FC2ブログ
2011-10-18

通説と違う赤川粛清の理由

昨日の次の「観世宗摂能のこと」を読むつもりでいたが、
能……まーた古い文化的なモン出してきやがって(泣)。
ムリ……わかんないよ!
てなわけで、ちょっと飛ばしてその次に行きます。
能の話も時間があれば調べられると思うから、そのうち。

今回は赤川元保……だと……?


赤川左京亮生害のこと

赤川左京亮(元保)は、近年は九ヶ国を領する大友への押さえとして長門の国府、勝山に駐屯していたが、
元就様はこれを誅殺した。
左京は武勇がずば抜けており、知恵もまた普通の人よりは優れているので、
元就様は輝元様が幼少のときから赤川を教育係にしていた。
そうなると世間の人も赤川を粗略には扱わない。
赤川はたちまち驕りたかぶって、人を人とも思わぬ傍若無人の振る舞いが目に付くようになった。

それだけでなく、輝元様が家督を相続すれば、自分の威光が誰よりも上になるとでも思ったのか、
度々輝元様に
「もうそろそろ御歳も十分におなりです。いつまでこのままでいるおつもりですか。
元就公ももうずいぶんご老衰のようですので、家督のことを急がせたとしても誰が反対しましょうか」
などと強弁していた。

輝元様はまだ志学(十五歳)の年のころであったが、年齢よりも成熟した賢将で、
「左京は邪なことを言っている。放っておけない」と思い、元就様に直接このことを相談した。
「急いで京兆(左京の唐名)の首を刎ねてください」と重ねて言うと、元就様も
「あの者は思い上がりが過ぎるばかりか、
まだ二十歳にもならぬ輝元にこのような邪なことを吹き込んでいたのか。
そのままにしておけば趙高・禄山よりも驕りたかぶるだろう」と思い、誅罰を下したそうだ。

赤川の弟の源右衛門は、吉田の隅というところに住んでいたが、
ここに粟屋右衛門・粟屋弥四郎の二人を差し向けて討とうとした。
弥四郎がツッと走りかかって無手と組み合い、刺し違えて死んでしまった。

左京の養子に又五郎という者が山の方にいるのを、桂能登守が数百人の手勢で囲んだ。
又五郎は力自慢の屈強な動きで、寄せ手数十人をたちまち切り伏せ、周りの者たちを打ち払う。
なんとも手の出しようがなく寄せ手が立ち往生しているところに粟屋彦右衛門が駆けつけ、
並んだ家の間に隠れて隙をうかがっていた。
又五郎も数箇所手傷を負って眩暈がしたのか、しばらく息を整えているところに走りかかって引き倒し、
取り押さえて首を掻き切ってしまった。
又五郎は彦右衛門程度の小男ならがんじがらめにできるほどの大力であったが、
彦右衛門に組み伏せられてろくな抵抗もできずに討ち取られてしまったということだ。
彦右衛門もこうした大力の者と知りながら、自分の力が劣っているのも顧みず、
無手と組んだその意気が立派であった。

数年前、元就様に仕えていた妾に木原兵部少輔が密通した。
これが発覚すると、元就様は木原を誅殺しようと思ったが、この者も世に優れた力持ちの剛の者である。
ことに自分の身に罪科があると知っているので深く用心しているはずで、
日頃から勇名を馳せている者に言いつければ、かえって仕損じることになるかもしれないと苦慮した。

そこで元就は、このときはまだ源二郎という名で十六歳だった粟屋彦右衛門に言いつけた。
粟屋はこのとき見目麗しい美少年で、木原も深く恋慕の情を寄せていたから、
よもや粟屋には用心はすまいと思ってのことだ。
粟屋は木原を討つように命じられると、「かしこまりました」と言って御前を退出した。

木原が碁を打っていると、粟屋が刀を抜いて肩に押し当ててくる。
「上意だぞ」と笑って言うので、木原も冗談だと思ったのだろう。
「また源二郎が馬鹿を言っておるぞ」と相手にせず、目前の碁の勝負に集中している様子だ。
粟屋は「よかった、木原をだまして試すことができた」と思い、
今度は「上意だぞ」と言って刀を振り上げ、切りかかる。
刀は名のある業物だった。
袈裟懸けに大きく斬ってしまえば、さすがの木原も刀の柄に手をかけることもできずに倒れ伏してしまった。

こうして度々武勇を示したのが粟屋彦右衛門という者である。
元就様も大いに感心し、今回も禄を増やすなど褒美をやったということだ。


以上、テキトー訳。

あれ……?
赤川元保さんて、隆元が死んだときに付き従ってて、疑われたんじゃなかったの?
少なくとも、ウィキペディアとかいろいろ逸話を漁ってると、そんな印象が強かったのに。
まあ、隆元派の有力家臣として、元就派の桂さんたちと対立してたって話もあったけど。
で、隆元殺しの片棒担いだとか難癖つけられて切腹を申し付けられた、
だけど赤川は隆元が和智の招きに応じるのに反対してたことがその死後にわかって、
元就が拙速に殺してしまったことを悔やんで一族の者に跡を継がせた、
というのがこれまでの理解だった……「陰徳記」だと全然違うのね。
隆元なんて一言も出てこないじゃんか。ちょっと混乱。

まあいいや。
弟や養子も容赦なく殺す。さすが元就。
桂の手勢や粟屋弥四郎など、損害もデカイけどな。

それにつけても気にかかるのは木原兵部少輔だよな。
元就の妾に手を出したうえ美少年にもコナかけるとは太ェ野郎だ。
しかし、ちょっと待て。木原さんてあの木原さん?
冨田の城下三ヶ所における合戦のこと(2)
で抜け駆けして尼子勢に「お尻ペンペン」した木原さん?
重見因幡守自害のこと
で自害した重見因幡守のお子さんと同一人物?
ちょっと俄然興味が沸いたんですけど……
ググると自分のブログと
http://www.geocities.jp/ayatuduka/sigemi.html
しか出てこない……でもここだと、元就死後まで生きてるっぽいし。
混乱~ ><。

もうひとつ気になるのは、木原誅殺のときの周囲の反応と、
木原と通じた妾の処遇なんだが、書いてないな。
これじゃ蛇の生殺しなんだぜ。香川さんヒドイよ~ ><。

木原さんのことはちょっと継続して調べてみようかと思う。
なんか面白そうな人なんだもん。
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

検索フォーム
カレンダー
06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
訪問者数