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2011-11-24

あなたは私の弓矢

「陰徳記」の杉原家騒動を読んで元長兄さんのカッコよさに開眼。
またまたネット入手の石見吉川家文書をパラパラ見てたら、元長さんたら……!

以下、年代不明だけど吉川元長から吉川経家に宛てられた手紙の意訳。


「式少(吉川式部少輔)へ     少二(少輔二郎)元長より

 石見への帰国、明日に決まったかな?
 もう何年もこっちにいるから、帰国はとても嬉しいだろうね。
 幼いときから一緒にいたあなたのことだから、私も喜ばしい。
 でも、片時も離れず一緒にいたから、正直寂しくてたまらないよ。
 こんな風に言うのは軽薄かもしれないけど、察しておくれ。

 あなたの本拠地は石見だけど、一年のうち半分ほどはこっちにいるようにしてね。
 経安(経家の父)が何と言おうとも、そうしてくれるとありがたい。
 まあ帰国に際して支度をしているところだろうから、私のことまで頭が回らないかもしれないけどさ。

 あなたがそばにいるのは当たり前のことだったから、あんまり大事な話をしなかったね。
 離れていってしまうと思うと、もっといろいろと話しておけばよかったと思う。

 まあ、住む場所が離れるってだけのことだし、私の気持ちは以前とちっとも変わらない。
 あなたも同じ気持ちでいてくれたらと思う。
 ただ、遠く離れると心も離れていくものだから、注意してくれよ。
 返す返すも、あなたから何も言ってこないのが寂しい。
 
 また、軍事情勢が不安定だから、石見のことは万事気をつけるようにしてくれ。
 国境に身を一つ置くような気持ちでね。
 こんなことを言うと、あなたが私の弓矢のようでなんだかおかしいけれども、
 とにかく、私のことは吉田(毛利本家)同然に思ってくれないと困る。
 
 このことは絶対に絶対に誰にも内緒だからね。
 これからも心を隔てず、すべての面で私の支えになってくれ。

 また、筑前立花の陣でいろいろと尽くしてくれたこと、今でも忘れていない。
 言うまでもないよね。

 では、ご帰国の吉事、おめでとうございます。

 八月二十三日         元長

 そうそう、会って話したいので来てくれるのを待ってるよ。
 この書状は火中に投じるか返却すること。
 来てくれれば細々とした返事はいらないからね」


以上

元長……なんつう破壊力なんだ。完全に萌えた。ていうか悶えた。
「燃やすか返せ」と言われてる書状をこっそり取っておく経家もどうかと思うよ!
元長に背いても自分の手元に置いておきたかったとか、かわいすぎる!!!

そうかぁ、二人は幼馴染なんだねぇ。
生まれ年も経家が1547年、元長が1548年だし、歳も近い。
経家の元服の加冠(1560年)も、当時鶴寿丸という名だった元長がやってるし、
官途書出し(1568年)も当時元資という名だった元長がやってる。 by同文書
てことは、経家は元長の小姓として抜擢されてたのかな。
ていうか経家の父の経安が元長の養育係で、経家も一緒に育ったのかな。
歳が一年違いってことは、経安の妻が元長の乳母になってて、二人が乳兄弟って可能性もあるわけか。
まあ証拠もないし単なる想像ですけれども。

経家は有名な、秀吉の「鳥取の飢え殺し」で切腹しちゃうんだよね。
鳥取に入城すると決まって、相当の覚悟をしていたようで。
当初、経家の切腹は城兵助命の条件には入っていなかったらしいけど、
自分が切腹すると聞かなかったらしい。
で、秀吉が信長に経家を切腹させていいか尋ねて、OKが出たので見事切腹したと。
経家の首は信長の元に届けられて手厚く葬られたそうな。
預かった城を明け渡すのに、自分が腹切らなきゃ気が済まなかったんだろうな、経家さん。

経家も自分を元長の弓矢だと思ってたんじゃなかろうか。

経家は、元長の弓矢のつもりでいたからこそ劣勢の鳥取城を預かり、
それが破られるときは求められずとも腹を切ったんじゃないかと思ってしまった。
「陰徳記」の鳥取城開城あたりをちらっと見てみると、かなり壮絶なことになってて泣ける。
これも近いうちに訳に取り組みたいなぁ。
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