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2011-11-06

元就と隆元が末っ子に会いに行ったようです

毛利家文書に収録されていた「毛利元就父子雄高山行向滞留日記」をざっと呼んでみた。
「毛利隆元山口滞留日記」も読んだけど、それはまたの機会に。

永禄四年(1561年)
 3/26 元就・隆元吉田発、椋梨に宿泊
    隆景から挨拶の使者が送られる
 3/27 一行、隆景の居城雄高山(新高山城)到着、隆景が麓まで出迎える
    元就は井上春忠私邸に滞在、井上の饗応に隆景がご相伴
    隆元は巨眞寺に滞在、夜になって隆景が小魚持って訪ねてきたので数時間一緒に酒を飲む
    熊谷信直・保利中務が到着、元就・隆元に炭薪などを贈る
 3/28 会所にて大宴会、能・七五三膳
 3/29 元就・隆元、御女中様(隆景妻・その母など)に御礼、饗応
 3/30 桂右衛門大夫の私邸にて宴会、五三々膳
閏3/01 会所にて大宴会、能・五三々膳 生鶴(鶴の刺身?)
閏3/02 連歌会、蹴鞠の会
    茶湯の間にて太平記読み、この夜隆元は奥の座敷に泊まる
閏3/03 会所にて宴会
閏3/04 隆元、宿所にて隆景をもてなす
閏3/05 お別れの大宴会、能・五三々膳
閏3/06 元就・隆元出立
    帰路のついでに栖眞寺で滝を見物
    見送りに来た隆景が栖眞寺で一行(近習衆まで含め百人余り)に一献を振舞う


以上、テキトーまとめ。

にしても宴会多いな。能の見世物がついた大宴会が三回かよ。パネェw
七五三膳とか五三々膳とあるのは、お膳の組み合わせ(?)みたいなものらしい。
一の膳に七種、二の膳に五種、三の膳に三種、といった感じ。豪華~。
席次もだれがお酌する係かもバッチリ決まってて、宴会中に贈り物の受け渡しなんかもあったっぽい。
「お座敷奉行」なんてのもいて、宴席の取り仕切りの責任者だな。
あとろうそくの心を取り替えるための人員もいる。
こういう大宴会はたいてい昼間からやるものらしいが、けっこう夜遅くまで続くんだねぇ。

ていうか「生鶴」って何ですか。鶴の刺身?
「篠原四郎左衛門包刀」ってあるから、解体ショーでもやったのかと思ったんだけど。
もしそうなら見てみたいし食べてみたい。
今は天然記念物だから喰うわけにはいかないが。
鶏の刺身はけっこう旨いけど、鶴ってどうなんだろう。

ところで隆元は元就宛に「元春と隆景が私のことハブにするんですぅ」って手紙書いてるけど、
隆景と超仲いいじゃないか。
数時間も一緒に酒飲んだり、宿所があるのに城中に一泊したり。
隆景だって二回も隆元の宿所訪ねてきてくれてるし。元就の宿所には一回なのに。
自信を持ってよお兄ちゃん!
むしろ今回はあんたらが元春をハブにしてるよ!
まあきっと元春も一緒にって誘われてたんだろうな。
熊谷信直さん寄越してるし。元春の名代みたいな感じなんだろう。

ああ、隆元が大事にされてる様子がわかって満足~。
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