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2012-11-18

忍びの末路と清水の難

だいたいの流れ:
尼子勢が籠もる上月城を囲む毛利勢、そして高倉山で対陣する後詰の秀吉勢は、日に日に数を増していく。
後詰に対して夜討ちを仕掛け一戦すべきと提案した元長だったが、
城さえ落とせばいいから危うい戦は控えるべきと考える隆景によって、この主張は却下された。
今回は、後詰の圧迫を受けながら、じりじりと城攻めで日々を費やしているときのこと。
短い章を二本立て!


勝久より秀吉へ通路の者を搦め捕ること

城中から高倉山に忍んで往来する者が入るとの噂が立ったが、
たしかにその者を見たというような証拠はなかった。
元長は香川兵部大輔を頭として、山県源右衛門・荒木又左衛門などをはじめとして数人が、
敵城からの道筋の脇の草むらの中に身を隠し、忍んで出入りする者を発見して捕らえさせるために、
夜ごと待ち受けさせていた。

あるとき、杉原の陣と城との間に深く切れ込んだ谷があったが、
ときどき、杉原の陣の山の方から小石が落ちる音がしていた。
皆、山に住む猪が寝床でも変えているのか、はたまた兎でも通ったのかとさほど気にしていなかったが、
見回りの者たちがよくよく声を潜めて耳をそばだてて聞いてみると、
猪でもなく、兎でもなく、人が忍びやかに蔦の生えた原を歩く音だとわかった。
やがてその者が「熊谷(くまたに)殿、熊谷殿」と二声三声かけたので、
これを聞いて味方が立ち上がろうとした。

しかし距離もあるので、「ここから走りかかったのでは恐らく捕らえることはできまい」と小声になり、
「もう少し近くまで引き寄せよう。逸って仕損なうなよ」と制する。
するとまた、忍びの者が「神西殿、三郎左衛門殿」と小声で言うのを聞くと、
荒木は堪え性のない者だったので人に先を越されまいと思ったのか、すっくと立つと、
「元長の近習、荒木又左衛門」と名乗り、逃すまいと追いかけていった。

城中からはこれを聞いて、「荒木殿、今参るぞ」と鉄砲数挺を揃えて散々に放ってくる。
荒木は少しも怯まずに、大きく手を広げて追いかけた。
忍びの者はどうにもしようがなくなったのか、杉原の陣中に駆け込んでいったが、
荒木はついに追いついて、篝火を焚いているあたりでその者を捕らえて引き伏せ、捕らえたのだった。

すぐに元長の午前へと連れて行き、引き据える。
その者が隠し持っていた文を見てみると、すべて暗号で記されていて、
円のようなものもあり、四角のようなものもあったので、何が書いてあるのかは推察のしようもなかった。
また肌に触れるようにして持っている文を見てみると、
「今回、忍んで秀吉へ連絡を取ることができたなら、出雲の国の島根において一郡を与える」
と書いてある勝久の判物だった。

その名を尋ねると、「伊丹孫三郎と申す者でございます」と答える。
「これまでは高倉山にいたのか」と問えば、
「五日ほど前に杉原殿の陣へ草を刈って入っていきました。
それからは毎日草を売った銭で店屋の胡餅油糀などを買って飢えをしのいでおりました。
勝久の微運の至りなのか、私の命運が尽きただけなのか、こうして易々と生け捕られてしまいました。
このうえは、どうか早く首を刎ねてください」と言う。
元長は「ともかく杉原が計らうように」と命じたので、
盛重は「かしこまりました」と答え、すぐにその忍びを引き出すと、首を打って捨てた。


鈴木・秋山のこと

羽柴筑前守は勇が突出しているばかりか智謀もまた近来では飛びぬけた大将だったので、
数々の策謀をめぐらせて敵国に騒動を起こそうと考えていた。
備中の国人たちへ回文を送り、
「清水宗治の妻子を誘拐して高松の城へ立て籠もり、清水に敵対するように。
そうすれば清水はさすがに恩愛を捨てがたく、こちらの味方につくだろう。
そうなれば皆にも所領を望みのままに宛行おう。

