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2018-03-25

経言小笠原入嗣騒動考③

宣言通り、本日は、小笠原問題に関する輝元の書状行ってみよう!
……えー、この件に関しては、輝ちゃんかわいくないです。
先に言っとく。

まずは、天正9年に比定される、元春宛ての書状から。
おそらく元長宛にも同様の書状が届いていたことが、①の起請文からわかるね。


●毛利輝元自筆書状(吉川家文書 196)

彼の家(小笠原家)のことについて、下野守(口羽通良)を通じての申し入れを聞いた。
この件は、三家(毛利・吉川・小早川)の盛衰にかかわる問題だと思う。

経言が小笠原家の養子となれば、ほかの国人衆は全く道理に合わないことだと思うだろう。
そうなれば、いつ何が起こっても不思議はない。
それに、銀山の経営に支障が出ると予想され、そうなれば、
戦をしようにも思うようにいかなくなるはずだ。
私自身は今以上に、生きていても仕方ない身の上になることだろう。

この毛利家が外聞も内実も失ってしまったら、次はあなたの番だ。
日頼(元就)の書き置かれた一通のとおり、
三家のうちで一人でも欠けようものなら、遅かれ早かれ三家はすべて滅ぶ。

ぜひとも今は、日頼への報恩だと思って堪忍され、
二郎五郎どの(経言)にも意見を加えてほしい。
三家の再興は今この時にかかっているのだ。

どうか元春、よく考えてほしい。
まさ、か日頼の御一通を忘れたわけではないとは思う。

詳しくは使者から申す。     恐々謹言

  (天正九年)六月三日     輝元(花押)
     元春まいる 人々申給え   右馬頭 輝元

以上、テキトー訳。

続けて、これも天正9年に比定されてる(大日本古文書)けど最近の研究では天正10年のものらしい、
輝元から経言への書状。


●毛利輝元書状(吉川家文書 1190)

   経言 まいる申給え     右馬頭 輝元

申し入れる。
小笠原の件について、去年、元春父子に対してお断りしており、
あなたも納得したということだったので、胸を撫で下ろしていた。
あなたの安全を保障することについて、忘れてはいない。
元春と相談して固く約束したことなので、安心してほしい。

当時、あの家中(小笠原)では様々に雑説が飛び交っているとのことだ。
次郎右衛門尉(小笠原長治)はあなたに何と言ってきたのだろう。
あなたの御存分を耳にして、本当に驚いた。
次郎右衛門尉は近頃、あなたに対しては、
すべてうまくいっているかのように伝えているかもしれないが、
それは次郎右衛門尉が好き勝手に言っているだけに過ぎない。
それに、「長旌(小笠原家当主)から祟られるぞ」などと言っているそうではないか。
また、次郎右衛門尉は不義(反逆?)を企てている。
それに同意するとは、なんとひどい話だろう。

一、そもそも、よく考えてみなさい。
  あなたが小笠原に養子に行く必要などないだろう。
  まったくの他人なのだから、私がわざわざ止めるまでもない。

  私はなるようになると思って日々を暮らしているけれども、
  以前から、日頼(元就)さまは私にこのように仰せになっていた。
  「他の国ではそうではないが、この安芸の国では、
   国人の仲間たちで相談して対応を決め、これまで戦い抜いてきた。
   なので、国人衆に対する心持が重要だ」
  このように時々聞かされていたので、国人衆に対する私なりの考えがあった。
  あなたの養子縁組はそれに合わないため、差し止めた。

  あなた一人の心持ち如何で、すべての戦略が台無しなるのだ。
  このことをよく考えて、納得してほしい。
  最近はどの人も、当座のことしか考えずに物を言うようになった。
  誰が何と言おうと気にせずに、あなた自身が覚悟を決め、
  道理というものをよく考えなければならない。

