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2011-10-29

広家・秀包「人質生活始めました」

我慢ができなくて下巻も拾い読み!
広家かわいいよ広家!!
今回は名前が経言だった時期の話だけど。


経言・秀包、大坂へ上りたまうこと

羽柴筑前守秀吉は惟任・柴田らの征伐を無事終え、天下を統べる武将となった。
去年(天正十年)、備中の国高松表において毛利と和睦し、
「その証として吉川・小早川から一人を差し上らせよ」と秀吉が安国寺に伝えさせてきた。
元春様は嫡子の元長様に家督を譲っている(天正十年十二月二十日)ので、
元長から弟の民部大輔経言に小坂越中宮(守)(左衛門大夫春信)・二宮杢助(佐渡守俊実)を差し添えて、
隆景は実子がないので弟の藤四郎秀包(元総)に桂民部大輔(広繁)・浦兵部丞を添え、
安国寺を案内として送った。
隆景様は備後の国の三原まで見送り、元春・元長は安芸の国隠戸の迫門まで見送った。

これは天正十一年九月下旬のことで、西から吹く秋風まで治まった御代だということだろうか、
非常に天候もよく、船路に障る波もなくて、やがて同十月二日には泉州の堺の港に到着した。
経言は賢法寺、秀包は玉蓮寺に宿をとった。
その夜、すぐに秀吉から蜂須賀彦右衛門・黒田官兵衛尉を上使として、
「遠路はるばる、ここまで上られたこと、もっとも神明の至りである。
明日の三日に登城しなさい」と言ってきた。そして翌日には大坂から送り馬数百匹が遣わされた。

さて、秀吉卿からは事前に触れが出ていた。
「わしが今天下の権勢を握ることになったのは、吉川・小早川と高松表で和平を結んだときに、
信長討ち死にの知らせが届いたにもかかわらず、
元春・隆景が盟約を守ってあの陣を引き払ってくれたからこそだ。
もしもこのときに、わしの劣勢に付け込んで追撃していれば、今こうしていることはないだろう。
これを思えば、わしが武門の棟梁となることは、ひとえにあの兄弟に表裏がなかったからである。
わしはこの恩を絶対に忘れない。
だから、自分の身がかわいと思う者は、皆この者たち(経言・秀包)の出迎えに出て馳走せよ」
大坂にいた大名・小名たちは、出遅れてなるものかと、
住吉天王寺あたりまで出迎えに出てきていて、その様子は実に豪華絢爛なものだった。

その後登城すると、蜂須賀彦右衛門尉・黒田官兵衛尉を奏者として、秀吉公が対面した(十一月一日)。
自ら出席した饗宴の後、経言・秀包に太刀やその他の引き出物の数々を贈った。
小坂・桂・浦・二宮などにも名だたる駿馬が贈られた。
同十一月に経言には暇が出されたが、今回はるばるやってきた記念にといって、経言は蔵人に任官された。
「秀包は今少しそこに置くように」と隆景から申し出があり、
秀包は容貌がとても美しかったので、秀吉も色に耽る趣味があって、「ではもう少し」と留め置いた。
秀包は翌年の尾州小牧の合戦、また紀州雑賀の合戦にも連れられ、
後年は筑後の久留米に六万石の領地を与えられて「久留米の侍従」と呼ばれるようになった。
また経言が家督すると秀吉公から同名を与えられ、「羽柴の侍従広家朝臣」というようになった。


以上、テキトー訳。

広家(経言)、名前だけしか出てこなかった……(´・ω・`)ショボーン

秀吉は敬称が「卿」なのか「公」なのかそれともつかないのか。
ハッキリせんかい!!!

しかし秀吉に男色趣味もあったとはね。女狂いのイメージはデフォだけど。
そして種ナシもデフォだけど。
もしかして秀吉が男も食ったとしているのは「陰徳記」の系譜だけかもしれない。
このとき広家22歳、秀包15歳って感じか。
まあ広家の年齢ではトウが立ってるし、秀包なら若衆として盛りの時期だわな。
……「広家はイケメン」って描写がなくても泣かないもんね!

秀吉が「人たらし」と呼ばれる所以は、呼びつけた人たち(地方の大名とか)に対して、
かなり豪勢な接待したり、他の家臣・大名に命じてその人たちを接待させたりして
財力・兵力・影響力を見せ付けてたからなんじゃないだろうか。
人質に差し出されたヒヨッ子を在坂の大名たちに命じて迎えに行かせるとか、すごいよね。
この話の五年後に初上洛した輝元も、そのちょっと前に膝を折った家康も、
この接待攻勢で牙を抜かれた印象がある。
輝元上洛のときの日記は現存していて、『秀吉の接待』という書籍で現代語訳されてる。
著者がその接待スキルをスゲースゲー言ってて面白い。
あと毛利家の相変わらず仲良しな感じとか、
黒官さんの尽くしっぷり、毛利家中からの愛されっぷりも垣間見える。
読み返したいが、他にも読みたい本いっぱいあるんだよなー。
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