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2013-03-19

相良の言い分

これまでのあらすじ:
相良武任は大内義隆の寵を受けて大内家の政道を握った。
しかし大内家重臣である陶隆房は軍事にまで口出しをする相良とたびたび衝突し、
その鬱憤は殺意にまで高まっていた。
これを耳にした武任は、身の行く末を案じて、自分の娘と隆房の嫡男五郎との縁組を望む。
義隆から相良家との縁談の内示を受けた隆房は、
僧から還俗した武任をさげすみ、陶家とは不釣合いだと激昂した。


陶・相良、不快のこと(下)

このことは 内密にされていたが、相良の味方をする人が聞いてしまい、やがて武任に密告された。
相良はこれを聞いて、「五郎殿の舅に、この武任では不足だと、隆房が陰口をたたいたようだ。
陶は当家代々の家之子なのだから、言うことは間違っていない。
しかし婚姻というものは、そのように貴と賤とを選ばなくともいいのだ。
貴賎を問題にするなら、帝の后には同様に帝王の皇女を立てるべきなのに、
代々の摂家や清華家はさておき、羽林名家の息女だとて后や女御になっている。
祇園の女御と名高い方も、もとは水汲み女だったというではないか。

また玄宗黄帝の后である楊貴妃は、楊玄タンの娘だった。
越王勾践の后の西施は樵の娘だというぞ。
最近の例では、義隆卿のご母公は内藤殿の息女なのだ。
義興朝臣にとってはまさしく臣下の息女ではないか。

相良は筑前の国人であり、公方の直の御家人なのだぞ。
最近は大内家の臣下のようになってはいるが、陶などはもともとから大内家の家之子ではないか。
俗姓陶、相良、どっちが優れていてどっちが劣るというのだ。
大内の家人である陶の舅として、公方直属の御家人の庶流である相良は、
過分ではあってもまさか不足ということはあるまい。

そして陶が、私が出家還俗の身でありながら、軍法などの会議に出席することが気に入らず、
仏事などを執り行ってさえいればいいと言ったのは、なおのこと忌々しい。
母の胎内から出家として生まれてくる者などいない。
頭を剃り衣を墨に染めれば出家となり、また還俗すれば武士ではないか。
『江南橘江北枳』だ。名は違っても、もともと同じなのだ。

それに出家だとはいっても、天台山の三千人の宗徒、
南都、三井寺の僧たちなどは弓矢を取っているではないか。
武蔵坊弁慶・筒井浄明・一来法師・五智院の但馬などは古今無双の悪僧だ。
また細川卿の律師定禅・赤松律師則祐もまた出家ではないか。

この武任は、いったんは衣を墨に染めたけれども、代々弓馬の家に生まれている。
還俗した私の勇も智も、隆房に劣ることは絶対にない。
代々武士の家に生まれたと自慢している隆房がこのような陰口をたたくとは、
姿形は武士かもしれないが、心は坊主や比丘尼のようだと思えるぞ」と、非常に立腹した。

これをまた隆房に告げる人がいた。
それから陶・相良は互いに虎狼のように心を隔て、どうにかして報復しようとばかり考えた。
これが大内家が永く断絶する元となった。
「人の評判を耳に入れるべきではない。
もともと仲の良かった者同士でも、かえって互いに恨みを抱く」
という言葉の指し示すものが今更思い知らされるようになった。

武任はいよいよ隆房に対する恨みを晴らそうと考えて、義隆へと言上した。
「陶の領地である周防の徳地三千貫、ならびに小周防は、
昔は南都東大寺・興福寺の寺領でありましたが、いつのころからか陶が申し受け、
その二つの寺には替地として、わずか十分の一にもならない場所を出して知行させています。
これを往古のようにお戻しになれば、
その二つの寺は大内家の武運長久・子孫繁栄のご祈祷を丹精こめて執り行うでしょう。
隆房へは長門の安武郡内を替地として遣わしてください」と強く勧めた。
これはただ、陶の所領を減らすための算段だった。

また相良は杉・内藤とも不仲だったので、武任は義隆へと申し入れ、
将軍から杉・内藤に対して直属の御家人のように笠袋・鞍覆を下賜されたものの、
本人たちに引き渡さなかった。これは興盛・重政が恨みを抱く第一の理由となった。

陶・杉・内藤はそれぞれ武任に対する恨みが山のようになったので、集まると必ず武任を批判した。
「邪臣が内部にいると賢臣が死ぬという。
武任がこの様子だと、我らが殺害されるのは目に見えている。
こうなったら皆一味同心して武任を討ち果たし、これまでの鬱憤を晴らそうではないか。
そうすればそのときは義隆から討手を差し向けられることになるだろう。
そうなったら、是非もなく自害しよう」と一決して、時節の訪れを待っていた。


以上、テキトー訳。おしまい!

ありゃりゃりゃ、なんとまあうまくゆかぬものよ……
いやいや実に、人づてに聞いた自分の評判てのはイヤなもんだよね。
目をつけた二人を仲違いさせるなら、
「誰々があなたのことをこんな風に言っていた」といって双方に悪口を吹き込むに限るね!
絶対使いたくない手段だが。
元就なら平然としてやりそう。
……はっ、もしやこれは元就の謀略によって……!なわけはあるまいがw

ちょっと面白いなーと思ったのは、相良のキャラクターが、
石田三成のイメージとかぶるというか。
私の脳内の石田三成じゃなくて、これまでのフィクションで練り上げられてきた石田像と。
似てるような……似てないかな? あんまり石田を調べてないので自信がない。
というか、主君に取り入って政治を操り政敵を讒言して蹴落とすのは、
古典的な奸臣像ってことなのかな。

ところで相良の娘に懸想した五郎ちゃんはどうなったんですかね。
もう話に出てこないんですかね。
前半のあの伏線は何だったの、正矩!?

さて、話はぜんぜん変わるけど、明日は黒田如水の命日だね!
だから祝日なんだね!(違う)
黒田を調べたいと言いつつ何もしてこなかったから、明日は黒田関係を渉猟したいのぅ(^ω^三^ω^)
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