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2011-09-04

隆元の嫁・元春の義兄

とりあえず興味をそそるところから順に
拾い読みをしていくことに決定。
ブログにはテキトー訳をのっけていこう。
なんとなく意味がつかめても知識が足らんので
訳ができない部分も多いけど気にしない!
目標、一日一話!
今回はコレ。


内藤興盛、毛利隆元との婚礼が整うこと

天文十八年、毛利父子が山口に行っていたとき、
相良武任が大内義隆に進言した。

「義隆様! 現在、中国で毛利元就ほど優れた武将はおりません。
尼子がどんなに強いとはいえ、元就がこちらにいれば備芸は安心です。
逆に元就が尼子に味方してしまえば、これは一大事ですぞ!
元就との同盟を揺るぎないものにするため、手を尽くすべきです。

まったく、義隆様に姫君か妹君があれば隆元に嫁して
元就の忠心をいや増すこともできましょうに、一人もいらっしゃらない!
そこでです。内藤興盛の娘いるでしょ。
義隆様と縁も近いので、これを義隆様の養子ということで、
隆元の嫁にしちゃいましょう! 元就も喜ぶと思いますよ。

また次男の元春、十九歳になって、まあ器量も人柄もすばらしい。
智勇も父・元就に劣らぬ良将の器と、世間で評判です。
いえ、私の見立てでなく、人々が口々に言うので、これは本物ですよ。
この元春、うちの陶隆房と義兄弟にして、互いの絆を強く固め、
根を深く伸ばすことにしようではありませんか。
隆房は西国一の勇将です。元春と隆房が心を一つにして先陣をつとめれば、
かの蒙古の堅陣だとて、あっという間に制圧できるでしょう」

義隆はもっともだと思ったので、すぐに元就にこのことを伝えたところ、
元就は「自分からお願いすべきでしたが有難い仰せです」と快諾した。
義隆は元就に言った。

「義隆と元就を強く結びつけるための縁談、任せると言ってくれて、
踊りだしたいほど嬉しいよ。尼子対策や当家の戦のことだけでなく、
酒にとっての麹のように、私はおまえを頼りに思い、二心はない。
おまえもどうか私を、血を分けた同胞と思ってほしい」

元就は、自分だけでなく若い子供たちにまで気配りをいただと
何度も何度もお礼を述べた。

こうして元春・隆房の義兄弟契約も整い、
元春からは脇差、隆房からは名馬を贈り、交換した。
この馬は近江黒といって、六角氏から大内義晴に贈られ、
義隆、隆房と下されたもので、今度は元春に贈られた。
丈夫で漆のように黒く、その黒さは人々から賞賛された。

元就はそのころ、おこりに罹ってしまったので、
その年は山口に留まって療養したそうな。


以上、テキトー訳。

やっぱり当時の結婚って、本人の意思とか見事にカンケーねえな!
ここまでガン無視だと逆にすがすがしい。
そして殿様って、家臣の子供すらかなり簡単に右へ左へやっちゃうのな。
まあ、大事に思うからこそなんだろうが。
コトの善し悪しは別にして、これが常識だと踏まえるのがいい気がする。

あと、義兄弟の慣習にも着目したい。
結婚とは違って、義兄弟は本人同士が望んでなるものだと思っていたが、
これにも上司やら親の思惑が強く働いてるんだなぁ。
黒田家の栗山利安・母里友信も義兄弟だけど、
これも主君・黒田孝高が命令したからなってるんだもんな。
贈り物の交換とか、一連の儀礼があるのも驚いた。
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