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2013-03-25

花見にかこつけて墓めぐり

ホントは2月の岩国旅行をアップしたいけれど、心の整理がつきませぬ←ダメ人間w
というわけで先日、東京にある吉川氏関連のお墓めぐりをしてきました。
桜の季節だしね……珍しく外出したくなったのよ。

事の始まりは、瀬川秀雄著『関ヶ原役を中心とせる吉川広家公』を読んで。
瀬川さんは、このほかにも『吉川元春』とかの著作があるのは知ってた。
学習院に勤めて、文学博士になった人らしい。

この『関ヶ原役~』に関しては、関ヶ原の戦いで吉川広家が取った手段を、
それに対する批判を挙げて弁護するといった内容も含まれているのね。
「東軍・西軍、どっちつかずの態度がよろしくない」って批判に関しては、
「広家一身のことであったならば卑怯極まりないが、至上の目的が毛利家存続だったため、
西軍に属しながら東軍に通じていたことは批判されるべきことではない」と断じ、
「広家が動けば西軍が勝利していた」との批判に関しては、
「決戦地とは程遠いうえ、徳川方から押さえの兵も置かれていたので、決着までに本戦場にたどり着けない。
また小早川勢の反逆で勝負が決しているから、どのみち結果は同じ」と言う。
「なぜ徳川本体が目前を通過しているときに叩かなかったのか」という批判には、
「毛利家存続のため、一兵も動かさないという誓紙を交わしている以上、動かすべきではない。
これは高松の陣で元春・隆景が秀吉に対して取った態度と同じである」とする。

もうね、広家スキーの端くれとして涙がこぼれた。
これはいつか、瀬川先生のお墓参りに行かねば!と思い立ったところ、
調べてみたら意外に近くにお墓があったんだよ。東京に。
それは、谷中霊園!

というわけで瀬川先生のお墓!!!
DSCN1023_convert_20130324211357.jpg
上野駅から歩いて行ったけど、折りしも花見客の混雑で、
上野駅は改札出るまでに時間かかった~!
それだけの混雑でも見る価値あるよね、上野公園。
人ごみを外れて谷中墓地へ。
ここも桜通りがあるから、花見客は多い。
管理事務所で墓所マップを入手して、いざ瀬川先生の墓参りに。
お墓に番地がついてて、マップもあるから、方向音痴の私でも難なくたどり着けました。
瀬川秀雄文学博士のお墓は、「乙10号22側」。
手を合わせて、博士の本に出合えた喜びと、お礼を念じてきました。

瀬川博士は、広家公が大正に入ってから官位を追贈されたことで、
広家に関する関ヶ原当時の誤解が解けたと著述されているけれど、
まあそんな簡単にはいきませんわな。
いつか広家公の事跡が認められんことを、私も祈っています!

んでまた、瀬川博士のお墓を調べていて行き当たったのが、
同霊園内に点在する吉川氏・岩国関連の人々のお墓。
ついでとは言わないけど、知識不足は大目に見てもらって、
わかるところだけ回ってきました!

吉川重吉さんのお墓↓
DSCN1028_convert_20130324211447.jpg
時代は下って、明治時代の吉川氏ですな。
幕末の岩国藩主、吉川経幹の子であり、最後の藩主となった経健の弟。
ハーバードに留学して外務官僚を務めたという、華々しい経歴。
彼が亡くなったときには、墓のそばに番小屋が建てられて、書生たちが50日間も寝ずの番をしたとか。
番地は、乙12号2側。

その右隣にあるのが、「吉川家之墓」と書かれているけれども、
重吉さんのお子さんの重国さんのお墓、らしい。
まさか東京で「吉川家の墓」にお目にかかれるとは……感激。
てなわけでパチリ。
DSCN1036_convert_20130324211716.jpg
とても静かなところで、押しかけて写真を撮らせてもらってるのが申し訳ない。
「岩国に行ってきましたよ。いいところですね」
「吉川氏がすごく好きなので、もっと調べたいです」
「八幡さんへの寄贈も拝見しました」
などと、とりとめもなく語りかけてみましたw
あまり前知識がなくてホントすみません><

吉川さんのお墓からは、桜並木がきれいに見えて……
DSCN1038_convert_20130324211901.jpg
この景色を見ながら眠れるとは、ちょっとうらやましくなったなぁ。

ちょっと気になったこと。
重吉さん、重国さんのお墓の囲いの中に手水鉢があったんだけど、見たことない家紋!?
DSCN1034_convert_20130324211621.jpg
これは……オモダカ?
とすると、毛利宗家から贈られたんでしょうか?
微妙にうねった、なんとも洒落っ気のあるオモダカで、かわいかった(*´∇`*)
後ろで灯篭が倒れたままになってるので、修復されることを祈ります。

そのほかにも、岩国ゆかりの人々としては、
玉乃世履初代大審院長(甲9号17側)、
藤岡市助工学博士、新庄吉生さんなども、谷中霊園近辺にお墓があります。
藤岡博士・新庄さんには、今回はたどりつけなかったけど、いつかリベンジ!
私が気付いてないだけで、まだ他にもいろいろある気がする谷中霊園。
とにかく、眠っていらっしゃる方々には、お騒がせして申し訳ありませんと言うほかないな……
静かに手を合わせることは許していただけたら……と思うのです。

是非また訪問させてください!
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