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2013-03-09

安芸の鬼神、死す

だいたいの流れ:
吉川の家を元春に譲って布川に隠居した興経だったが、
元就は興経に不穏な動きがあると見て、熊谷信直・天野隆重に興経討伐を命じる。
また、興経の郎党で腕の立つ手嶋は別に呼び出され、
だまし討ちにされそうだったが何とか逃げ出した。
天野はかつて目にした興経の馬術・弓術の巧みさ、力量を述懐し、
「どうやったら興経を討ち果たせるだろう」と不安に思ったが、
ついにその日が来てしまった。

この章は長いので2回に分けるよ!


興経最後のこと(上)

翌日の九月二十七日の朝、熊谷伊豆守・天野紀伊守は屈強な兵を三百余騎率いて、
興経のいる布川へ攻め寄せ、鬨の声をドッと上げた。
興経は手嶋が帰ってくるのが遅いので、何かあったのかと心配していたが、
そのとき門外から鯨波が聞こえた。

「これは吉田から討手が差し向けられたのだな。それならば一人も残らず射伏せてやろう」と、
用心のために密かに用意しておいた弓を二張手に取り、大矢も取り添えて広縁に出る。
寄せ手が門の外にいるのを見ると、大雁俣を取って番え、大きく弦を引いて射ろうとしたが、
すぐに弦が切れてしまった。
もう一張の弓を出して打ち番えようとしたが、その弦もまた切れてしまった。

興経はカラカラと笑い出し、「これほどまでに運が尽きなければ、
私が人の手にかかることはなかったろう。
天が私を滅ぼしたのだ。人を恨むべきではない」と、弓と矢をカラリと投げ捨てた。
右の手に三尺五寸の青江の刀を提げ、左には二尺八寸の盛家の刀を振りかざし、
広縁の際に突っ立って、敵が寄ってくるのを待ち受ける。

ところで興経の二張の弓の弦が切れたのは、村竹宗蔵という者の仕業だった。
この村竹はまだ若かったころ容貌が非常に美しかったので、興経にいたく愛された。
興経は、村竹がまさか裏切るはずはないと考えて布川まで連れてきていたのだが、
元就様から村竹に対し、「興経を殺してくれれば好きなだけ所領をやろう」と誘いがあったのだった。
村竹は「異議はありません」と了承したものの、興経を討つのはさすがに恐ろしくなって、
弓の弦を切りかけて青江の刀の刃をつぶしておいたということだ。

興経が弓をよそにカラリと投げ捨て、太刀を振りかざしたのを見て、
熊谷・天野は「さあ切り入れ」と下知をした。
寄せ手が大勢乱れ入ってくる。
このとき興経が「今ここに攻めてきたのは、福原・桂か、井上・児玉か」と尋ねると、
真っ先に進んだ兵は「吉田勢ではありません。
熊谷・天野が興経の御首をいただきに罷り越しました。
こう申す私は、熊谷の郎党、水落と申す者です」と言うや否や、切ってかかる。

興経は、「ではおのれらに私の手のほどを見せてくれるわ」と右手の方へ引き、
二振りの太刀を振り上げて甲の手返しにしたたかに打つ。
水落はドウと倒れてうずくまった。
これをはじめとして、寄せ手二十三人が同じところで切り伏せられ、
倒れた人で山ができたので、寄せ手はたまらず門外へとさっと引いた。

興経が盛家の刀で切っていれば一人残らず切り殺すことができただろうに、
寸が長く丈夫な青江の刀を頼みに思ったのか、青江で切っていた。
村竹が刃をつぶしていたので、少しも切れなかったのが残念である。
しかし太刀で打たれて皆倒れてしまったので、興経が切り殺したと思ってしまったのは仕方ない。
打ち伏せられた二十三人のなかで、熊谷の手の者一人が眉間を打ち砕かれて死に、
三人は腕を折られた。また天野の手の者も二人が片手を折られた。
そのほかの者たちはその場ではしたたかに打たれて気絶してしまったが、
後に治療したところ、皆元気になったそうだ。

さて興経は、「雑兵たちは皆追い払ってやったぞ。
こうなったら打って出て、熊谷・天野と相対して勝負を決しよう」と、門外へと切って出ていく。
寄せ手はあちらこちらで数十人切り伏せられ、バラバラと引いていく。
こうしたところに村竹宗蔵が、興経の背後から弓をキリキリと引いてヒョウと射る。
その矢は、興経の腰から小腹へと、貫通しそうなほどに突き刺さった。
興経はどこかおかしく感じたが、寄せ手の方から矢が射られたのだろうと思い、
抜き捨てようとしたがまったく抜けない。

