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2013-04-10

悲劇の始まり、真の黒幕

だいたいの流れ:
陶隆房は、大内義隆が相良武任を重用して、
大内家譜代の重臣たちが軽んじられたことなどから義隆・武任らと仲違いし、
ついに挙兵して、義隆を大寧寺にて自害せしめた。
ちなみに毛利元就はさっくり陶側についたよ!

さてさて今回は、「実はこんな真相があったんだよ~」というお話。
いまさらそんなこと言われても!

微妙に長いので2回に分けるね!!!


陶入道、杉重矩を討つこと(上)

陶尾張守は近国では無双の勇将だったが、この人には生まれつき深謀遠慮がなく、
きわめて腹黒い男だった。
取るに足らない者の虚言であっても、聞くや否や怒り出してしまい、
人が弁解しようともまったく聞き入れることをしない。
それがいつもの態度で、これはもはや業病のようなものだったので、
根拠のない讒言を信じ、主君義隆卿を殺したばかりか、
自分自身も神罰仏罰を蒙って易々と討ち取られ、子孫も永遠に断絶して、
暴虐の名を先年の後まで残すことになった。浅ましいことである。

その話を紐解いてみると、相良遠江守はもともと才知や芸が人よりも優れていたために、
都督義隆卿は何でも相良の裁量に任せていた。
だから大内家の諸侍たちは皆相良武任の肥馬の塵を望むようになった。
相良自身には驕りはなくとも、杉をはじめとした大内家の重臣たちよりも権威が高まってしまった。

杉・青景たちはもともと賢者を妬み能吏をやっかんで、すぐに排斥したがる者だったので、
ましてや武任のような佞臣の権威が自分以上に高まったとなると、これを深く恨みに思った。
杉・青景らは、「今、当家の重臣のなかで相良を滅ぼせる者として、
陶尾張守以上の者はいない」と考え、
さまざまに相良のことを讒言して、陶に相良を殺させようとした。
このせいで、相良が滅びただけでなく、杉も滅び、陶も滅亡し、
大内家が永遠に断絶してしまった端緒なのだという。

杉・青景は、義隆卿に出仕して帰るときには必ず陶の館に足を運び、
「相良武任め、今日は屋形の御前で尾張守のことを讒言していましたぞ。
こんなことを言っておりました」などと、聞いてもいないことを口に任せて言うときもあった。
また「武任はこのような証拠のない罪を尾張守のことだとしてでっち上げ、
義隆卿の御前で申していました。
実に『虎狼も何ならず』と歌に詠まれたことも、今のようなことなのでしょう」などとも言った。

しかし陶ははじめのうち、「仰せはもっともですが、
養父の道麒入道は、『主君がたとえ主君らしくなくとも、
おまえは絶対に臣の道を固く守るように。
この入道が死んだら、念仏の一遍もいらない。僧の供養もいらない。
ただ、主君にお仕えして、ほんの少しの間も忠功の志を忘れるなよ』
といつも申されていました。

私としては、いかに武任が讒言したとしても、私はそれを問題にしたくありません。
ただ忠義と功名だけを心にかけることにします。
義隆卿も武任の讒言を信じて、私を滅ぼそうとするはずがありません。
主君は日々孔孟の道に心を傾けていらっしゃるから、政道も陽光のように明るいのです。
かえって讒言をする武任のことを、器が小さいと憎むことでしょう」と、
少しも杉・青景の虚言を信用しなかった。

杉伯耆守も青景越後守も打つ手がないかと思われたが、
義隆卿のそばから離れずにいつも近侍している堺の紹閑という数寄者がいたので、
まずは何となく親交を重ね、仲良くなると杉・青景らと兄弟の契約をして、
骨肉同胞のように昵懇になった。

その後杉・青景は、「それにしても、あなたは相良武任の驕慢ぶりを憎いとは思われぬか。
きっと当家を滅ぼすのは武任だと思うのだが、あなたはどう思う」と探りを入れる。
その茶の湯入道は、「私も実にそのように思っていたのですよ。
武任は自分の才智を鼻にかけ、また主君の御前をいいことに、
人を人とも思わずに、何でも好きなように振舞っています。
私のような者でさえ武任を憎いと思うのに、ましてや当家の重臣の皆様は、
さぞ憎々しくお思いでしょう」と答えた。

