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2018-03-26

経言小笠原入嗣騒動考④

はい。今のところ予定通り読み進めてます。
今回は、小笠原騒動で輝元・元春間の使者を務めた、児玉春種に対する輝元の書状を読んでみます。
3通ぶっ続けで行くけど3通目はもはや意味が分からないよ!
相手もわからないよ!

てゆーかさ、今までさんざん輝ちゃんダイスキって言ってきた私の心が折れそう。
昨日プロレス見て元気を補充してきたはずなのに折れそう!


●毛利輝元書状写(吉川家文書 1183)

「児玉市允(春種)方への御書の控え」(端裏書)

このたび元春が言うには、絶対に毛利家との筋目をおろそかにしないとのことで、
あの件(小笠原氏)からは速やかに手を引くようにするそうだ。
しかしながら、又次郎(経言、広家)が短慮をしでかすかもしれない、とも言ってきた。
私はこれが理解できない。

もしこの件がおかしな成り行きになったなら、
そなた(児玉市允)も平佐藤右衛門(就之)もただでは済まないから、
今から覚悟しておくように。

元春はきっと、又次郎にその「短慮」をあえてさせ、元春自身は責めを負わないように、
あの件をひっくり返そうとしているに違いないと、私は推測している。
言うまでもないことだが、私としては、この件については
この命を捨てる覚悟でいるので、裁定をし直すつもりはない。

そなたの将来のために、今申し聞かせておく。
そなたはこの件について使者を務めているので、この推測が当たっていたならば、
私はそなたらをきっちり問い詰めるぞ。
今からその覚悟をしておくように。
まあそうなったときには、私もこの世にいないかもしれないな。 謹言

   (天正九年)六月二十四日     輝元(血判)
     児市(児玉春種)

●毛利輝元書状写(吉川家文書 1184)

「控え」(端裏書)

昨日の返事を読んだ。もう、何もかもどうでもいい。
あの次郎右衛門尉(小笠原長治)とその仲間の悪人どもに、いよいよめちゃくちゃにされてしまった。
元春は又次郎(経言、広家)に騙しぬかれ、又次郎は悪人どもに担ぎ上げられて、
無理にでも強行しようと申し合わせているはずだ。
もうこうなったら、三家(毛利・吉川・小早川)は滅亡するしかない。
そう思い詰めている。

とにかく討ち果たすしかない状態になったとしても本望だ。
いくら又次郎でも、元春の命令に従わないことなどありえないだろう。
そなたもそう思わないか?
こんな風にいろいろと騙しあって、三家が滅亡するとしても構わずに、
この件を成立させようとしているのなら、罰が当たって当然だ。

又次郎の進退については、おとなしく私の裁定に服すのであれば
他の機会に引き立ててやろうと、あれこれと考えていたというのに、
次郎右衛門尉に味方したばかりに、数代続いてきた三家を滅亡させ、
自身は筋目もない非道を行って死んでいくことになるのだ。
まったく言語道断である。

とにかく、裁定が破られたなら、「そのとき」だ。
元春の考えはよくわからない。
そなたは、この三家の興亡を賭けた使者を務めているのだから、
そういう運だったと思うといい。心得ておくように。 かしく

     児市(児玉春種)

●毛利輝元自筆書状案(吉川家文書 1185)

「御書控え」(端裏書)

重ねての返事、承知した。
誰が何を言ったというわけでもないが、この間の春、
あの人が言っていたことはおそらくこのことだろうと思われるので、
これからの心得のために申し聞かせておく。
市介(児玉春種)のところへならば、そなたの内緒話として話を通しておいてもいい。
とにかく裁定したのだから、まさか春(元春)が抵抗するはずはないとは思う。
かしく

以上、テキトー訳。

はーい、輝元社長、それ、パワハラです……
輝元・元春間の使者となった児玉さんに、なんつう圧力かけてるんですかあなた。
当事者じゃなくて使者なのに責めを負わなきゃいけないのか?
ブ、ブラック……こりゃ元長もびっくりするはずだわ。
あと、身の破滅に話を結び付けたがる様子が、なんとも中二っぽい。

