--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013-03-30

元就「大内方は消毒だ~!」

だいたいの流れ:
陶隆房は大内義孝への反逆を決心し、居城に隠居しながらも、
九州の大友宗麟・安芸の毛利元就らを抱きこむため、調略にいそしんでいた。
大内方からも協力の要請を受け取った元就は、
大内・陶のどちらにつくか、一族・重臣・同盟関係にある国人衆を集めて会議した。
そこで、陶に味方して大内を滅ぼした後、陶が滅びるのを待つ、
という結論に達した。


安芸の国頭崎の城が明け退くこと

元就様は、陶に味方した証がなければならないと考え、
平賀新四郎隆保が籠もっていた頭崎の城を攻めるため、
天文二十年七月(八月か)七日、その表へ出張した。

この隆保は小早川正平の叔父、常平の次男であったが、平賀太郎左衛門隆宗が養子に迎えた。
隆宗は陶に志を通じていたので、隆保は養父の隆宗に向かって、
「私があなたと父子の契約を固めてからというもの、
実の親よりもなお深く慈しんでくださいました。
それは天よりも高いものです。
しかし今、隆宗と分かれて陶に背き、大内に味方していることは、
不孝のきわみであり、五逆の罪を免れることはできません。

また国中がすべて陶に同心しているところに、私一人が大内に与したところで、
どうやって功を立てられるというのでしょう。
これは石を抱いて深淵に入るような自殺行為です。

しかしながら、私の父の常平は、
先年尼子民部大輔晴久が当国の吉田の城を取り囲んできたときに
戦利を失って敗軍しましたが、尼子に与して切腹いたしました。
そのとき私も殺されて当然だったのに、義隆卿がご憐憫を垂れてくださり、
命を助けてくださっただけでなく、隆宗と父子の契約ができたのも、
義隆卿のお口添えあってのことなのです。
隆宗のご芳志は言うに及びません。

ですから、私は義隆卿に命を助けていただいたので、
このご厚恩に報いるために命を捨てようと思います。
絶対に、隆宗に対して恨みを抱いているわけではありません。
不孝者と呼ばれることだけが口惜しく思います。

義隆が命を助けてくださった恩に報いて節を守り義に死のうと思えば、
慈しみ深い隆宗に対しての不孝になり、五逆の罪人となってしまいます。
また父に孝を尽くそうとすれば、義隆に対して弓を引き、矢を放って、
恩を仇で返す不義の名を後世に残すことになります。
これでは子孫の立つ瀬がなく、私の名にも傷がつきます。
何が是で何が非なのか、よくわかりません」と、涙に咽んだ。

隆宗は、「おまえはさすが、常平の子で、私の養子だ。
おまえが義隆卿から蒙ったご恩は言葉に尽くせない。
それに報いるために、強い陶を捨て弱い大内に与するとは、
義といい勇といい忠といい、どれもひとかたならぬものがある。
おまえのような人間を、仁義の勇士というのだろう。

私もおまえと一緒に死ぬべきなのだろうが、大内からさしたる恩を蒙ったことはない。
だから陶と一味して、平賀の家が続くように謀略をめぐらさなければならない。
おまえが大内に属すのは、まったく不孝などではない。
義を守って戦死しようとは、実に私の自慢の息子だ。
よいか、立派な戦をするのだぞ」と言った。
隆宗と隆保は互いに涙を押さえながら東西に分かれていった。

これが最後の別れだったとは、後になってからしかわからなかった。
隆保は武勇が優れているだけでなく、また心栄えも優雅な男だったので、
いつも柳原大納言資定卿を師として山口に下り、歌の道を学んでいたが、
今回討ち死にすると思い定めていたので、師に送った手紙の最後に、一首の歌を詠んだ。
「吹く風にたまりもあえぬ朝霧の消えての後の世をや頼まん」

さて、敵勢は山々に陣取り、まずはそれぞれの持ち場を決めて遠攻めにしてきた。
敵が次第に責め近づいてくると、
隆保は「城中の兵を残らず繰り出して、一戦して快く死のう」と言ったが、
家之子郎党たちは、「まずはここを去って槌山にいる菅田たちと合流し、
それから一戦なさいませ」と諌めた。

隆保はそれに同意し、八月二十七日に頭崎の城を出て西条槌山に入った。
それから菅田越中守・同三郎左衛門・大林和泉守などと一緒になって、
しばらくは山口の合戦の様子をうかがっていた。


以上、テキトー訳。

えっと、つまり、平賀隆宗にとってみると、
「義隆から押し付けられた養子を闇に葬るチャンス!」
ってことなんじゃないかと……ゲフンゲフン
いくら戦国時代は一族を二つに分けて、どちらが勝っても家が続くようにするのが
生き残りの秘訣だよ☆といったところで、このケースはなんか違う気がする。
隆宗「おまえは義隆に恩があるけど、私は大して恩ないし~」って、
ドライすぎるだろw
なんてまあ、うがった見方をしちゃいけないんだろうなw

しかし元就も、行動が早いね。
義隆捨てると決めたら、とっとと大内方攻めるんだもんな。

さてさてお次は、いよいよ山口の戦況……オラわくわくすっぞ!
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
Twitter
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。