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2013-03-08

OKITSUNE~天野メモリアル~

うふふ、すごくぐったりしてるわけですけれども、
こりゃ一週間の疲れもあるかも知れんけどだいたい花粉のせいだろ。
今日は凄まじかった。軽症の私でもひどいことになった><
皮膚まで痒くなるもんなんだねぇ……

元気を出すため、陰徳記。
流れとしては、元春の吉川家相続→興経の布川隠居→
元就が興経に不穏な動きありとして熊谷信直・天野隆重に興経討伐を命じる。
といったところ。
前の章では、興経の手の者で、腕の立つ手嶋という男が吉田に呼び出され、
そこで討たれるはずだったものの危うく逃げ出して命を拾った、というもの。

今日は、興経討伐を命じられた男たちが話しをしているところだよ。


興経、弓馬の噂のこと

さて熊谷・天野は三入の観音寺という寺に集まって興経を討つ策を練っていた。
天野は言った。
「信直もご存知のように、興経は力量が人より優れているだけでなく、
屈強で早業・軽業も達者、弓馬の達人、打ち物の名人です。
たとえ数千人で攻めたとしても簡単には討ち果たせないでしょう。

あるとき新庄の西禅寺の門前で競馬があって、私も行って見物していました。
興経の手綱さばき、猿が梢を渡るよりもなお自在に見えました。
興経に、『噂に聞いている曲馬を見せてもらえませんか』とねだったところ、
『たいしたものではないが』と言いながらも見せてくれました。
馬の草寸に仰向けに寝て鎧をはずし、鞍つぼに膝を組んで早足で走行させたり、
あるいは二頭の馬の間にぶら下がって、地面に置いた扇子や鼻紙を拾ってみたり、
または鞍の上に立ったまま全力疾走させたりしていました。

こういう芸はそう珍しくもないので、興経だけの得意技ではないと思って見ていたのですが、
興経は馬の腹帯を胸に抱えて解き捨ててしまうと、まっすぐに駆けてきました。
そして私の目の前でひらりと飛び、二、三間ほどのところにすっくと立ったのです。
いったいどういうことだと見てみると、馬は遠くに駆け去った後でしたが、
主の興経は、鞍と鐙を両足の間に挟んで立っているのです。

また、鞍を置いてある馬を一頭、馬場から出して、声を上げて手を打ちながら追うと、
馬はこれに力を得て、千里を一気に駆け抜けようと速度を上げます。
興経は道のわきに立って袴を高くたくし上げていましたが、
馬が自分のそばにやってくるとひらりと飛び乗ったのです。
アッと思って見ていると、蝶や蜻蛉が草葉にとまるよりもさらに軽々と鞍つぼに腰を落ち着けられました。
『これは人間業ではない。天狗が人に化けてでもいるのか』と、
思わずぽっかりと口を開けてしまいました。

それから興経は私と一緒に館に帰り、饗膳を用意してくれて酒肴を重ね、
酒宴もずいぶん盛り上がりいました。
亭主の興経も私もたくさん飲んで、肘を枕に寝転がり、
これまでのことや未来の話などをしていました。
そこに、里に猪が出てきたという報告が入ったのです。
興経は弓と矢を持って出て行ったので、私も一緒に行ってみました。

深い谷の奥に樫の木が群生したところがあり、雪が少し浅くなっていて、
そこに猪が四匹集まっていました。
興経は大雁俣の矢を番えてよく引いて射ったのですが、その矢は猪四匹すべての背骨を射切り、
勢い余って雪に突き刺さったのです。
これは二月の半ばのことで、山々はまだ雪に白く覆われ、里も雪に埋もれていました。

そこに里人たちが兎が一匹を追い立ててきて、裾野へと下っていきました。
興経は走ってこれを追っていくと、二、三町ほどの間で追い詰めて、
その兎をむんずと握って差し上げました。
『なんと恐ろしい早業だろう。とても人間の動きとは思えません』と誉めると、
興経も気分よさそうに笑って帰ってきます。

