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2011-11-08

市松かわいい

やっぱ手紙で鬱った心は手紙で回復だよね!
というわけで吉川家文書も漁ってみた。
もちろん黒官さんと広家の文通目当てですが何か。
どんなこと話してたのか気になるんだもん。

しかし心を奪われたのは福島正則から広家に宛てた手紙。
市松かわいいよ市松。
市松は正則の幼名。大好きな逸話サイトで「市松」の愛称で親しまれてる。

さらりと流し読んでみたのは文書番号964~967あたり。
天正十六年(1588年)に広家が小代の城とかいうのを普請してたようなんだが、
その四月に正則から広家に送られた書状が2通と、日付のない書状が2通、
日付(十一月)はあるものの年が明記されていないのが1通。おそらく同じ年かな?

で、何がかわいいかって、最初の2通は漢文調の事務的な内容なんよ。
後者の3通は、ほぼひらがなで構成されてるんよ。つまりこっちは正則直筆。
内容は「あさごはんにしょうたいしたい」
「来てくれてありがとう。ゆっくりはなしができて、うれしかった」
といった感じ(手紙文が苦手なのと変体仮名に慣れてないので訳文は割愛)。
いい歳したゴツゴツの武断派武将がひらがなで手紙書くとか、かわいすぎる。

福島正則は秀吉の親戚で、農民だか職人だかの子として生まれたが、
秀吉に取り立てられて、この頃には伊予十一万石の大名に出世していたらしい。
この人は酒乱で乱暴な逸話がたくさんあって、
中途半端なDQN、噛ませ犬、小悪党、ヘタレといったイメージが強いんだが、
そこがかえって生身の人間として強烈に印象付けられて、私は好きだ。
人情にもろかったりするのも市松クオリティ。

もともと武家に生まれついて、武士として教育されていた人たちとは違って、
あまり読み書きが達者でないようだけど、
それをまったく気にせずに自筆のひらがなの多い書状を送るトコがいい。
さすがにご機嫌伺いと事務連絡っぽい書状2通は祐筆に任せてるね。
祐筆の書いた書状の宛先は「吉蔵様(吉川蔵人頭様の略)」なのに対して
自筆のヤツの宛先は「ひろいえ様」なんだぜ。
かわいすぎて悶えるわwww

そんなわけで市松に癒されたので、他の書状とかも気にかかるけど、
そろそろ「陰徳記」に戻っちゃうぞ!

変体仮名を攻略したら、書状の訳文も載せていきたいと思う。
ああ、一日が二十四時間じゃ足りないよう。
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