この児玉春種さんは、元就・隆元の代を優れた行政手腕で支えた児玉就忠さんの三男だね。
輝元側室二ノ丸さんの父、元良さんの弟にあたります。
元春の奉行人と言われてるけど、隆元死後の輝元の反銭徴収にも「児市」が関わってる形跡が。
これは想像だけど、毛利・吉川両家にまたがる被官だったのかもね。
児市さんに限らず、そうした形態で動いてた家臣は探せばたくさん出てきそう。

その、毛利にとっても吉川にとっても大事な人材を、輝元はもうあからさまに脅迫しているわけで。
これにビビった児市さんが元春に泣きついたため、
この書状の写しが吉川家文書に載っかっているという経緯なんだろうね。

これらの書状のハイライトは、学者の方々によると、
輝元の認識として、経言が元春の指示なくして輝元に抵抗を試みるはずもなく、
経言の抵抗の背景に元春の意思があるという理解だった、という解説があるわけですよ。
つまり輝元の疑いの目は、経言なんかではなく、元春に向いていたわけだ。
これには異論はありません。

元春から言わせれば、「そんなこと言われても、あの子マジでおれの言うこと聞かないんだぜ」ってとこだな。
まあ輝元も、自分の息子が成長するにつれ、思春期~青年期男子の実態がよくわかるようになったとは思うけど、
この時点では理解できなかったのかもしれないね。
というより、このときの輝元自身が、両川からの自立を模索する真っただ中だったのかも。
二十代後半だし、対信長戦争で強いリーダーシップを求められる時期でもあった。

もしそうだとしても、パワハラはパワハラだけどな。
価値観の異なる数百年前の事象を、今現在の倫理価値観で評価するのは避けたいところだが、
同時代の元春・元長が児市への輝元の態度にドン引きしたようだし、
これは輝元の暴走と受け止めても差支えないんじゃないかと思う。

毛利・吉川間の利害衝突というよりは、輝元・元春間の(主として輝元による)信頼関係の崩壊。
ここまで読んできたなかで、私は小笠原騒動をこのようにとらえました。


2018/03/27 こっそり追記

まあ年度末なので普通に忙しく、それなりに残業とかもあるので
毎日更新は無理なんですけれども。

輝元脅迫状を読んでいて思い出したことが一つ。
私、取引先のえらいさんから似たようなメールもらったことあったわ。
ど深夜に送信されたひどい長文の「あなたのことを信用できません」て趣旨のメール。
あて先は私だけ。苦情なら上役に言ってくれたほうが通りはいいのに、なぜか私だけ。
詳細は思い出せないけど、「気持ち悪い」って感じたことだけは強烈に覚えてる。

ヒステリックな文体ってのは、中身の論理を消し飛ばしちゃう威力があるよね。
私なんか命かかってない苦情メールに数日おびえてよく眠れなかったのに、
児市さんは命もかかってるし、下手すれば一族にも累が及ぶわけだから、
さぞかし恐ろしい思いをしただろうな、などと、切なくなりました。

私の場合はその後、呪いのメールを上司に展開して指示を仰ぎ(つまり泣きついた)、
寄り添ってくれた上司のおかげで大きな瑕疵もなく業務を遂行できました。
それから数年で担当業務を変える機会に恵まれたので、変えてみましたよ。
スキルアップが表向きの目標だが、あの「気持ち悪い」取引先と長いこと関わりあいたくなかった、というのが本音。
業務自体は好きだったんだけどなぁ。
まあでも、今の業務も勉強になるし面白いし甲乙つけがたいくらい好きです。

当時の私とこの時期の元春、元長、経言が同じ心境だったとは言えないけど、
よくもまあこれだけのこと言われて、以後も普通に付き合うことができたものだと思う。

とまあ、思い出し鬱徒然でござんした。
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