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2012-09-10

謀神死す

だいたいの流れ:
尼子再興軍を正面切って叩き潰すも、勝久・鹿介という根っこを断ち切れず、
元就の容態が悪化するなか、一人出雲にとどまって、残党の掃討に力を注ぐ元春。
尼子では主力だった秋上家の調略も無事果たしたものの、
いよいよ元就に最期のときが近づいていた。


元就朝臣逝去並びに鹿介生け捕りのこと

元就様は病にかかったものの、数々の医療の手を尽くして、ようやく快癒した。
しかし若年のときから戦場の霜雪に身をさらされ、心も休まるときがなく、
その疲れが身に積もっていたからか、非常に老衰してしまった。
元亀二年六月十二日からいよいよ容態が悪くなり、同十四日、七十五歳でついにこの世を去った。
輝元・隆景は、それは嘆き悲しんだ。そして葬礼を丁重に執り行った。

いっぺんの煙となって立ち上ったのを見ても、面影をすらとどめてはくれない。
無常の風が誘い引いていく煙さえ、これを名残と詠む間にも、涙は止まらずに流れ落ちていく。
送りを済ませて帰る道すがら、まるで夢の中にいるような心地だった。
元就様が身近に召し使っていた人々はさておき、遠方で仕えていた者たち、
心もないような身分卑しい男女にいたるまで、これまでの深い恵みがありがたくて、
「なんということだ」と嘆き悲しんだ。
この様子は、大聖釈迦牟尼如来が沙羅双樹の陰で涅槃に入ったときに、
すべての弟子は言うに及ばず鳥や獣たちにいたるまで残らず嘆き悲しんだという故事も、
まさにこのときのようだっただろうと思われて、実に涙を誘った。

出雲の高瀬表へも、すぐに早馬が出されてこのことが知らされた。
元春様は非常に悲しんで、諸軍士がすぐに本陣に駆けつけてお悔やみを申し述べると、やがて対面した。
「元就が亡くなったのは是非もない次第だ。
それにしても私は、敵の残党を退治するためにこちらに駐屯していたから、
今わの際の孝行さえ遂げられなかった。
この名残惜しさは他の兄弟たちの比ではない。
たった一人でこんな思いをしているような気がする。どうかこの心中を察してほしい。

けれども、今嘆いていても父が帰ってくるわけではないのだから、供養を丁寧に行う他にできることはない。
僧たちを集めて写経や念仏で供養するのは、吉田で輝元・隆景が手配しているだろう。
それなら私は、周の武王が父の文王崩御のときに兵を発して紂を討伐した例に倣おうと思う。

伯耆の大山の宗徒経悟院は勝久に一味した。
このおかげで鹿介は末石の城に籠もることができ、
福山・横道が八橋の城に籠もって国中の人々を悩ませている。
元就の初七日の供養のために経悟院を切り崩そうと思う。
元就に恩を感じている者は、これまでにも増して身命を投げ打ち、敵を挫いてほしい。
亡父元就の供養としては、仏前に供え物をしたり僧を呼んで供養をするよりも、
なお勝る行いになるだろう」

元春が涙ながらにこう語るのを聞いて、諸軍士は「仰せ畏まりました」と言うと、
こまごました返事もできず、ただ鼻をかみ頭を垂れて、しばらくは物も言えないでいた。
ややあって、南条伯耆入道宗勝が口を開いた。
「中国の武人で、元就公のご恩を海山のように蒙らなかった輩など一人もおりません。
そのなかでも私は、尼子のせいで本国を追い出され、数年間は山名を頼っておりました。
そのまま本望を達することもできないでいるところに、元就公がお力添えをしてくださって、
本国に再び帰ることができたばかりか、新恩の給地を数ヶ所も賜りました。
こうして安んじて人生を楽しめたのは、天地の恩、父母のよりも優れた元就公のおかげです。
これに比べれば須弥山など低い山、蒼海も浅いように感じてしまいます。
今回の経悟院攻めではこの入道が一番に攻め入って、
あの悪僧めらを絡め捕って、元就公のご恩に報いましょう」
南条はそう言うや否や声を上げて泣き出した。
その座にいた侍たちは、はじめは涙を押さえてしのび泣いていたが、これを契機に皆号泣した。

さて同二十日、三沢三郎左衛門・三刀屋弾正左衛門・杉原元盛・南条入道宗勝をはじめとして、
出雲・伯耆勢が一人残らず馳せ集った。
そのほか宍戸・熊谷・佐波・口羽など六千余騎が、伯耆に発向すると披露して、高瀬表を打ち立った。
山中鹿介たちは、「元春が伯耆へと討ち入ってくるなら、
あちこちの城に配備している兵力を集結させ、後詰して一戦すれば、
経悟院と挟み撃ちにして間違いなく勝利を得られる」と独笑いしていた。

元春様は勇だけでなく智も謀も優れた良将なので、東南に目を向けながら北西のことを考えられる。
これに気づかなかったのではどうしようもない。
元春が伯耆の大山に発向すると発表したのは、敵が末石を取り囲むと聞きつけたならば、
鹿介が城を出てしまうだろうから、逃がすまいとして「大山に向かう」と諸軍士にも言ってあったのである。
しかし実際は鹿介を攻め落とそうと考えていたので、
道の途中から取って返してヒタヒタと末石の城を取り囲み、
鹿垣をしっかりと結いまわして仕寄をつけ、勢を籠めて組み上げ、
城中を下に見ながら、息も継がずに攻め寄せた。

