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2012-10-18

下克上の発端

きっかわ出せとか言ってたら直家さんキターーーーー!
広家の舅に当たるから一応親族っていうか縁戚っていうか。
まあ広家と宇喜多の娘が結婚したころには直家さんは鬼籍の人なわけだが。
どうでもいいけど直家の娘婿っていうと、娘ともども殺されるイメージあるよね。
ただのイメージだけど。 ※ちゃんと調べてないです

そんなわけで、今回は浦上というか直家というか……あれ?


浦上宗景流浪のこと、並びに浦上普光院殿を討ち奉ること(上)

浦上帯刀左衛門宗景は、備前・播磨・美作の大方を切り従えるほどに武威を逞しくしていたが、
家人の宇喜多のせいでついには流浪の身となって、
播磨の室の津で、食うや食わずの暮らしをするようになった。

宇喜多直家は、どうにかして宗景を滅ぼして所領を横領しようと考ええていたので、
まず宗景へと「沼本新左衛門は反逆を企んでいます」と讒言をした。
宗景はこれを信じてしまい、すぐに沼本を討とうとしたので、
沼本はどうしようもなく九州へ下り、その後四国に移った。

直家は、「沼本はもとから智も勇も全備している。
どうにかしてこの者を失脚させれば宗景討伐もやりやすいだろう」と考えて讒言したのだが、
沼本が国を去ると、
「これからは、沼本をまた私の味方に引き入れれば、一方面の将にふさわしい者だ」と思った。
そして沼本にひそかに使者を送って呼び寄せると、野中の城を預けたのだった。

このときはすでに浦上は宇喜多と戦争状態にあった。
浦上は、「沼本が帰ってきて敵に与し、私に恨みを報じようとしているらしい。
こしゃくな。急ぎ攻め入って討ち取れ」と、
片桐与兵衛をはじめとして屈強な兵を一、二千騎差し添え、野中の城へと差し向けた。
沼本の勢はたった一、二百に満たないうえ、この城も普請の途中で、
塀さえもまだ塗れていない状況だった。
これではとても宗景の猛攻に堪えられまいと思えた。
片桐たちは城から三十余町を隔てて陣取ったが、そこへ沼本が夜中に二百余人で切り込んできた。
敵に不意を打たれた片桐たちは、一支えもできずに散り散りになって退却した。

その後何度か戦があったが、そのたびに宗景が利を失い、
また家之子郎党も直家の謀略に絡めとられて、討ち果たされたり他国へ出奔していった。
宗景はついに城を去って、流浪の身となったのだった。
これは、浦上が主君の赤松を侮蔑するようなことをしたばかりか、
国を横領した下克上の罪を免れきれずに、こんなことに成り果てたのだと思う。

この世のすべては因果応報の理が歴然としている。
それについて昔のことを調べてみた。
昔、赤松は将軍義教を討ったがために天罰をこうむって、自身が山名宗全によって討たれ、
また子孫は浦上に国を奪われてしまった。
浦上もまた主君の国を奪った八逆の大罪から逃れきれず、家人の宇喜多に所領を奪われ、
自身も飢えるような目にあった。
この前例を見るに、宇喜多の行く末もどうなってしまうのかと、不安を覚えるのだった。

そもそも赤松左京大夫満祐が将軍義教卿を討った経緯はなんだったのか、
今その家に伝わっている話を聞いてみた。
あるとき将軍義教卿が赤松などの人々呼びを集めて酒宴を開き遊興したとき、
宴もたけなわになったころ、赤松はひどく泥酔していたので、興が乗って立ち上がり、舞を舞った。
この赤松はとても身長が低かったので、世の人は赤松を三尺入道と呼んでいた。
そのため、義教卿も酔った勢いで調子に乗り、拍子を変えて「勢細舞は見まいの」と囃してふざけた。
赤松は、それはそれは悔しく思ったものの少しも態度に出さず、
「備前・播磨・美作の三ヶ国を持っているので、勢がほしいとも思わず」と謡うと、
扇をかざし袂を翻し、足拍子を丁々と踏んで舞い踊った。

さて酒宴が終わると、皆退出していった。
義教卿は、「赤松が備前・播磨・美作と謡ったのは、私を侮っているからだろう。
憎々しい入道だ」と激怒した。
義教卿の御台所は、赤松満祐入道の息女だったので、これを聞いて、
「なんとひどいことでしょう。これはきっと、将来は由々しき一大事が起こるに違いない。
義教卿はひどく驕りたかぶっているだけでなく、とても性格の悪いお方だもの。
些細なことでも人を切り殺したり攻め殺したりなさる。
桀や紂のような悪しき大将でいらっしゃる。
きっとこの赤松家の滅びの元になるに違いない」と考えた。

