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2013-04-22

輝元さんの縁談の進め方③

もう、勢いついでに縁談関連の書状読んじゃおう。
今回は、輝元が竹姫に送った教訓状。
嫁ぐにあたっての注意事項とか、そもそものこの縁談の意義を説明したものだね。


●毛利宗瑞(輝元)教訓書(毛利家文書1186)

 ※この文書は、元和二年七月、輝元から娘に送られたものである

この縁談について、おまえは相手がふさわしくないと思っているかもしれない。
家中の者のなかにも、そのように考えている者もいるだろうが、
私が思うに、それは間違っている。

以前、日頼様(元就)も仰せになられていた。
それにその後、御所様(徳川家康?)も、そのような話をなさっていた。
これは、それに適ったことなのだ。
偉い人の考えることはたいていよいことだから、私はこの縁談を決めたのだ。

そもそも、国を司る者は、まず一番には自分の身を律し、行儀よくするのが肝要だ。
そしてその次に、家中を治め、家が長く続くようにすることが大事だ。
その上で、自身の器量しだいに、他人に国を取られないように心がけ、
また果報があれば自分のできる範囲で他国に戦を仕掛けるものだ。
自分の身と家中がまとまらなければ、何をしてもうまくいかない。
元就も御所様もそう仰っていた。
私は家中の調整が大切だと思ったから、この縁談を決めたのだ。

当家では、秀元・吉川がとくに大事なので、このように運んだ。
そのほかの者では、深謀遠慮というものもなく、通り一遍のことしか考えないから、
一時の欲ばかりを追い求めてしまう。

また、他国との縁辺となれば、思い通りにはならないだろう。
もし東の果てに嫁ぐことにでもなれば、こちらの役には一つとして立たない。
家中が堅固に結束していれば、良くも悪くも、
先祖へのご奉公としてこれ以上のことはないと思って、こうしたのだよ。

一、吉川の家に行くからには、あの家の法度に従うこと。

一、また私が個人的に思っていることは、表には出ないけれども、
  娘はおまえ一人なのだから、手放してしまうことはできない。
  そのうえおまえは生まれつき短気なのだから、
  他国に住むことなどまったくできはしないだろう。
  家中にいれば、よくなっても悪くなっても対策を打ちやすい。
  このことはおまえにも思い当るところがあるはずだ。

一、二人(竹姫・広正)の協力が、ともかく肝要である。
  何か腹が立つことがあっても、ぐっと我慢するべきだ。
  だいたいはそれで収まるものだ。
  そしてじっとこらえて、それでも仲が元に戻らないときは、私に言っておいで。

    付けたり、ここまで申したように、吉川はただの家臣とは違う。
    この縁辺は家中の固めなのだから、生半な分別ではうまくいかないかもしれない。
    家のためだということを心に留めておいてくれ。

一、吉川の家中の衆には、丁寧な物腰で応対しなさい。
  相手が「かたじけない」と思うように振舞うこと。
  その心得が何より大事だ。

一、家中の衆と応対するときに、同じ位の縁辺などのように考えてはいけない。
  少し自分の位の方が上なのだということを忘れてはいけない。
  また、家中でも、その身分や分限によって応対することが大切だよ。

一、女房衆たちも、自分勝手にしたり雑な仕事をしないように、
  内々の使い方を工夫することも大切だ。

一、人が誰かのことを悪く言ってきても、よく見聞きして糾明しなさい。
  人が何やかやと言ってくることに、むやみに腹を立てないように。

一、誰かと会うときには、たとえ腹が立つことがあったとしても、
  穏やかに丁寧に応対しなさい。

一、周りに人がいるときに、退屈そうな顔をするものではない。気をつけなさい。


以上、テキトー訳。

うーん、輝元、やっぱり好きだな。
すげえいい父ちゃんじゃないか。
「夫婦二人で支え合いなさい。腹が立ってもぐっとこらえなさい。
 それでもうまくいかなかったら、お父さんに言いなさい」
ホントこの人、なかなかの人格者だったんだと思うよ!

家のため云々てのは、この時代のこの身分なら当然というか、
取り立てて注目すべき考え方でもないよな。
よく、「この時代の女たちは家のために犠牲にされて自由な結婚も許されず不幸だった」
みたいな論調を見かけるけど、ありゃ個人的に好きじゃない。

①家のために自由を許されなかったのは男も同じだバーロー
②「自由恋愛だけが唯一の女の幸せ」という偏見に満ちた前提に拠っており、非常に不快
③そんな粗末な物差しで、人様の幸不幸を勝手に断じるな!
主に↑この↑理由で、ホントこの論調は嫌い。
でも、歴史学者にもこういうタイプがいるから、たまにがっくりくる。
そういう思潮が当然だった時代もそう遠くないから、仕方ないのかもしれないね。

まあ論文読むときとかには、書き手や編者の背景にも留意しましょうということで。
軍記や伝記も同じことが言えるけど(めんどい)。

そうそう、今回の手紙で面白いと思ったのは、
他国への侵攻が「果報次第、自分次第」という考えのもとに行われていたという点かな。
恨みつらみとか深い欲望のようなものじゃなくて、ずいぶん軽いノリだなオイ。
「手に入りそうだからとりあえず攻めとくか」って感じなんだろうか。
意外とドライですよね……
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