FC2ブログ
2012-12-08

恋の作法(ただし戦国)

いやはや。昨日は広家の誕生日(西暦)&結婚記念日(西暦)だったので
しこたま酒を飲んできたよ!
嘘です。ただの忘年会です。なんでこんな日に限ってorz

そうそう、吉川家コピペ改変botを製作したので、
そのうちPCサイト上のツイッターリンクは、そちらに切り替えようと思います。

さて陰徳記、全然終わる気配のない神西の女房の話。
これまでのあらすじ:
上月城で切腹した神西の女房は、自分も一緒に死ぬと言い張ったものの、
夫に必死に説得されて、京都へと上り尼となった。
勾当という出身国の同じ知己を得、四方山話をして悲嘆を慰めていたが、
あるとき勾当の知り合いで信長の馬廻の男、不破という者がこの女房を見初めた。
不破は恋の病にやつれ、このまま死ぬよりはと一大決心をして、勾当に手引きを頼むことに決めた。


神西の女房のこと(4)

勾当はすぐに対面して、「最近は公事が忙しくてお暇がなかったのですか。
なかなか連絡ももらえなかったから、どうしていらっしゃるのかと心配しておりました。
今日おいでくださって、まことに嬉しい」と客人の不破を招き入れ、四方山話を始めた。
なんとなく、男の話す声が力弱く苦しげだったので、
勾当は「おや、もしかしてお加減がよろしくないのですか。お声に少々元気がありません。
私は目が良くないので、あなたのお姿の様子はよくわかりませんが、
苦しそうなことはよくわかります」と言った。

不破は、話を切り出すのにちょうどいいと思って、
「そうなのです。不思議なことがあって、重い病を身に抱えてしまいました。
あなたがそう仰るので、『色に出にけり、我が恋は、物や思ふ』と詠まれた歌を思い出しました。
そうそう、過日ここへ罷り越したとき、西の庇の方から女の声が聞こえてきて、
読経や念仏をしていたので、どんな者だろうと思って垣間見たのです。
その女人は、尊げに仏を飾り、弥陀経を半分開いて忍びやかに読んでいました。
その様子は、『音に聞く松ヶ浦島今日ぞ見る むべも心ある海士は住みけり(後撰和歌集)』
と詠まれた歌のようで、つい見とれてしまったのです。

するとその人は『我をともなえ山の端の月』と独りごちて涙を流したのです。
おそらく深い嘆きに身を沈めているのだと思いますが、
いったいどのような人なのですか」と尋ねた。

勾当は、「あれは、出雲の国の住人の神西という人の妻でしたが、
夫は播磨の上月の城で自害いたしました。
夫との別離を悲しんで尼になり、いつも仏の御名を唱えて、
夫の後生善所を祈っていらっしゃるばかりです。
私とはとある縁があって、よくここにも出入りしています。
なんともありがたい話し相手ができたものです」と答えた。

不破は「では今は夫がいないのか。人妻であれば、どんなに心を寄せても甲斐はあるまい。
夫と死に別れて独身だというのは嬉しいことだ」と思って、勾当に近寄った。
「なあ勾当殿、頼みたいことがあるのです」と言うと、勾当は「何事です」と答えた。
「私はもう重病にかかっていて、長生きできるとも思えません。
けれども私の命を助けてくださるか、はたまた殺すかは、勾当殿のかかっているのです」
不破の言葉を聞いて勾当は胸が騒ぎ、
「私は天を司る命星ではありませんから、人の命を生かすか殺すかは、
心のままにできることではありません。いったい何を仰るのですか」と言った。

その男は「いやいや、先ほど申した女の姿を垣根の隙間からたった一目見たときから、
静まることのない恋とかいう病が身にひしと取り付いてしまいました。
寝れば夢に見、覚めれば会うことができたとしても、
一人誰も知らないところで想い焦がれているだけでも悲しいというのに、
私の場合はあの人の面影はたった一度見た記憶の中。
私の心の苦しさを、わかっていただけるでしょう。

昔の世の聖人でさえ、時には失敗することがあるというのに、
私のような愚かな者が、このような道に迷っているのを哀れと思っていただけませんか。
もしできるなら、私とあの人の縁をつないで、私の命を助けてください」と、
涙もぬぐわずに掻き口説いた。

