--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013-05-12

閑話休題☆親類刀談義

最近書状に没頭しているわけですが、
正矩への愛が薄れたわけじゃありません。
ただ広家が出てこないからモチベーションが……
そんでもって、以前は読めなかった書状が
だんだんわかるようになってきたのでおもしろくてつい><;
やっぱり書状を理解するには、その背景を把握してないと難しいと痛感したりw

この休日は気になるテーマ二つをどっちつかずな感じで追いかけつつ
おまけに脱線を繰り返していたので、何も進んでいないよ!
ダメ人間だね!!!

てなわけで今回は、脱線中に見つけた広家ちゃんの息子宛書状をば。
たいしたことじゃないんだけど、好きなんだよ、こういう書状。


●吉川如券(広家)自筆書状(吉川家文書1322)

江庵からもらった刀のことだけど、
越中殿(益田元尭)が欲しがっているとの知らせが届いたよ。
飛騨殿(毛利元景)も欲しいって言ってるんだよね。
何度か言われてるのに飛騨殿には譲ってないから、最近は言ってこなくなったけど。

越中殿にこの刀を譲った場合、たとえば
飛騨殿には「無理矢理持っていかれたんだよ」と言い訳したとしても、
飛騨殿は内心恨みを抱くことになるだろうね。
まったく困ったものだ。

だから、両方に譲らないのが一番いいと思うんだ。
「鳥飼」「三原」の刀をおまえに譲ってからは、私が持ってる長脇差はこの刀だけだし。
「いかり切」なんかは短くてね。
ひとつ差す分には、この刀くらいしかない。
おまえからもらった「あおい」は、もう一回か二回は寸を詰めなくては、
どうもしっくりこないんだよね。

越中殿が欲しがるのは無理もないことだけれども、
こういうわけで私は困ってしまっているので、うまいこと断っておいてね。
よろしく頼んだよ。恐々謹言

     七月五日      益庵 如券
         美濃殿(吉川広正) 御返報

なおなお、おまえにも見せたように、代金の高い刀なので特に言いづらいのだが、
三原の末のものなので、その出来や刀の切れ味はすこぶるいい。
薩摩の山男なら八十人をただ一刀ずつで切り殺せるほどの刀だ。


以上、テキトー訳。

書中に出てくる毛利元景は、広家の次兄元氏の嫡子で、
益田元尭は益田元祥と広家の姉の孫……親戚いっぱいで楽しそうだなぁ。
今回は益田元尭から所有の刀を「譲ってほしい」と言われたけど、
以前から甥っ子にも断ってるし、自分が使う長脇差がこれしかないので譲れないという趣旨。
でもなんとなく書面を見てると、元尭にはちょっと譲ってやってもいいな、とか思ってそう。

広家はわりと刀をコレクションするの好きだよね。
当時の武将なら当たり前なのかもしれないけど。
京都で家臣にいい刀を探させて、高価だったけど買い取らせた刀が、
以前信長所用の太刀だったとかね(「振分髪」命名:幽斎)。
減封されて台所が厳しいのに、そうした名品だけは手放さなかったりねw

この手紙のときは広家は隠居の身分で、家宝の刀はみんな広正に譲った後。
ほかの刀は短すぎたり長すぎたりと、注文が多いw
隠居して剃髪してるはずなのに、刀差して歩くんですか広家さんwww

こういう、日常のホントなんてことない話題が好きです。
あぁーもう吉川家とその周辺かわいいなちくしょう_ノ乙(.ン、)_



【追記】
別件で家譜を漁っていたら、この刀のことと思われる記事を発見したので。
この刀は小笠原江庵という人が広家に贈ったもので、銘は「八重桜」というらしい。
そしてこれは、広家が家臣(今田以什)を手討ちにしたときに使用されたそうな。
そして吉見就頼に譲られたのか、吉見家に伝わったらしいよ!
やっぱり刀は美術品である前に実用品であるべきなのね……
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
Twitter
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。