  この問題は、三家(毛利・吉川・小早川)の盛衰にかかわる。
  私は今、どうにか毛利家を領知している身だが、
  不肖者なので、あなたの心中を顧みずに言おう。

  次郎右衛門尉のことだが、このような者は、どこの家にも一人くらいいてもいい。
  しかし彼は、他国とは異なる安芸の国の慣習を理解していない。
  日頼さまの代までは、法律を適切に適用していたため、困ることはなかった。
  次郎右衛門尉は、これまでは毛利に忠節を尽くしてきているが、
  将来的にはどうなることやら、といったところだ。
  自分の本意に背いての馳走は、敵であろうが見方であろうが、
  それほど頼りにできないと思う。

  小笠原家中のことは、だいたいこの通りだ。
  ただただ、将来の吉川家、毛利家、その他の人々のためを思って
  あなたが納得することを願っている。
  小笠原を措いて他にないという考えならば何も言うことはないけれども、
  何もあの家にこだわることもないだろう。
  それというのに、最初の一念を貫くため、数代続いてきた吉川家を捨て、
  われらを困らせるようなことにでもなったら、非常に残念だ。
  どうかよく考えて、あなたの本心を知らせてほしい。

  この件については、元春父子からあなたに詳しく話しているだろうから
  私からは申し入れていなかったが、
  あなたが納得できていないように聞いたので、困ったことだと思って
  今回、こうして申し入れたものである。
  なお、この使者から申し述べる。

  あなたの進退については、元春父子と相談して、必ず取り立てるようにする。
  これは当然ことなので、安心してほしい。それでは、恐々謹言

   (天正十年)三月十四日     輝元(花押)
     経言 参 申給え

以上、テキトー訳。

輝元がどうしても経言を小笠原家に養子入りさせたくない理由。
 ・他の国人衆が納得しないはずだ(割と遅くまで抵抗してたから?)
 ・銀山の経営に支障をきたす(小笠原本領、河本が銀山にほど近い要害)
 ―――ここまで対元春(&元長)、以下、対経言
 ・次郎右衛門尉(小笠原長治)が都合のいいように言っているだけ
 ・吉川は小笠原に養子入りする筋目がない
 ・輝元の国人衆への政策があって、それに合致しない
 ・次郎右衛門尉は今は忠義を尽くしているが、この先はわからない

このなかで私が妥当だと感じるのは、「国人政策に合致しない」という部分かな。
その他のほとんどは、元長が①の起請文でことごとく反論していたね。
最後の「今は忠節だけどこの先はわからない」なんつーのはもう、すべての国人に言えることで、
これこそ、なにも小笠原家に限った問題じゃねーのよ。

この2通の書状(主に1通目)は、読んでて非常に違和感があった。
経言と小笠原が銀山の近くにいると銀山経営が混乱する(理由不明)
→戦の支度も十分にできなくなっちゃう →三家滅亡
なんだ、その論法。「風が吹けば桶屋が儲かる」かよ。
まあこの際、論理は置いておこう。ここに突っ込んでも、あまり意味がなさそう。

この書状のキモは、「毛利の外聞実が地に落ちたら……次はあなたの番だ」って部分だと思うの。
これって恫喝じゃない。
元春や元長が驚いたのは、断られるにしても、恫喝されたからなんだろう。

「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれは 三男の養子縁組のお伺いを立てたと
思ったら よくわからん理由で脅迫されていた』
な… 何を言っているのか わからねーと思うが
頭がどうにかなりそうだった… 許可するだとか断るだとか
そんな通常の返答じゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…」

てな感じか。もう使い古された感あるけどポルナレフ好きだよポルナレフ。

ここにきて、経言の養子縁組そのものに加えて、
毛利家と吉川家の関係、という問題まで勃発してしまったわけだ。
ちなみに、ごたついてた天正9年といえば、鳥取で経家さんが籠城してるそのときじゃねーかコノヤロー。

経言の問題に端を発してはいるけれど、喧嘩売ってんのは明らかに輝元だと思われるわけですよ。
次回はもうちょい、これに関する輝元の基本姿勢を追っていきたい。
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