできるものです。
たとえ須弥鉄囲山が崩れかかってきたとしても、この陣は動じることなどありません。
これからあの敵を切り崩してご覧に入れましょう。
そのときこそ、たった今お聞かせいただいた必勝の理は、すべて符合することになりましょう。
鹿介殿のお手勢まで合戦に引きずり込むことはありません。
私の手先の一陣で敵を挫いて見せますので、
あなたは足を上げて左扇で首実検をなさってください」と返答した。

そして森脇たちは二百余挺の鉄砲をそろえ、前に楯を雌鳥羽(左を上に、右を下に)に構えて待ちかけた。
熊谷伊豆守信直の家之子に、細迫左京亮という、たいそうな剛の者がいた。
先日軍議があったときに末席から進み出て
「私の主君の熊谷伊豆守は、元就公の御手に属してからというもの、
折々の合戦において先陣を務めないことはありませんでした。
なので、今回輝元公が初めて総大将として出馬された合戦に、熊谷の手の者が先陣を務めないとなれば、
これまでの武勇が無駄になってしまいます。
ですから今回の先陣はどなたでもかまいませんが、一番鑓は熊谷の手の者、
それこそ私、細迫左京亮となるでしょう」と居丈高になって荒言を吐いた。

そばに居並んでいた兵たちのなかには、
「この合戦で一番に退却しようと思っている者がいるわけもない。
細迫の物言いは傍若無人だ」と呟いた者も多かった。
志道上野介は、「細迫は力量にも優れ智謀もほかの者より飛びぬけているというのに、
今のようなことを言っているようでは討ち死にしてしまうだろう。
惜しいつわものだった」とそばの者に向かって嘆いた。

細迫は自分の言葉を違えないようにと思ったのか、味方よりも四、五段ほど先立ってたった一人で攻め上り、
仁王立ちになって、細迫とは名乗らずに、
「熊谷の家之子の、同名左京亮直勝、今日の一番鑓だぞ。後になって間違えるなよ。
続く味方も向かう敵もよく見ておれ」と荒々しい言葉を吐く。
そのまま数百本の白刃がひしめく鑓衾の真ん中へと、少しもためらわずにまっすぐ突いて懸かり、
しばらく多くの敵を引き受けて戦ったが、敵ニ、三人に怪我を負わせて、
自身も数十本の鑓に貫かれ、終にその場で討たれてしまった。

さて吉川・小早川勢は一丸となり、真っ黒にひしめき合って水谷口を一息に駆け上っていく。
尼子勢が二百余挺の鉄砲を入れ替わり立ち代り撃ちかけてきてもものともせず、
あっという間に間近まで攻め寄せる。
森脇東市正は前に突き立てていた楯を跳ね除け、一千五百騎で鬨を上げて真っ逆さまに突いて懸かる。
芸陽勢はこれに正面から渡り合い、しばらくぶつかり合ったが、
敵が坂から下ってきたからか、ほとんど支えることができずに突き立てられて、麓へさっと引いていく。

元長が控えているところまで雪崩れかかってくると、元長は大声を上げて、
「吉川元長ここにあり。押し返せ者ども」と指揮を打ち振りながら下知をなし、
「さあ攻め上れ」と自ら五百余騎を率いて進んだ。
元春・隆景も後陣から「敵に息を継がせるな。ひたすら攻め上れ」と強い調子で下知したので、
引いてきた者たちも、また取って返してせり上がっていった。


以上、テキトー訳。もうちょい続く。

鹿介! 伝令の内容が長いよーーー! よく覚えたな、軍使の人は。
てか敵が迫ってきてるのに、よくこんな長話してる余裕あるな、尼子の人は。
もう合戦を避けるだとかそんな話はどこかに吹っ飛んでしまったね。
立原はさぞ「言わんこっちゃない」と頭を抱えたことでせう。
尼子から仕掛けたわけではないので、立原のフラグ成立には至らなかったが。

あと、熊谷さんちはホントに人材が豊富ですねー特にゴロツキ方面の。
どんな家中なんだろう。すごく興味をそそられるわ……
こういう細迫みたいな若者をまとめ上げてた信直さんという人に、実に興味を引かれるwww
自分の名字を名乗らずに、「熊谷」って名乗ったんだから、惣領のことが大好きだったと思うんだ、細迫。
ちゃんと若党の心をつかんでる感じがするんだよね、信直。
そんな信直と、元春が縁を結びたがったのも納得って感じだな。

そして我らが元長! キャー元長サーン! カッコイイー!!!
元春・隆景が一緒に軍事行動してるもなんだか新鮮でイイ♪ヾ(。・ω・。)ノ゙

そんなわけで、次回でこの章は最後の予定だす。
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