そして翌日、御台所が父の満祐のもとへ書状に書いて送ろうと思ったところへ、
将軍が突然来訪し、これを見て、
「それはどういう文だ。とても怪しげに見える。見せてくれ」と詰め寄った。
御台所は、自分の父へ告げ口をする内容の書状なので、隠して見せようとしない。
義教卿は「そうやって隠すのは後ろ暗いことがあるのだな」と、御台所を押さえつけて文を奪い取り、
開いてしまった。

そこには、「さてもさても、先日の夜の様子を伝え聞きましたところ、
夢とも現とも思えないような、信じられないことばかりでした。
もうあの方の御運は尽きてしまって、お家を滅ぼしてしまおうと、
天魔が御心の中に入ってしまったかと思うほどひどいのです。
今の世の様子を見ると、薄い氷を踏み、研ぎ澄まされた刃の上を歩くような世の中だというのに、
こうしてしっかりと熟慮することもなく、後の災いも顧みないようなお振る舞いをなさるとは、
恨めしく思います」と書いてあった。

義教卿はあっという間に機嫌が変わり、この文を御台所の顔に打ち当てると、
「『刃の上を歩くような』と書いてあるが、最近そんなことがあったのか。
剣の刃の上を歩けるものならばこの上を歩いてみろ」と、氷のような刀を抜いた。
義教卿が「さあ早く、文に書いたように刃の上を歩いて見せてくれ」としきりに責めるので、
御台所ははじめは顔を赤らめているだけだったが、義教卿があまりに怒って責め立てるものだから、
さすがは赤松の息女というべきか、少しも恐れたような様子もなく、
「では歩いてご覧に入れましょう」と、その刀を取り上げると自分の胸を刺し貫いた。
御台所はうつぶせに倒れ、刀は背中へと突き抜けて、そのまま亡くなってしまった。

赤松はこの顛末を聞くと非常に立腹し、
罪もないのに愛してやまない娘を殺された怒りが抑えきれなかったので、
「どうにかして将軍義教卿を討って、我が娘の孝養に報じたい」と心底から思ったものの、
将軍を討つ手立てはなかった。
赤松は家之子郎党の心を確かめるためにか、気が狂った振りをした。

しかしずっと気狂いなわけでもないように見えたので、家之子郎党たちは赤松を諫めた。
「ご様子を拝見していますと、姫君さまのことをお嘆きのあまり、
悲しみが積もってご乱心なさっているように見受けました。
愛しい子との別れの悲しさ、子を思って道に迷うのは世の習いではございますが、
このままでは御当家が断絶してしまうと思います。
嘆いても帰らぬものを嘆くあまりに、あなた様の御身まで亡くなってしまったら、
是非もなく御家も断絶してしまうでしょう。
どうかもう、嘆くのはおやめになってください。
ご自身の人生をまっとうなさり、御家が長く続くように思慮をめぐらせてください」と諫めると、
赤松は何も返答せずに、抜き打ちにその者に切りつけた。
こういう挙動が何度も重なると、その後は諫言をする者もなくなってしまった。


以上、テキトー訳。続く。

長めなので分割するデス。
結局赤松さん特集だったのか???

いやしかし、直家さんさすが直家さんだわ。
沼本を讒言で追い出した張本人がその沼本を味方につけるとかね……
すごい肝っ玉の人だよねぇ(白目)。
ひどい!とか感じる前にまず舌を巻いてしまうような惚れ惚れする悪党っぷり。
好きだなぁ、お舅さん(*´∇`*)
てゆうか正矩はこの話をどこから聞き込んできたのか、ちょいと気になるんだぜ。

今回のハイライトは、室町将軍家のえっぐい夫婦喧嘩なんだと思ったわ。
「刀の上を歩いてみろよほら!」と強いる夫、キレて当てつけに?自刃する妻。
怖いわぁ……
あと赤松さん可哀想だわぁ、と思ったけど、家之子郎党に八つ当たり、ダメ絶対!!!
これも、江戸初期に赤松家に伝わってた話を聞き込んできたってことなのかな。

次回もヨボヨボ続きを読みまうす。
ところで。
確か明日は広家と容光院の結婚記念日じゃまいか???
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