--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-12-26

宇喜多の動向

だいたいの流れ:
織田と毛利の初の睨み合いが終わったが、ほっとする間もなく、
宇喜多直家・南条元続らが信長に寝返ったことがわかり、
元春たちはその対応に追われていた。
元春は北方で南条との宥和をはかり、また美作の宇喜多領を攻めたが、
一方で隆景は、擦り寄ってくる直家と再び交友を始める。

元春「解せぬ」

というわけで、本日は短い章二本立て。


宇喜多、升形の城を取り囲むこと

宇喜多和泉守は、明石・岡・長船といった家之子郎党たちに向かって、
「先日は元春に荒神山の城を攻め落とされ、とりわけ主力の兵たちが大勢討たれて無念でたまらない。
高田の城に付城を構えて攻め落とそうと思うが、どうだ。
そうなればまず升形の城を一気に攻めて乗り破りたい。
そうすれば高田も攻めずに落ちよう。
いずれにしても、荒神山の返報を思うさまにして、我が欝懐を晴らし、
また討たれた者たちの供養としよう」と言って、総勢二万余騎で高田表へ打って出た。

直家は、升形の尾首へ打ち上がって陣を据えた。
城中には吉田肥前守に、検使として元春から森脇一郎右衛門尉が添えられて籠め置かれていたが、
いずれも劣らぬ剛の者たちなので、寄せ手の大軍に少しも臆さず、
わずか五百余騎で静まり返って待ち受けていた。
直家が「いざ、この城を一気に攻め落とすぞ」と言うと、
弟の七郎兵衛尉忠家は、「吉田・森脇は、死を一途に思い定めていることが、
外から見てもわかります。この城は易々とは落ちないでしょう。
たとえ無理に攻め破っても、味方にも死人や怪我人が大勢出てしまいます。
今回は兵を引き上げてください」と諫めた。

直家はこの意見に同意して、高田近辺まで退却した。
城中は十死を逃れて一生を得ることができた。
こうして直家は高田に陣を据え、また荒神山を接収して、花房助兵衛を入れると、
升形・祝山の両城を攻め落とすべく謀略を練り、会稽の恥を雪ごうとしていた。


塩屋左介討ち死にのこと

さて美作の国の祝山には、熊谷伊豆守信直の四男、三須兵部少輔と、
塩屋豊後守・その子左介・同杢助らが籠め置かれていたが、
二の丸に籠もっていた猪俣平六がたちまち心変わりしたので、この城はもう保てないかに見えた。
しかし三須・塩屋父子は無二に戦死の覚悟を決め、
猪俣と鑓を合わせて、ついに二の丸から追い出してしまった。
その後花房助兵衛尉が荒神山から打って出てきて、何度も競り合いをしたけれども、
三須は大強の者なので、戦のたびに勝ちに乗った。
こうなると一揆勢まで鬼神のように恐れるようになって、近郷の者たちはその武威に服した。

あるとき祝山から塩屋左介が出てきて、里の中にあった風呂に入っていたが、
中間一人に十文字鑓を持たせただけで行った。
人は皆、「無駄に風呂に入るものじゃない。
もし敵が出てきたら、たちまち討ち果たされてしまうぞ」と制したけれども、
左介は自分の勇を過信して、「ここ数年備前尾の者たちとは何度かやりあって、
手並みのほどは見せてある。左介と聞けば五里も十里も逃げていくだろうさ。
私に立ち向かってこようとする者など一人もいるものか」と、散々に荒言を吐いて出かけた。

このことを、半納(境目の土地で対立する領主に半分ずつ年貢を納めること)の土民たちが
花房助兵衛尉に密告すると、助兵衛尉は大いに喜んで、
すぐに精鋭二百余人を荒神山からヒタヒタと下してその風呂屋を取り囲んだ。
塩屋はこれを見て、「荒神山勢などたいしたことない。
私の手並みは日ごろからよく知っているはずなのに、性懲りもなく来たものだ」と言って、
白い湯帷子をもろ肌脱いで、十文字を引っ提げると突いて出た。

寄せ手はこれを討とうと渡り合ったが、ここかしこで十三人が突かれてしまうと、
あとはあえて近付こうとする者もなく、ただ遠くから矢を射掛けてきた。
塩屋は「こんなところで空しく射すくめられて死ぬのも口惜しい。
私が十文字を持っているから、敵は恐れて近寄ってこないのだ。
仕方ない、これは打ち捨てて太刀で切り死にしよう」と思ったのか、
十文字を投げ捨てると太刀を抜いて仁王立ちになり、
「備前の臆病者ども、鑓は捨てたぞ。さあここに集まって生け捕りにしてみろ」と叫んだ。

敵が大勢集まってきたので、塩屋は太刀で数人切り伏せたけれども、
敵は鑓数十本で突きすくめてきた。
塩屋の心は勇ましかったものの、地面を掘って地中に入ることもできず、
点に飛び上がることもできないので、ついにそこで討ち取られてしまった。
首は、花房の郎党の難波六右衛門というものが打った。

花房は、「このような勇士は、今の世では見たことも聞いたこともない。
昔の物語の中にしかいないと思っていた」と大いに感心し、
その日の夕方に、死骸を父の塩屋豊後守へと送り届けた。
左介には勇があり、花房は情け深いと、人々はそれぞれに褒め称えあった。


以上、テキトー訳。

前の章で隆景と直家が仲良くしてたところだったのに、どういうことなの。
直家は隆景とは手を結んで、元春とはガチで戦争する気だったの。
とはいえ、これらの物語は時系列どおりに描かれているわけではないのよな。
手を抜かずにまじめにお勉強しろって話ですなハハハ……_ノ乙(.ン、)_

ところで、やはり登場しました花房助兵衛尉さん!
この人は広家と仲がよかったらしく、書状も残ってるね。
宇喜多騒動だか秀次事件だか何やかやのあおりをくって
東国に左遷されてたときがあって、そのときの書状。
その後も大坂の陣で広家らと徳川のつなぎに活躍したようで、
おそらくその当時のものと思われる黒田長政からの書状に、
「花房助兵衛尉のところで落ち合おう」みたいなことも書いてある。
これだけ仲良くしていると、やっぱりかっこよく描かれるんだなw
いや、実際かっこよかったのかもしれないけど。

左介はね……どうしてそこまでして風呂に入りたかったのか。
というかみんなお風呂大好きなの?
これまでもたまに風呂ネタ出てきたよね。
元春も敵地で信用できない国人のところに泊まったとき、
風呂で無防備なところを襲われるかもしれないというのに、
警備を厳重に固めてまで風呂に入ったしw
お風呂大好き吉川勢……もうみんなで温泉旅行にでも行ってしまえばいいのに!
のぞきたい! あわよくば背中を流したい!!!

あらぶるのはここまでにして。
さてさて、次章も直家と南条に悩まされる元春だよ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
Twitter
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。