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2011-09-24

伊香賀さんこぼれ話

今日は友人相手に思いっきり戦国話ができたので満足w
しおりん、聞いてくれてさんくす!!!
そのうち絵もうpするからね!!!

さて今日は、陶さんが大事で大事でしかたない伊香賀民部のことを元就が語ったようです。


伊香賀民部のこと並びに元就朝臣父子四人帰陣のこと

元就の御前に、熊谷・天野や福原・桂・志道などが伺候して、
今回の合戦における大内家の侍たちの戦いぶり、自害の様子などを語り合っていた。
元就様がこんな話をした。

「陶入道は祖父中務太輔・父兵庫入道と二代続いて智仁勇を兼ね備えた武臣だった。
だからその余慶が子孫に伝わり、全薑入道にも優秀な家臣・郎党が多くいたのだな。
重見は河野の一族で伊予守頼義の末裔だったからだろうか、
源家の印を顕し節義に命を賭けたのは、今の世には珍しい勇士である。

それにつけても伊香賀民部少輔は、末代にも語り継がれる忠臣の鑑である。
入道の養育係だったから、万事を後見して政治の間違いを正し、謀略の不足を諫め、
そのうえ自分自身でも何度も分捕高名して勇名を馳せた者でもあった。

伊香賀は忠臣の道を貫いたが、ことさら心中が思いやられて胸が痛む、こんな話がある。
民部には三人の子があった。そのうちの一人は名を采女といって、陶入道にとっては乳兄弟だ。
以前、山口でいりこ酒が大流行したときに、陶・杉・内藤をはじめ、
侍たちもこぞってこれを楽しんで、毎日毎晩、いりこ酒の会といっては酒宴を催していた。
青景越後守が主催したときも、一晩中呑み明かして、朝霧の隙間から有明の月が山の端にかかった様子を
飽きもせずに歌に読み、鼻歌交じりに吟じてようやくお開きとなった。

陶入道、このときはまだ隆房といったが、彼は遠山の雲の辺りに飛ぶ雁のほのかな声をもう一度聞こうと、
家の中には入らずに扉のところに立っていた。
陶の小侍従で若杉九郎という者が隆房の寝所の続きの間に寝ていて、
もちろん主人が近くにいることなど知りもしないで、
『なあ采女、隆房様はいったいどこに、何の御用でお出かけになったのだ。
こんな時間までお帰りにならないとは、心配じゃないか』と言った。
采女は陶の寝所に寝ていて、『隆房様はいりこ酒だ!いりこ酒の隆房様だ!』と言った。

陶は障子越しにこれを立ち聞きしてカンカンに怒り、乱暴に障子を引き開けて、
『なに!隆房はいりこ酒、いりこ酒は隆房と、私を嘲笑うか!』と、
とっさに脇差を抜いて斬りかかろうとした。
この脇差は若楓という名で、刀工波の平による一尺五寸の業物だ。
采女はさすがの早業で、夜具でこれを受け流し、うしろの障子を撥ね破って大庭に逃げた。
陶は腹に据えかねて縁側に走り出て、『采女、心構えがなっとらんようだな。
好き勝手に主君の悪口を言いおって、どこへ逃げたとしても逃げ切れないぞ。
あらゆる仏神、とりわけ八幡大菩薩もご覧あれ。
日本国中はさておき、唐土・天竺・南蛮・韃靼国へ逃走したとしても、天の隅々、地の隅々まで探し尋ねて、
その首を刎ねてやる。ここに戻ってこい。私に一太刀に斬られて死ね』と、
飛び上がるようにして縁側の板をドスドス踏み鳴らし、声を荒げて言い放った。

采女はこれを聞いて、鞘ごと手に提げていた脇差をカッと投げ捨て、
『なぜ私が殿の悪口など申しましょうか。ただふざけて申したことではございますが、
それほどまでに憤っていらっしゃるのであれば、一歩も引くわけには参りません」と、
静々と歩み寄って縁側に上がった。両袖を脱いで正座し、両手を突いて首を差し伸べると、
『これをどうぞ』と言って口を閉じた。

陶は堪え性のない男だ。
『いりこ酒一つ受けてみよ』と言って斬りつけ、采女の首は前に落ちた。
陶はすぐに父の民部を呼び、『おまえの子の采女はこんなことを言った。あんなことをした』と
起きたことをすべて語っている間、民部はただ平伏していた。
陶は『おまえにとっては子であるから、さぞ不憫に思うだろう。死骸は引き取ってよい。
よく供養してやれ』と言った。
民部少輔は、愛するわが子を失って胸を痛め、目の前が真っ暗になり心神喪失しそうなものであるが、
少しも悲しむ気配もなく、はたと我が子の死骸を睨みつけた。
『おまえはなんということをしたのだ。もう私の子ではない』と言って縁側の下に突き落とし、姿勢を正した。
『なぜ死骸の供養などいたしましょうか。主君のことを悪し様に申し、
ご勘気をこうむってこんなことに成り果てた者を、親だからといって、
不憫に思って供養などするものではありません。
生きているうちには主君の不興を買って首を刎ねられ、死しては父に勘当されて、屍を捨てられました。
これは断じてこの民部の子ではありますまい。
天魔の仕業か、狐が人に変化したものでございましょう』と言って、民部は身を震わせて退出した。

皆は民部の心中を慮って、訪ねてきては何くれとなくお悔やみなどを言ったものだが、
民部はちっとも悲しいそぶりを見せなかった。
飲食して談笑していたが、さすがに夜になると涙をこらえることができなかったそうだ。

しかしその後も少しも陶を恨む気配すらなく、ごくわずかな間でも仕事を疎かにしなかったものだから、
陶も自分勝手な考えをすぐに改め、采女を殺したことを悔やんで、民部の心中を察して労わったという。
民部は子を殺されても恨まないどころか、常から従事している仕事に力を尽くし、
今は入道の最期までも節義忠貞を貫いた。実に奇特な者であった」

元就様が語りながら感涙を流すと、そこに居並んだ熊谷・天野をはじめとして、皆袂を涙で濡らした。
こうしてこの島に十一日まで滞在し、翌十二日の朝方に、小方町へと帰陣した。


以上、テキトー訳。

元就、よく知ってんな。まるで見てきたかのように語るw
陶さんはどっかの市松さんみたいなことやってるし。
酒乱の主君を持つと大変だよねぇ。

伊香賀さん、なんつうかマジで忠義者だね。
息子殺されても「こんな悪い奴息子じゃない」と死骸すら粗略に扱い、元気そうに振舞うも、
夜はこらえきれずに涙を流す・・・でも仕事はちゃんとやるとか。できた人だ。
そりゃみんな、こんな話聞いたら泣きたくなるよ。
むしろ元就からこんな話を聞かされると、
「おまえの親族殺すかもしれないけど、伊香賀民部みたいに忠節尽くせるよな?」
と暗に言われてるようでgkbrだわ。

さて、この続きは厳島合戦後の山口情勢の話になるようだが、
一応厳島合戦の話はここで一区切りなので、次回は気分を変えて全然違うとこを読むことにしよう。
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