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2011-09-26

吉川興経がやらかしたようです

元就が吉川に養子入りは、当主の興経の悪政に家臣団が反発して隠居させ、
後釜に興経の叔母の子である元春を据えた、というのが概要だったと思う。

その詳しい経緯を追っていこう。

当時のだいたいの状況は、出雲の尼子VS防長の大内って構図の中で、
元就は吉家国経の娘との縁談を契機に一旦尼子側についたものの、ほどなくして大内に乗り換えた。
興経は国経の嫡子元経と元就の異母妹との間に生まれた子だったが、
毛利とは異なり尼子方に味方している。


吉川治部少輔興経、家老と不和のこと(上)

吉川治部少輔興経は、このたび雲州富田の八幡山から城に入った。
これから芸陽に帰ろうというのは、一国を敵にまわしているので、
どだい無理な話であって、しばらく富田に滞在していた。
元就様が義隆卿に「吉川興経は何度も裏切って不義の至りではありますが、
吉田宮崎、富田洞光寺で度々勇猛を顕した者でもあります。
これからは私が意見をして、危険な野心を抱かないように説得いたしますので、
ぜひとも罪をお許しください」ととりなすと、
「そうだな。元就の言うように取り計らおう」と義隆卿も了承した。
元就様はこの趣旨を富田へ伝えさせ、興経はすぐに家城の小倉山に帰ることになった。

こうして二、三年が経つころ、叔父の吉川伊豆守(経世)と乳人の森脇和泉守は興経に恨みを抱いて、
ついには主従の間に亀裂が入ってしまった。
どうしてかというと、大塩右衛門尉という者のせいだという。
大塩はもともと近江の者だったが、年少のときに容貌がとても美しかったので、
志学(十五歳)から興経が側に召して寵愛していた。
成長するにしたがって武勇や才能が他よりも抜きん出てきたので、
興経はますます大切にして家中の掟などもその者に制定させるほどになった。
人々は皆、表面上は吉川家一族を敬っているように振舞ったが、裏では大塩の権勢におもねっていた。
自然と大塩の威勢は誰よりも高くなり、対して吉川の一族や家老の威光は
明けの明星が光を失うように衰えていった。
大塩は自身の才知に驕って人の下に立つことを嫌がったので、次第に傲慢になり、
伊豆守・和泉守をはじめとしてその他の郎党にも無礼な振る舞いをするようになった。

何事においても従来の法を破棄して新しい法を定め、年貢が厳しいばかりか、
課役だけはしょっちゅう言いつけてくる。
領民たちは皆迷惑して、他国に逃亡する者も珍しくなかった。
それだけでなく、一族郎党も大塩の意地の悪さを憎んで、ほとんど仲違いしてしまった。
士農工商の誰もが疲弊して、皆が大塩を恨んだ。

商人が街道を通る際の手形の発行も大塩が行っていた。
新庄から吉田へ通る道の押さえに森脇和泉守がついていたが、
吉田から来た商人たちが森脇に「手形を発行してください。この道を通りたいのです」と言うので、
森脇は「大塩にもう一度手形を求めるのだぞ」と言って、手形を発行した。
こうして商人たちが山の荷を抱えて新庄に入ると、道の境にいる番人が「手形は持っておらぬか」と問うので、
商人は「ここにございます」と、森脇の手形を提示した。
番人たちがこのことを大塩に告げると、大塩は我慢のきかない男でひどく怒り出した。
「すべての道の通行手形は私が出しているのだから、
他の誰かが出した手形では通してはいけないと法で堅く定められておる。
それを破って手形を出すなど、この大塩を侮るだけでなく興経を蔑ろにしている表れである。
今後の見せしめとして、荷物を切り落として追い返すがよい」と大塩が命じたので、
血気にはやる若者たちが後先も考えずに命令のままに荷物を切り落とし、商人たちを追い返した。

商人たちがほうほうの体で逃げ帰り、森脇に起きたことを告げると、森脇は大激怒した。
「大塩が私を押しのけて手形を出していたこと自体が間違いだったのだ。
しかしながら、例えどんな非道を行ったとはいえ、
興経公が赤子のころからこの手に抱いて育て上げたのはこの私だ。
だからこそ一度は見逃したというのに、無理な法に任せて罪のない町人に狼藉を働くとは何事だ。
この和泉の顔に糞尿を塗りたくったのと同じだぞ。
所詮大塩は当家の者ではない。その掟が正しいはずがないわ」と、森脇は地団太を踏んで怒った。
「吉川伊豆守は興経の叔父で当家の重臣だ。この人も常々大塩には煮え湯を飲まされている。
私と伊豆守はともに鏡山城主の婿だ。内外なく親しくしている。
まず伊豆守に相談して我が鬱憤をぶちまけてやろう」と、急いで伊豆守の館に向かい、
人払いをして、あったことを一つ残らず語った。

伊豆守も森脇に同調した。
「大塩のひどいやり方は、本当に外道だのう。
奴があなたや私に害をおよぼすのは、ひとえに忠臣の我らが自分の上にあるのを鬱陶しく思っての意地悪だろう。
こうなったら大塩を討って当家の苛政を改めようではないか。
大塩を殺せば、興経はきっとあなたと私を処刑するに違いない。
たとえこの身をズタズタに引き裂かれたとしても、恨みを残すことはなかろう。
主君のために命を投げ打つのは忠臣として望むところではないか。
戦場で討ち死にするのも、今度のように奸臣を討って命を失うのも同じ忠義だ。そう思わんか。
大塩を滅ぼせば、当家の侍たちの恨みも解消して、主従が心を合わせやすくなる。
興経の武運も永久となろう。たった二人の命で多くの人の艱難が救われ、
当家の危機を除けるのであれば安いものだ」と内々に取り決めて、あとは時節を待っていた。


以上、テキトー訳。次回に続く。

つーかまた出てくんのかよ、「男色の寵愛」w
どんだけポピュラーなの。
これで思い上がっちゃった大塩が興経の名の下に悪政を敷いたのか。なるほどね。
そういう奸臣を「いかに失脚させるか」じゃなくて
すぐに「殺そう」ってなる発想はさすが乱世だ。この感覚、慣れてきてスルーしそうだったわ。
でも、すぐに、ってわけでもないか。ずいぶん我慢したもんな。

この話で誰がかわいそうって、商人たちだよな。担いでた荷を奪われてるんだし。
お役所はきちんと連携してくださいよと言いたくなるわ。

さて次回、森脇と経世叔父さんはどうやって大塩を暗殺するんだろうか。
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