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2012-10-08

偶蹄類頂上決戦

だいたいの流れ:
元春のせいで一旦出雲を追い落とされた勝久・鹿介たちだったが、
勢力を整えて因幡に切り入って、鳥取城を落とす。
勝久に靡いてまんまと鳥取城甲の丸に入った山名豊国は、
元春がこちらに出張りしてくると聞くと、また毛利家に帰参することにして、
勝久・鹿介たちを鳥取城から追い出した。


牛尾・山中合戦のこと

山名豊国は、使者を通じて元春様へこう申し入れてきた。
「勝久が鳥取の城を落として立て籠もりました。
私は兵力が少ないからあの城を取り戻すことができず、謀略をめぐらして勝久たちを騙し、
城を取り返そうと思って、一旦は和睦いたしました。

しかし先年からあなたの幕下に属してきましたので、忠戦を貫く意思は変わっておりません。
いまさら毛利家に何の恨みがあって尼子に与したりしましょうか。
ですから、騙して城を取り戻してからは、すぐに勝久・鹿介を追い出しました。
彼らは仕方なく、私部・鬼カ城へと入っていきました。

けれどもわたしの勢はたった二千にも届きません。
敵は国中をだいたい打ち従えておりますので、兵力は五千にもなりましょう。
このままでは、きっとまた鳥取の城を勝久に落とされてしまうかもしれませんので、
ご加勢を差し向けてください。
豊国の勢と一緒になって凶徒らを退治いたしましょう」

元春様は、すぐに牛尾大蔵左衛門へと
「おまえはあの国に詳しいからあちらに駆けつけて、山名に協力してくれ」と下知した。
牛尾は即座に二百余騎で鳥取へと上っていった。

そして牛尾は鳥取の麓にある在家に宿を借りていたが、鹿介がこれを聞きつけて、
「牛尾が城中に入れば、たやすく打ち破れなくなってしまう。夜陰にまぎれて討ち取ってしまおう」と、
夜討ちに慣れた屈強な兵たちを五百余人そろえた。
身に着けるのは皆一同に白い装束、合言葉は「打」と決めて、
天正三年五月七日の夜半に、牛尾の宿に攻め寄せた。

鹿介たちは鬨をドッとあげると、足軽五十余人が手に手に松明をともし、門の外から切って入る。
鹿介は主力の兵たちを三手に分けて、後ろと左右から切り込んだ。
大蔵左衛門が、門外に敵がいると思って切って出てきたら、思いもよらぬ左右から討ち入って、
大蔵左衛門の不意を衝こうという策略だった。

牛尾は夜討ちがかけられたとわかると、筒丸を取って肩にかけ、鑓を下げて外に出た。
仁田又兵衛尉・金尾藤蔵など三十余人も、続いて門外へと突いて出た。
敵は手に手に松明を灯していたけれども、門の中は暗くてよく見えなかった。
牛尾が間近に迫ってきているのを知らずにいたところに、
すぐに手の下からワッと叫んで切ってかかってきたので寄せ手は足をとどめていられずにサッと引いた。
後陣から鹿介たちが切り入ってきたけれども、牛尾たちは大手へと切って出ていたので、
在家はもぬけの空になっていた。
鹿介はそのまま牛尾の後をつけて切ってかかった。

牛尾はどこに敵がいるのかもハッキリとわからなかったので、
鬱蒼と茂っている呉竹の藪の陰に身を潜め、しばらく四方をうかがった。
鹿介は在家に火をかけたので、その火の光で手勢の五百余人が進んでいった方を見ると、
ところどころに群れて控えていた。

牛尾は、「私は今夜必ず死ぬ。これは定めなのだろう。逃げるべきではない」と思ったので、
人が黒々と集まっているところを見ては、
「これが鹿介だろう。どうせ死んでしまう命なら、鹿介に渡り合ってから死のう」と思い、
無二に切ってかかっていった。

牛尾は十死一生と思い定めて切って回る。
寄せ手は「討てたなら幸運だ、もし討ちもらしていたならそれでいい」と、ゆったりと構えていたので、
あえて身命を捨てて戦う者がいなかった。
そのせいで散々に切り立てられ、蜘蛛の子を散らしたように逃げ散った。
そのうちに空が掻き曇ってきて、目を刺されても気付かないほどのぬばたまのような暗い夜だった。
太郎左衛門はどこに鹿介がいるのかもハッキリとわからず、ただ兵が集まっているところに、
「あれこそ鹿介だろう」と、カンだけを頼りに切ってかかる。
その勢いは、八つの腕を持つ那叱であっても容易には止められないように見えた。

鹿介は、捨て身でかかってくる者の相手をして、無駄に命を捨てても仕方ないと思い、
サッと退いていったが、
「味方のうちに退却しそびれた者はいないか」と、四五町ほど取って返して備えを固めた。
退き遅れた者たちを誘導しようと合図の篝火を焚くと、
あちこちの木の陰や藪の中に隠れていた兵たちが、皆一ヶ所に集まってきた。
鹿介たちは、そこから静かに若桜を目指して退却していった。

牛尾は「油断していると、また取って返してきた敵に不意を打たれるかもしれない」と考え、
四面に篝火を焚かせ、二百余人を面向不背の玉のように備えて、自身は中央に控えた。
そしてどこから敵がかかってきても渡り合ってやろうと、その夜が明けるのを今や遅しと待ちかけた。

鹿介が因幡に入国してきてからというもの、十三ヶ所も城を落としていたので、
人々は皆鹿介を鬼神のように恐れていた。
しかし牛尾がわずかな手勢で鹿介に勝ったので、人々は「牛は鹿よりも恐ろしい」と、
また大蔵左衛門を恐れたのだった。
鹿介は城に帰って、「今夜の夜討ちは仕損じてはならなかった。
それなのに、この国の弱敵と同じだと思って敵を侮り、討ち損じてしまった。
牛尾の勇は聞いていたよりなお優れている。
あれを味方にできれば、尼子の武運はまた隆盛するだろうに」と言った。


以上、テキトー訳。

鹿介「あの子が欲しい!」
元春「この子はあげない!」
そんな血なまぐさい「はないちもんめ」が……始まる、なんてことはなかった。
牛尾さんかっこよろしいなぁ。まだ若かったはず。
ストッパーのない元長はこんな風になるイメージ。
あぁあ、だんだん元長のイメージがおかしくなっていく><

記事タイトルは出来心です。
牛も鹿も、確かもとの種類は同じだったよね……? シカって、ウシ目とかだったよね???
あれだね、品川大膳も、狼じゃなくて牛を名乗れば鹿ちゃんに勝てたかもしれないね!?

さて、今日は12kmくらい歩いたから早めに寝て疲れをとろう。
意外に歩けるもんだね、12km!
この調子なら広家に従軍するのも夢じゃないぜ☆
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