杉・青景はついに好機がやってきたと考えた。
「あなたは陶尾張守のところに行って、相良が主君の御前で尾張守を讒言していたと言ってほしい。
あなたは相良の讒言を聞いていないかもしれないが、我ら二人は何度もそれを聞いているのだ。
それに武任はいつも、こんなことも言っている。

『近年の出雲への出陣以来、軍役に金銀を費やし、
義隆卿の金庫が心もとなくなっているのですから、何事も倹約を心がけなくてはなりません。
そうしなければ、主君をはじめとして、
首陽山に登って蕨を採って暮らしたという伯夷・叔斉のようになってしまいます。
戦の役に立たない者は、皆召し放ってしまえばよろしいのです。
今のこのような乱世に不必要なものは、龍福寺の玉堂和尚、
堺の数寄ぶった古入道たち、昌休・宗養の弟子連歌師たち』などと指を折って数えだす始末だ。

きっとそのうちに武任は、自分の言うことなら何でも聞いてくれるからと思って、
義隆卿に何かにつけてこのことを讒言し、あなたを堺へ追い返そうとするだろうと思う。
当家に代々仕えてきた家之子郎党のことばかりか、
あなたのように出家して陸羽・盧同の道を慕う衆のことまで悪く思っているようだ。ひどいものだ。

武任が陶のことを讒言していると、我らから隆房に知らせたのだが、
運の尽きなのか、まったく聞き入れてもらえない。
あなたは陶とも茶の湯の師弟の契約をしているのだから、陶のためを考えてほしい。
それにたくさんいるあなたのお連れの衆のことも考えてくれ。何の遠慮がいるものか。

陶に対して、相良がこのような讒言を構えて、
他人を滅ぼそうとしていることをきちんと話して聞かせてほしい。
隆房は、人のためならば自分の頭脳や目玉を投げ出してでも救おうとする人だ。
きっと悪人を追い払って善人を取り立ててくれる。
これは当家譜代の諸侍のためになるばかりか、
ひいては義隆卿の御家が長く続くための礎となるのだ」と語った。

紹閑はもともと茶の湯の器の入手ばかりに心を傾け、
数寄者の名声を高めることに心血を注いでいたので、
杉・青景から金銀を山のように与えられたことを非常に喜んで、
後の難を顧みずに、すぐに陶の館に向かった。

隆房に取り次がれ、時候の挨拶も終わると、
「お人払いをしてください。少しお話したいことがあるのです」と言い出した。
陶はすぐに伽の者や小姓たちを遠ざけると、紹閑のすぐ近くにいざり寄り、「何事だ」と尋ねた。
紹閑はもともと杉・青景に言い含められたことを、二時ほどまことしやかに語った。

尾張守は、「たとえ本当に武任がそんなことを言ったとしても、
義隆卿はまさかお信じになるまい。しかし、さすがに人の心の奥は見抜けない。
主君は何と仰ったのだ」と問うた。

紹閑は、「義隆卿も武任の讒言を信じて、あなたを誅罰するとお定めになりました。
杉殿・青景殿も、このことを相談されたそうです。
あのお二人は、きっとあなたにお知らせしていないことでしょう。
ただ主君の命を守って、いかにあなたを滅ぼそうかと考えているはずです。
どうか絶対に、このことを世人に知らせて、私を承認だと仰ったりしないでください。
あなたとはこれまで数寄道の指定の契約をしていたからこそ、
自分の身の後難を顧みずにお知らせしたのですぞ」と言った。

陶尾張守は、「ふむ、杉や青景が言っていたことと符合している。
義隆卿が私より武任を重んじたとは口惜しい」と大いに腹を立て、
それから逆意を企て、ついに義隆・武任を討ち果たしたのだという。


以上、テキトー訳。続く。

ちょっとちょっとー! キャラがブレてんぞwww
こういうのを見るにつけ、その人の人格や行動原理なんかは、
当時のプロパガンダや経てきた時代に存在した倫理観、
人口に膾炙されてずいぶん変遷してきたんだなー、などと思いつつ。

今回の話が、陶が杉を討つ大義名分につながっていくんだね。
というわけで次回は、杉さんの最後になるね。
ネタバレは章タイトルで済んでるんだから書いても大丈夫だよねw

どうでもいいけどまたもやちょっとした旅行計画を立てているんですが、
何から手をつけたらいいのか皆目わからねえよ!
寝ろって話だなzzZ
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