神鳥が一羽切り株の上にいたので、私は
『興経の弓の腕前はよく見せていただきましたが、どれほど正確に狙えるのかがわかりません。
見てみたく思いますので、あの神鳥を射落としていただけませんか』と言いました。
興経は、『当たるか当たらないかはわからないが、まずは射ってみましょう』と言って
矢頭をとって番え、十六、七間ほどの距離がある獲物を狙い済まして射出しました。
この矢は過たずその神鳥を真っ二つに切り割ったのです。
鳥の首と尾はその木の切り株の上に残ったままでした。

『なんとすばらしい精度でしょう。最近南蛮から渡ってきた鉄砲というものは、
どんな鉄の楯でも打ち砕くそうですが、その鉄砲で撃ったところで、鳥は逃げてしまうでしょう。
今の弓の精度は、鉄砲よりも勝っています。弓精といい、当たりの細やかさといい、
百歩のうちに柳葉を百や二百射抜いたという養由、
我が朝で昔から名高い八郎為朝・能登守教経なであっても、
あなたほどの腕前はないでしょう』と感心すると、
興経はにっこりと笑って帰っていきました。

それから一緒に吉田へと行ったところ、元就と対面した後で、
興経は弓を所望して、すぐに山の片岸に挟物を立てさせました。
興経が弓に矢を番えて射出すと、その挟物の真ん中をズンと射切り、
矢筈を一寸ほど残して岸へと突き刺さったのです。
次の矢は矢筈さえ見えないほど突き刺さりました。
元就も、『これは凄まじい弓の腕前だ』と大いに感心なさいました。
興経は、岸にめり込んだ矢を、たった二本の指で摘んで引き抜きました。
見ていた人は、『興経の力はまさに人間のものではないぞ』と、肝をつぶしたものです。

稀代の精兵と名高い孟賁・夏育さえ子供に見えるほどの勇士なのです。
たやすくは討ち果たせないでしょう。
もし一方を打ち破って逃げられてしまえば、あなたも私もこれまでの勇が無に帰すばかりか、
臆して討ち損じたのだと人に嘲笑われることになります。それは口惜しい。
どのような作戦なら、無事に討ち果たせるでしょうか」

天野紀伊守がこう言うと、熊谷信直は、
「いくら興経であっても、まさか鬼神ではないだろう。
人間として生まれたのだから、そう恐れることはない。
明日の未明に攻め寄せて一文字に切り入ろう。
そうすれば、興経は自分の勇を誇って堪えきれずに庭へ出てくる。
そのとき搦め手から攻め入って家に火をかけ、前後から大勢で長刀を使って囲んでしまえば、
いかに興経が九郎義経の早業・軽業を学び、弁慶・朝比奈ほどの力量があるといっても、
空を飛んで逃げられるわけでもなく、地をもぐっていくこともできないのだから、
すぐに討って取れるはずだ」と言った。

そのとき信直の若党、杉原太郎左衛門は、このころはまだ観音寺の新弟子で、
仏壇の下に隠れてこの話を聞いていた。
「さては元就が、興経を討つようにと、熊谷・天野に命じたのだろう。
こうなれば、私は明日人より先に布川へ行って、
名高い興経という大の勇士と一太刀打ち違えて今生の思い出にしよう」と考えた。
杉原はまだ宵のうちから布川へ行き、藪の中に隠れて、夜明けをいまや遅しと待ちわびていた。


以上、テキトー訳。

興経さん、パネエっす……技量もすごいけど、
「見せてくれ」と言われりゃもったいぶらずに腕前を見せるし、
誉められれば喜ぶし、素直でかわいい。
いい男だなぁ。というのが感想。

しかし天野もよく見てるのな。
今回は天野による興経とのデート回想回かと思った。
あれ、べつに妄想じゃなくて正真正銘のデート回なんじゃね?
二人で飲みすぎて寝転んで話してるとか、いいよね。
もうそれだけでイイよね!!!

さて、そんなにまで親しく交流していた天野が、
興経を討たなければならないとなって、逡巡するでもなく、
「どうやったらこの猛者を無事に討ち取れるでしょう」ときたよ。
冬場の気圧配置くらいのドライさ……微妙に惹かれてしまいまった。

そんなわけで、次の章、いよいよ興経の……(´;ω;`)ブワッ
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