信長も毛利家征伐のために、以前から、来年か再来年までの間には備中口から攻め入り、
一人残さず討ち果たすようにと定められている。
今回、元春・隆景がはるばる播磨まで出張りしているのは、信長にとっては軍神のお助けである。
すみやかこれを討伐して、じきに備中の松山に攻め入って、
輝元を攻め滅ぼせば、中国は今年中にでも手に入ると、一方ならず喜んでいらっしゃる。
毛利家はすぐにでも滅びる。
早々にこちらの味方に与し、皆の家も続くように、妻子が安心して暮らせるように計らえ」と煽った。

国人たちは、「秀吉とかいう野狐が人をたぶらかそうとしているのだ」と返答さえしようとしなかったが、
鈴木孫右衛門・秋山運右衛門の二人だけは、頭を寄せて、
「本当に聞いたとおりならば、信長は大国三十余ヶ国を切従えていらっしゃる。
秀吉一人の勢でさえ、中国勢とほぼ対等だとも聞いている。
このうえ信長が出張りしてくれば、いかに元春・隆景が良将だといっても、
威の勝る信長に気圧されて、一戦のうちに敗北してしまうだろう。
さあ、清水の妻子を捕虜にして、秀吉への捧げ物にしようではないか」と話し合い、
清水の長男の才太郎(景治)を騙して人質にとると、高松の白に立て籠もった。

清水の家之子郎党たちは非常に驚いて、上月表へ報告に来た。
吉川・小早川の両将はすぐに清水長左衛門尉を呼び寄せ、
「急いで本国に下り、謀をめぐらせて妻子を無事に取り戻せ」と命じたので、
長左衛門尉は「かしこまりました」と答えると、国に飛んで帰った。

清水は林三郎左衛門(重真)という者を通じて、鈴木・秋山へとこう言い送った。
「秀吉の仰せに従ってこのような振る舞いをなさったのは、戦国の習いなのでしょうがないことだと思う。
才太郎をつつがなく返してもらえれば、お二人ともを安全に下城させ、播磨までお送りしよう。
もし同意がない場合はしかたがない。才太郎ごと押し込めて、討ち果たすまでである」と、
一度はなだめ、一度は怒って言い送ると、鈴木・秋山はさすがに命が惜しくなって、
おめおめと才太郎を清水に返した。
清水は息子を受け取ると二人を下城させたが、すぐに鈴木・秋山の首を打った。

このように、昨日まで味方であった者が、今日には敵になっている。
人の心は定まらず、あっという間に移り変わってしまうので、
またどんなことが起きるのだろうかと、安心できる日はない。
上月表の長陣はいったいどうなるのだろうと、夜討ちをさえやり遂げたならば、
勝利も早くつかめるのにとそう思わぬ者はなかった。


以上、テキトー訳。

ふふ、清水が約束を違えて鈴木・秋山の首を刎ねたのも、
戦国の習いなのだからしかたがないのだよ……悲しいけれどこれ戦争なのよねってことかぁーッ!
うむ、まあやってよし。
妻子のピンチと聞いてすぐに清水を下国させる両将もいい上司。
どこぞのブラック会社は見習いなさいよ。 ※うちの会社ではありません

最初の話、元長の近習衆が活躍する話は個人的に好きです。
いいぞもっとやれ。
堪え性のない荒木さんといい、やっぱり吉川衆は血の気が多くて好きだ。
吉川家のノリ、いいなぁ。
あと杉原さん、敵の忍びの処分を任されて、下手に命を助けたりせずに、
すっぱり切って捨てるのはちょっと惚れるね。
非情というか、自分は自分のやるべきことをやる、みたいなかっこよさがある。
語彙が少ないのでうまく表現できんのだが。

この話で興味深いなぁと思ったのは、忍びの人の暮らし方だよね。
兵糧持ってきてないんかい、というのは置いといて、
草を刈ってそれを売って銭を得て、店屋で食事を買う…・…ん、店屋!?
陣の近くか陣中か、そのへんに店屋が出てたってことだよね。
そういえば立花の陣でも、風呂屋の描写があったような。
こういうのを見るにつけ、戦争ってのはつくづく経済活動なんだなぁって感じるね。
ちなみに胡餅ってのは、厳島合戦のときの陶さんの最後の食事になってたのでちょっと調べたところ、
小麦粉を水で練って焼いた、硬いパンのような糧食らしい。
油糀はあんまりよくわからんす。テンプラの衣部分のみ、みたいな妄想。
私はお米がいい。お米のみたい。

さてさて、次はいよいよ上月合戦!
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