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2013-05-17

益田と経家後裔の縁辺

よし、益田熱が続いているうちに、
もう一件、益田のまとめをしておこう。

まず、元祥と元春娘(七尾局、益田の上)の間に生まれた子供たちを羅列。
・長男【広兼】文禄4年8月12日、20歳で死去。妻は吉見広頼の女、子供は元尭。
・次男【景祥】筑前の国宗像氏の養子となったが連れ戻され、隆景に仕える。
     寛永7年7月13日死去(享年54歳?)。妻は児玉元良女、後室は毛利元鎮女。
・長女【千林?】堅田大和守元慶室。寛永13年12月25日死去(享年49歳)
・三男【家澄】家敬とも。吉川広家の養子となり、後、吉川家臣となる。
     関ヶ原の戦後処理でいったん人質に差し出されるも、
     「甥子の人質に及ばず」と差し戻される。
     妻は福原広俊の女。寛永20年12月15日、岩国で死去(享年54歳)
・次女【室生】児玉淡路守元恒室。明暦元年12月24日死去(享年61歳)
・三女【?】吉川勘左衛門正実室。寛永19年10月4日死去(享年43歳)
・四女【種子】宍戸善左衛門元貞室。寛永3年5月14日死去(享年23歳)

今回読むのは、この三女が吉川勘左衛門正実に嫁ぐ際の、
元祥とその室のお手紙。
この吉川正実は誰かといえば、鳥取尉で秀吉の兵糧攻めに遭い、
見事な切腹を果たした吉川経家の孫なんだね!
秀吉自身も後々まで経家の後裔のことを気にかけていたし、
毛利家中でも、経家の一族(石見吉川家)はヒーロー扱いだった模様。
その正実に、広家は元春の孫(自分の姪)を娶わせたかったんだろうな(*´∇`*)

で、↓が広家の申し入れに対する元祥の手紙ざんす。


●益田元祥書状影写(石見吉川家文書183)

先日この地において仰せ聞かされた私の娘の件で、
(輝元の)内諾を得られたとお知らせくださり、重ねがさねご懇意かたじけなく存じます。
先日も申し上げたように、殿様(輝元)が納得されれば、私は少しも異議はありません。
娘を一人進め上げることにいたしましょう。
この件を(広家に)心得ていただきますよう。
恐々謹言

     二月九日     益玄(益田元祥)
          森志(森脇志摩守)


わりとそっけないけど、取次ぎ役宛じゃこんなもんかな?
↓は、元祥室(広家姉)から広家宛の手紙。


●益田元祥室(吉川氏)消息影写(石見吉川家文書184)

丁寧なお手紙をありがとう。よく見ました。
こちらの五もじ(娘)を一人ほしいということですね。
とにかく私は、あなたのご家中のためになるならば、
何であってもお計らい次第にと思っていますよ。
玄蕃殿(益田元祥)も返事をしていると思いますが、
五もじ二人のうち一人を差し上げることになるので、どうかよろしく頼みます。
ゆくゆくのことも、あなたの御家中にいるとなれば、万事心安く思っています。
詳しくはこの平右衛門殿へ申してあります。それではまた。

     二月九日     萩より わかさ宿
          ひろ家様 参

なおなお、以前玄蕃殿同様に私にも話してくれなかった理由については、
よくよく聞き届けました。


以上、テキトー訳。

最後の追伸の内容は当事者にしかわからんてヤツだけど、
姉ちゃんが弟(広家)のこと信頼してていい感じ(*´∇`*)
それに夫のこと「げんばんどの」って書くんだぜ。もゆる……

さてさて、それにしてもかなりざっくりした縁談だよねw
「娘二人のうち一人あげる」とか、相手のこととか一切書かずに
「あなたの家中にいれば先々も安心ね♪」とか。
結婚する当人たちより、家筋だとか親の都合が最重要事項だって再認識させられるわ。
善悪の問題じゃなくて、こういう感覚が普通だったってことを、たまに忘れそうになるからさ。
そのたびに思い出さなきゃ(`ω´*)

日付しか書かれていなくて、年がわからないけれど、
私の推測では、慶長十五年のことなんじゃないかと思う。
理由としては、元祥室が慶長十五年十月に死去しているから、それ以前なのは確実。
また、正実の元服も同年六月なので、慶長十五年の正月あたりから、
正実の元服と嫁娶りについて準備が進められていたんじゃないかと。
この手紙は、まだ内諾段階だから、
正実が元服を済ましてから結婚させるつもりだったんだと思うな。

元祥娘は、死没年と享年から逆算すると慶長五年生まれで、十五年当時で十一歳。
正実の生年を判断できる史料に出会ったことがないのでわからないけど、
こちらも同い年かひとつ上くらいだったはず。
そう考えるのは、正実の父の経実が、慶長三年まで朝鮮に渡っていたから。
もしかしたら渡海直前にできた子ってこともありえるかも。
はっきりと生年がわかる史料がほしい(´;ω;`)
まだ私、経実の妻も知らないんだ……
しかし最近、懸案だった経家の妻の出自が、同じ吉川氏庶流の境氏だとわかったので、
少し満足しました。
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