勾当は、「これは思ってもみない仰せです。
あの女房は、夫に先立たれた嘆きのためにというのはもちろんのこと、
このようなことを耳にしないようにと、ああして出家なさったのですよ。
そのうえ仏の教えに身を任せ、修行に精を出しているというのに、
それを妨げるなど、釈迦牟尼如来の御心を損ねてしまうばかりか、
三世の諸仏の罰を蒙ることになりますよ。ああ恐ろしい。

今生の恋慕が罪深いばかりか、将来は阿鼻大地獄に落ちてしまいます。
それを悲しいとも恐ろしいとも思わないのですか。
こんなことを仰せになるなら、この勾当にもこれからは会いにこないでください。
あの女房の弥陀の誓願に願をかけ、安養不退の仏の国へ往生したいと思っていたのに、
こんなどうしようもない頼みを引き受けて、ともに邪淫の罪を身に受ければ、
釈迦仏が八相成道をなそうとなさったときに、
大六天魔王が淫らな女の姿に身を変えて邪魔をしようとしたことと同じになってしまいます。
こんなひどいことをする人とも知らずに、これまで親しくしてきてしまったとは、
とても悔しい」と言った。

男は大いに腹を立て、「私はもうこんな思いには堪えきれずに、
露ほどの命を全うできるとも思えなかったのだ。
釈迦牟尼仏の御心を損なうならそれでいい。三世の諸仏の罰だって、当たるなら当たればいい。
一目見た女と一夜の契りを結べれば、たとえ身は粉になったとしてもかまわない。
どうしようもない恋路に犯されて無駄死にするのもどうせ同じ道だ。
こうなったら勾当殿を刺し殺し、またあの女房も我が手にかけて、
今生は縁がなくとも、来世では同じ蓮の台に座る縁を作ってやろう」と、
一度は怒り、一度は言葉を和らげて言った。

勾当も「これではとても断りきれない。
いやだといえば自分の命も失われ、彼女にもつらい目にあわせてしまう。
それではあまりに悲しい」と思って、
「そうですか。それほどまでに思い入れていらっしゃるか。
今ではかえってあなたの心の中が痛ましく感じられます。
では、かなわぬまでも、彼女に少しばかりこのことを知らせることにしましょう。
まず文をしたためてください」と言った。

男は大いに喜んで、あの晩にほのかに見た有様、
この気持ちが本気だということを、心の限りに書きつくして、
「海士の住む浦の初島わずかにも見しより濡るる我が袂かな」と詠んだ。

勾当はこの玉書を懐におさめると、すぐにその女房に使いを出し、
「最近はお互いに連絡も絶えておりました。
そのように引き籠ってばかりいるより、こちらにいらっしゃいませんか。
その方が、物憂い気持ちもいくらか晴れましょう」と伝える。
女房は、「尋ねてくる人もいないのに、
勾当がこうして折につけ絶えず連絡してくれるのは、本当にありがたいこと。
これまでは冬立ちの時期の常とはいいながら、時雨の誘い引く軒の木の葉が
ほろほろと落ちるのを見ては袖を涙で濡らし、
板間に吹き込む霰の夜に一人寝ていても夢さえ見なかったから、
物思いばかりがいや勝って籠もっていたのだけれど。
せっかく呼んでいただいたのだから、おうかがいして人に会い、
物思いを慰めることにしましょう」と、すぐに勾当の宿へと赴いた。


以上、テキトー役。終わりが見えにゃい。

へぇ、勾当、盲人だったのか。
それはそれとして、この不破って男はもうwww
いや、現代でもこういう人いるし、よく身内を人質にしての立て籠もり事件なんてのもあるけど、
似たような行動原理というか思考回路なんだろうなぁ。
人間なんて、時代が変わってもそう変わらないものなんだね。
このころの思想としては、古代の人は聖人で、
時代が下るにつれ人間は劣化していった、みたいな認識なんだっけ?

なんかとんだ修羅場がこの後も続くけど、
まぁなんとなく読んでいくよ。
早く合戦シーン来い!!!

そうそう、今日覚えた言葉。
「くじのたふれ」【孔子の倒れ】孔子(こうし)のような聖人君子でも、ときには失敗もするということ。
へぇ……(・∀・)
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
訪問者数