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2011-11-07

毛利家のとてつもない涙腺破壊力

結局ずっとダラダラと毛利家文書読んでたわけだが(否むしろ眺めてた)、
だいたい逸話とか呼んで内容知ってるはずの手紙の原文に、どうして泣かされなきゃなんないの、ねえ。
ちゃんと読めてるわけでもないのにさ(昔の仮名がまったくワカラン)。
もう、隆元が死んでから、竺雲恵心が隆元から昔受け取った書状を元就に送るんだけどさ、
恵心が秘蔵してた隆元の書状(悩みの吐露など)、それを見た元就・隆景から恵心への書状、
このあたりで大号泣して、今日は瞼は腫れるわ目玉が痛いわで大変だった。
仕事中に思い出すとウルッときちゃうしさ。いや仕事中に思い出すなよってハナシかもしらんが。

あーもう、本当にここんち大好きだ。

そんなわけで陰徳記がまったく手につかないので、毛利家文書からそのときの手紙。
遺された家族から、隆元が唯一その苦しい心中を打ち明けていた恵心へ。


小早川隆景書状(文書番号:763) 竺雲恵心宛

書状を拝見いたしました。
常栄(隆元)の書置き数通に、目を通しましたが、実に言うべき言葉が見つかりません。
これほどまでに思いつめていたとは。これ以上、言葉が出てきません。
大体のことは紙面から伝わってまいりましたので、重ねて議論すべきことでもないでしょう。
来世のことまでもあなた様にお頼りしていらしたようですので、
このうえは安芸においでになり、隆元のために寺を建立していただきたく。
元春も私もできる限りの助力をいたします。
元就のお心の底はご推察ください。
寺のことは、急ぎお願いしたいと考えていらっしゃいます。
委細は昇蔵司(蔵主)に申し伝えておきます。
くれぐれもお願いいたします。恐惶謹言。

卯月(四月)十一日    隆景(花押)


毛利元就書状(文書番号:764)  竺雲恵心宛

寄越していただいた隆元の書置き、日々これを読んでいます。
まったく何と言ったらいいものか。涙をこらえきれません。
和尚のことをこれほどに信頼していたとは思いも寄らず、驚いております。
是非ぜひ、安芸においでになり、隆元の菩提を弔ってくださいますよう。
詳しくは昇公に申しておきます。恐惶謹言。

卯月十二日        元就(花押)


以上、超絶意訳。

恵心が元就に送った隆元の手紙の内容は、まだ訳してない。
面と向かうと、「ぷわっ」って感じで涙が出る。
よくこの老いぼれの身にこんなに水分が残っているもんだと驚くけど、
明日も仕事だから目を腫らすのは危険なんだ。

そんなわけで隆景と元就の手紙を取り上げてみた。
おそらく「卯月(四月)」とあるのは、隆元の死の翌年のことだろうか。
約半年後か。悲しみも少しは癒されてきた頃だろうに、
ダメ押しのように故人の生前の苦悩を知らされるってつらいよね。
恵心てばひどい。癒えかけた傷口に塩を塗り込むようなマネせんでも、と思う。

そもそも隆元の書状を見るに、「お心のうちに納めてください」とか
「一見したら火中にくべてください」なんてことが書かれてるから、
それを遺族に見せた時点でひどいと思う。
故人の遺志なんか完全無視かよ、と言いたくなる。
これは隆元が家族に一番隠していたかったことなんじゃないだろうか。
でも恵心がこれを元就たちに見せたからこそ、現在の私たちも知ることができるわけで。
矛盾だよな。

元就の手紙が短いのも気にかかるなぁ。
長くてくどいのが当たり前の元就さんなのに、どうしてこんなに短いの。
「言葉がない」って、常套句だから使ってるんじゃなくて、大マジなんだってことがわかる。
あんなにたくさん手紙をやり取りした隆元だったのに、
隆元が恵心にこれほど心を許してたことも知らなくてさ。
息子の何を見ていたのかと、自分自身を問い詰めたんじゃないかな。

ああもう。

だめだ、このへんの問題は。棚上げ棚上げ。
明日はもうちょっと気分が明るくなるような話題を探そう。
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