鹿介はすっかり油断していたときだったので、ほとんど防戦らしい防戦ができずに、
宍戸安芸守・口羽刑部大輔通良を通して降参を申し出た。
元春様はすぐに城を受け取ると、その夜には「すぐに鹿介の首を刎ねるように」と命じた。
しかし宍戸・口羽は強硬に「鹿介の一命を助けてやってください」と主張した。
元春は「いやいや、鹿介は勇気も智謀も人に勝っている。助けておいたなら将来の禍になるだろう。
鹿介がこの城にいるのを逃すまいとして、私は今回謀略をめぐらして生け捕ったのだ。
これは天の与えてくれた好機だ。今鹿介を助ければ、いずれ禍を招くだろう。
ただ速やかに首を刎ねてしまおう」と言う。
宍戸・口羽は「敵にして強い者は、味方にすると心強いものです。
毒薬変じて薬となす、といいますから、鹿介が味方になれば良薬になりましょう」と返した。

「強敵の鹿介を味方にできれば、確かにそのとおりだろう。
しかしまた敵になるかもしれない。
これでは、いかに智勇全備の者だとしても、当家に恨みを含む輩は結局は毒薬なのだ。
金屑は貴重だが目に入れば邪魔になる。
鹿介は、尼子家にとっては金屑、当家にとっては邪魔でしかない。
勝久が滅亡したならば鹿介が味方に与することもあるかもしれないが、
考えてみたら、義と忠を大切にしている者がどうして二君に仕えるというのか。
勝久が東福寺で出家していたのを還俗させ、大将と仰いだのは、鹿介・源太兵衛二人の取り計らいだ。
勝久もこの二人のことは父母と同じように考えていると言っているらしい。
これほどまでに勝久の股肱の臣、耳目の臣である者が、どうして主君を捨てて当家へ降り、
かつての主君に弓を引き矢を放つことができようか。

鹿介は少しでも命をつなぐために今回降伏してきたのだ。
勝久を捨てて完全にこちらの味方になることはない。
鹿介ほど智勇・忠義を備えている者はそういない。それに彼の智はとても深いから、
言葉を卑しくし表情を和らげて、方便だと気づかれないように、
当家に味方するなどと言っているのだ」

元春がこう言うと、隆家・通良は
「輝元・隆景に相談もせずに鹿介を殺して、後悔をなさいますな」と言った。
元春は、「輝元・隆景はさておき、鹿介を殺すことは元就が存命していたときに決めたことだ。
いまさら何の会議・評定も必要ない。
しかしながら、お二人がそこまでおっしゃるのを聞き入れないというのも、
あまりに四角四面に言い募っているだけのように見えるかもしれない。
まずはお二人に鹿介の身柄を預けるとしよう。ともかく再度話し合おう」と言って、
隆家・通良に鹿介を預け置いた。

けれども鹿介はすばしっこい男なので、もしかしたら隙をうかがって逐電するかもしれない。
まずは安心させてやろうということになり、「周防の徳地で千貫・伯耆で千貫の地を宛行う」と約した。
鹿介は「一命を助けていただいただけでもありがたいというのに、
こうして所領まで賜れたのは、ひとえに隆家・通良のお取り成しのおかげです」と、
真に迫った態度で謝礼して、すぐに元春にも対面した。
鹿介はすぐに尾高に宿を言いつけられ、宍戸・口羽から厳しく警護をつけられた。
金屑のたとえは、後になって思い知らされることになった。


以上、テキトー訳。

おぉ爺さま……・゚・(ノД`;)・゚・
でもお父さんやお兄さん、子供たちに比べると長生きした方だよね。
大変な人生だったね。ゆっくり眠ってほしい。
広家周辺の書状を呼んでて印象的だったのは、あの当時は病そのものよりも、
病人が物を食べなくなるってのが一番の危機だったみたいだ。
考えてみたら、現代みたいな経管栄養だの点滴なんてのはないんだもんね。
そりゃ食べなくなれば一気に死に近づくわな。
元就も食べられなくなって、衰えて死んでいったんだろうと思うとキツイけど、
隆景や輝元がそばにいただけでも、幸せな最期だったんじゃないかと思う。

そんでまた、看取れなかった元春の心中、悲しみいかばかりか……
とか思ったら敵を騙す余裕あんのかよーくそー><
余裕じゃないのはわかるけど、でもな、こうも鮮やかにキメられてしまうと悔しいというか、
なんというか、うん。

あとそうだ! 鹿だよ鹿! 生け捕られてる!!!
元春が抱き込みを狙ったのかと思ってたけど、陰徳記だと元春は「殺せ」って言ってるのか……
でもなんだろう、この殺したがってる人が一番鹿介を理解して評価してんじゃねえの?
憎しみじゃなくて鹿介の覚悟と能力を評価してるからこそ殺そうとしてるんだよね?
熱い、熱いぜ……
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