こうしたところに、明石と言う女が走り出てきて、「この矢を抜きます」と言った。
興経は「後ろへは抜けないぞ。前へ押し抜け」と言った。
明石は「心得ました」と矢を前方に押すと、矢先が前方に突き抜ける。
興経は自ら鏃をつかんで前に引き抜き、矢柄は後ろに抜いた。
明石が手拭でしっかりと傷口を巻くと、興経は、
「おまえはこれまで頼りにしてきた若党より頼りになるな。
この志は冥土までも忘れないぞ。
このような深手さえ負わなければ、今ここで討たれることはなかっただろうに」と、
歯噛みをして仁王立ちになった。まるで門前の金剛像が睨んでいるかのようだった。

二宮十郎右衛門という奉行がいて、走り出てくると、
「私はずいぶん年をとってしまって、足も弱っているので、ご活躍の足手まといになりましょう。
今のお怪我はずいぶんと重傷のように見えました。
普通の人であれば、この矢一筋で動けなくなってしまうでしょうに、
少しも気になさっていないとは、これまでの武勇のほどがよくわかります。
しかしもし敵が一人もいなくても、この重症ではお命が続くことはなりませんでしょう。
敵がまた押し返して切り入ってくれば、
もう力も弱り目もくらんで敵の手にかかってしまうことになります。
私は家に火をかけて自害をし、冥土の旅のお供を仕りましょう」と言った。
興経が「神妙なことだ。さあ早く」と答えると、
二宮は「かしこまりました」と言って家の中に走って行った。
それから藁を集めて火をカッと吹き付ければ、あっという間に燃え広がる。
二宮はためらいもなく腹を切って、猛火の中に飛び込んだ。

こうしたところに杉原太郎左衛門は、
興経が傷の痛みに少しよろめいたところに走りかかって丁と切りつける。
興経は真っ向から渡り合って切り結んだ。
そこに、天野紀伊守隆重が「私も普通の人間よりは力が強い。
興経はすでに深手を負っているし、組み伏せてやるぞ」と思って、走り寄って組み付いた。
興経は太刀を持ちながら天野を掴んで投げ捨てようとしたが、
深い傷のために目もかすみ、足もよろめいてしまう。
しかし、世に聞こえた力持ちなので、ついには隆重を組み伏せて押さえ込んでしまった。

隆重の中間の与介という者が走りかかり、主人の上に乗っている興経を刀で二回刺した。
興経が弱ったところに隆重が「エイヤ」と押し返し、今度は上に乗って首を掻こうとする。
そこに熊谷の手の者、末田民部左衛門が駆けつけてきて、首を奪おうとしてきた。
隆重もなかなかの大力なので簡単に奪えそうにはなかったが、末田はまず与介を突き倒し、
それから太刀で隆重の首を少し切った。
隆重が切られて少しひるんだところを「エイ」と押しのけ、
末田は興経の首を押し切ると太刀の先に貫いて高く差し上げる。
「これまで鬼神のように恐れられてきた吉川興経の首は、熊谷の郎党、
末田民部左衛門が討ち取ったぞ」と呼ばわった。

すぐに吉田へと興経の首を持参すると元就様は大いに喜び、勧賞を行った。
さて興経の首は実検にかけられた後土中に埋められ、石を積み上げて墓所が整えられた。
多くの僧が呼ばれて、その後世の供養を執り行った。


以上、テキトー訳。続く。

うおお興経……!!! 立派な最期だったぜ。熱かった。
しかしすごいな。いろんな人が入り組んで物語を構成してるね。
まず、熊谷・天野に興経討伐を命じた一方、興経の側近をたらしこんで謀殺を命じていた元就。
黒い、黒いよ~さすがの黒さだよ。
素直に応じちゃう村竹もどうかと思うけど、二重に興経殺害命令出してる
元就の黒さにはかなうまいて。しかも寵童だった人にだよ。えぐい。
たぶん断ってたら、元就に殺されたと思う、村竹。

村竹がビビッてしまって弓の弦を切り、刀の刃をつぶし、
そして熊谷・天野軍と全面対決! 熱いね!
興経の問いかけに「吉田ではなく熊谷・天野の者だ」と答えたのは水落……
って、えっ? 水落ってとんでもないゴロツキじゃなかったっけ。
下巻でゴロツキっぷりの詳細が明らかにされてるあの人だと思うんだがw
村竹が刃をつぶしてくれたおかげで生き残ったんだねぇ(゚▽゚*)

村竹、後ろから矢を射って地味に活躍してくれてる。
そんでもって女人が活躍! 明石! 名前が残るのも珍しいよな。
この後の足取りも紹介されてればいいんだが、期待はできなそう。
二宮は年老いてもさすがの忠義者だね。

んでもって、興経の首に群がる有象無象。
ちょ、天野さんから奪い首してもいいの!?
首を奪うためなら隆重を殺してもかまわないって感じだったよね、末田。
こういうのは……まあ普通に横行してたんだろうな(遠い目)。

で、今日読んだ分で興経は死んでしまったわけですけれども、
この章はまだ続くよ! 今度は犬登場!
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